008【ハイジとカール】

「さぁ、売って売って売りまくるわよ!」


「はい、お嬢様」


「もう、ハイジよ!」


露店が並ぶ賑やかな通りの一角で、一風変わった荷車で、幼い店主と、ひょろっと縦長の老人が、店を出す…………


…………


……


「カールまだなの!」


「ええ、そろそろかと、お嬢様」


「誰も来ないじゃない! それとハイジよ!」


「もしや、何か他にやるべき事が、あるのでしょうか? お嬢様」


「店は出したし、他にって…… あとハイジよ」


……………


…………


「やっぱり何かあるのかしら?」


「ええ、惣一郎殿に言われた事は全部やりましたし、もしやこの街独特のルールが、あるのやも知れません、お嬢様」


「かも知れませんわね…… それとハイジよ」


腕を組み店の前で首を傾げる少女と老人。


「ちょっと、そこの貴方! 私は店を出してますのよ!」


…………


「やはり何かある様ですな、お嬢様」


「ええ、きっと新参者を試す気なのね! あとハイジよ!」


屋台の前で、通行人を睨む少女……


そこへ隣で、野菜を売る太めの店主が、


「お嬢ちゃん、初めてかい?」


「ええ、今日からよ! なのに誰も来ないわ。貴方の所も暇そうね、同じく今日からなのかしら?」


「フォフォフォ、いや毎日ここで売ってるよ。朝一で売れたので、後はのんびり残りを売って、そろそろ閉める時間なのさ」


そこに野菜を求める客が来て、いくつか売れていく。


「お嬢ちゃんの所は、何を売ってるんだい?」


隣の店主が、物珍しい荷車を見ながら、聞いてくる。


「プリンよ! それとカキ氷」


「えっ、なんだいそりゃ?」


「貴方も知らないのかしら? 私も最近まで知らなかった食べ物よ! 凄く美味しいわ」


こんな美味しい物を、知らなかったハイジは、街の人も知らない食べ物を、惣一郎が一体どこで覚えたのか、気になりだす。


「えっと…… 最近まで知らなかった物を、売ってると?」


「ええ、知らなったけど、今は知ってるわ! 作れるし…… そうなのね! みんな知らないから来ないのね!」


「なるほど、そうかも知れませんな、お嬢様!」


「そうと分かれば宣伝よ! それとハイジよ!」


ハイジはさっそく、プリンのイラストを描いた板を立て掛け、宣伝を始める。


「さぁ、下々の方々、世にも珍しいプリンを売って差し上げますわ!」


しかし、行き交う人が足を止める事は無かった。


「お嬢様、ここはひとつ、もう少しへりくだってみてはいかがでしょうか?」


「そうね、買って貰うのだもの、屋敷に来ていた商人の様にしなくてはね! あとハイジよ!」


ハイジは、行き交う人にプリンを知って貰う様、声を張り上げる。


その甲斐あってか、ようやく足を止め始める人が……


「ほぉ〜 そんなに甘いのか?」


「柔らかい菓子ね〜」


「どれ、ひとつ試しに貰おうかな」


「ええ! 喜んでお売りしますわ!」


初めての客は、手にする瓶に入った黄色い卵菓子に、眉をひそめる。


「こりゃ生じゃないのか? 大丈夫なんだろうね……」


不安そうに口に運ぶと、驚きの表情を浮かべ、一気にたいらげる。


立ち止まり、もの珍しく様子を伺う人も、その男のリアクションを待っていただろう。


だが、男は無言で食べ終えた瓶を戻すと、


「家族にも買って帰ろう、あと5個貰おうか」


「ええ! 喜んで」


嬉しそうに持ち帰り用の箱に、冷えたプリンを入れ、渡すハイジ。


カールの目頭に熱いものが込み上げる。


「お嬢様…… やりましたな……」


「ほぉ〜 どれ俺も貰おうか」


「私も2個いただくは!」


続く客足にハイジは、


「カール! 泣いてる場合じゃ無いわよ! それとハイジよ!」


プリンは、それを皮切りに、瞬く間に売れていき、午後には完売するまでの売れ行きとなった。


「今日はコレで売れ切れよ! また明日売って差し上げますわ!」


飛ぶ様に売れたプリン。


プリンが無くなると、カキ氷も売れていき、コレもまた人気となる。


中には家に買って帰って、また買いに来たものもいた。


「お嬢様、惣一郎殿の言う通りになりましたな!」


「ええ、明日の分も帰ってさっそく、作らなければいけませんわ! それとハイジよ!」


この日、瞬く間に噂が広がり、プリンを買い求める人が、夜まで通りを探して歩くほどになった。





翌朝も、開店前から人が並び、プリンはあっという間に売れてゆき、昼前に完売する程の人気となる。


「おい! ずっと並んでたんだぞ、プリンを売れよ!」


ハイジに詰め寄る、何処にでも居る輩。


だが、カールに包丁を突きつけられ、


「完売にございます。またのお越しを……」


コクンと頷き、帰っていく輩。


腕を組み悩むハイジ。


やはり惣一郎の言う通り、人気が出れば、それを良く思わない者も、やっぱり出てくるのね……


コレは違うと思うが…… ハイジの想像通り、良く思わない者も実際出ていた。




翌日、すでに人集りが出来てる場所に、到着するハイジ達。


その人集りを掻き分け、近付いてくる者がいた。


「おい! お前ら、誰の許可取って店出してんだ!」


さっそく因縁を付けてくる男達4人。


関わりたく無いのか、蜘蛛の子を散らす様にいなくなる人達。


周りの露店の人達も『始まったか』っと、顔を背ける。


「商人ギルドへは、許可をもらっておりますが」


「馬鹿野郎! この通りは代々[ゴマーク一家]の縄張りなんだよ! ここで商売したきゃ、売り上げの半分を収める事になってんだ! 知らなかったじゃ済ま……」


話途中で現れた女性に、絡んで来た輩が黙り込む。


「初耳ですが……」


「これはこれは、副ギルド長!」


「いえ、初耳だと聞いています」


黙り込む男達に睨みを効かす、冒険者ギルドの副ギルド長ミレフ。


ヘラヘラ笑いながら逃げていく輩達。


冒険者ギルドの副ギルド長になる女。


それだけで普通では無いのだろう……


「ジビカガイライおすすめのプリンを買いに来てみれば、まったく! ごめんなさいね、あんなのが街にいたなんて、後の事は私達に任せておいて下さい。それよりも、プリン! 売って頂けますか?」


「貴方、惣一郎の知り合いなのかしら?」


「ええ、知り合いって程じゃないけど、あなた方の事は、よろしくってお願いされてるのよ。このプリンは、この街の発展に繋がる物だからってね! それがどんな物か早く食べてみたくってね〜」


「そうですか…… 惣一郎殿はそこまで……」


「さぁカール! お店を開けるわよ! 惣一郎の耳に入るぐらい売って売りまくって見せるわ!」


「お嬢様……」


「ハイジよ!」


ここにいない惣一郎に守られながら、トラブルも無く、プリンとカキ氷は大人気となり、露店から、街を上げて大きな店へと発展していく事になる。


やがて国中に広まるプリン……


湖に浮かぶ街、ここゴスガイルで最初に出した店の名前は……


[甘味処 ソウイチロウ]




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ドレモト外伝 短編集 夜間救急事務受付 @tthhcy8v

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