第10話 毎日の話6
「中学生の時、私と図書委員さんは会ったことがある、っていうか同級生なんだけど」
「転校生って言ってたじゃないか」
「ほら、そうとでも言わないとおかしいかなって」
「嘘は良くない」
「そ、そうだけどぉ」
急に弱気になる彼女は頭を抱えて上目遣いにこちらを見る。
「で、ど、どう言うことなんだ?」
「私たち、両思い、だったんだよ?」
「はあ?」
「嘘じゃないよ!」
その声は本当のようにも聞こえるけれど、覚えていない僕にとっては寝耳に水の話だ。
「というかだめ、だめ! このまま話してたら忘れられちゃう!」
「目の前にいるのに?」
「いるのに!」
「早瀬夏乃! ほら、覚えてる」
「興味ないからだって思うと複雑っ……!」
握り拳を机の上に、叩きつけるような仕草を見せて精一杯の気持ちを顔いっぱいに表現した。
「そ、そのキ、キスをしたから僕は早瀬のことを忘れたってこと?」
「ち、違うけど」
「少なくとも今は覚えてるし、覚えているうちにほら、詳細」
「は、恥ずかしいよっ……!」
「じゃあいつなら恥ずかしくないわけ」
「もうちょっと仲良くなってから、とか?」
「それ多分、僕にまた忘れさせる手口?」
「わ、忘れさせたいわけないよ! いや、忘れてくれるほど興味は持って欲しいけど……!」
必死の早瀬は次から次に表情を変えて、幾つ顔を持っているのか全部知りたくなるほどに豊かで純粋に面白かった。
「分かった。興味はあるけど、ないってことで……事象は全然わからないけど、またって言ってた時から考えて、僕とやりとりを続けて覚えているのってどれくらい猶予あると思う?」
「な、夏の間くらい?」
「夏ってもう終わるだろう」
「夏の命はもともと短いんだよ?」
毎日どうでも良いことを話しかけてくるだけでも、いやでも目の前に現れるのに興味を持つなと言う方が難しかったんだ。それをさらに興味引くようなことを言ってきて、早瀬は僕に忘れさせようとさえしているのではないかと考えてしまう。
「じゃあ、また明日もくる、ね」
「どちらでも」
彼女は鞄を片付け、図書室から出ようと扉の方に向かう。
「ねえ、私の名前、なんでしょう?」
興味を引かせると忘れてしまうなら、この質問は逆効果のような気もするけれど。それでも覚えていて欲しいという彼女のきっと望みだ。
「早瀬夏乃」
答えてから、僕の中の悪魔が囁いた。
「ねえ、僕の名前、なんでしょう?」
「えっ!」
真っ赤になった頬と焦ってふわふわと揺れる彼女を見ても、前ほどは直視できないなんてことはなくなっていた。
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