第6話 彼女の話2
「あ、10回自己紹介くん」
「あ、えっと……誰だっけ?」
「荻野ミズキ! 整備委員で一緒になったでしょ? これで2回目だからね。案外すぐ会えたし10回達成するんじゃん?」
「偶然だろ」
移動教室があるからたまたま通りがかっただけなのに、見かけてわざわざ廊下まで出てきたらしい。物好きな人だと思う。
「君が気にしてた早瀬さん、いるよ。あそこ」
彼女が指差した先、教室の隅も隅っこ。本を読むでもなく、誰かと話すでもなくただまっすぐ前を見て席に座るだけの早瀬夏乃がそこにいた。
「なんだあれ」
図書室で話しかけてくる彼女とは別人の様子はひどく僕の心をざわつかせる。
「早瀬さんはいつも休憩中あんな感じだよ?」
「そう、なんだ。……誰かにずっと話しかけたりとかしてないか?」
「え? 早瀬さんから?」
「そりゃあ」
「あっはは。しないしないしない。基本的には誰とも話してないよ。彼女」
「そう、なのか」
「なーに落ち込んでんの? ロボットみたいなやつなのに落ち込んだりするんだね?」
「失礼だな……」
満面の人懐こい表情を向けて、僕の肩に腕を回してきた。距離が近すぎる。
「ね、君、次の授業、赤点ギリギリだったりする?」
「……いや」
答えた直後に彼女は教室内に向かって、誰とも指定するわけでもなく「具合悪いから次の授業保健室行くわー」と大声で叫んだ。一瞬教室内が静まり返ったが「もーミズキは、仕方ないんだから」というぼやきがいくつか聞こえただけで、何事もなかったかのように教室は元のざわめきに戻る。
「あんたも体調不良ってことで。恋愛相談しよ」
「はぁ?」
思わず5組の連中が何人か見てくるほどの声が出てしまった。
その中に密かにまざる早瀬の視線を振り払い、半ば無理やり引っ張られて気づいた時には屋上の扉の前に連れてこられていた。
「あっつ、やっぱりここは暑いね」
「……僕はなんのために連れてこられたわけ?」
「ん? ああ、ここ? 残念ながら屋上の扉を開いたりはできないんだけど」
「できないんだ」
気持ちばかりの踊り場に彼女が腰を下ろす。
「あ、屋上に入れる、とか期待しちゃった?」
「してない」
「んもう、本当ロボットみたい」
「別にそんなつもりないけど」
「まあでもそんな君なのに早瀬さんが気になってるってことなんだよね?」
「気になってない」
「まあまあそんなツンケンなさらずにい」
「で、こんなところに連れてきて一体何がしたいんだ?」
まさか彼女まで早瀬のように中身もなくただ話したいとかそう言うわけではないだろう。授業をサボる価値があるとも到底思えない。一体なんだと言うのだろうか。
「君、面白いやつだからちょっと忠告をね」
「忠告されるようなことは何もないと思うけど」
腕を組んで悪態を見せた。
「昔さ、うちの知り合いに早瀬さんのこと好きだった奴がいたんだよね。ほら、あの子顔可愛いじゃん」
「だから僕が早瀬のこと好きだとか一つも−–」
「いいからいいから。てか、立ってないで座りなよ」
「いいよ」
「どうせ今から行ったって授業間に合わないって。遅れて入るようなタイプ?」
「タイプ」
「クソ真面目なやつ」
「本当に失礼だな」
「ヘヘッ」
それ以降じっと見つめられるばかりで話が進みそうになかったので、渋々僕は距離を置いて腰を下ろした。彼女は僕が観念したように見えたのか、口を開く。
「そいつね、本当に早瀬さんのことが好きだったみたいでさ」
「……」
「いつも早瀬さんに話しかけてた。周りも協力しようとしてたんだけど……なんて言えばいいんだろう。早瀬さんに興味があるのに、色々聞いたはずなのに、全然覚えられないんだ。頭が何か霞んだみたいになって」
「記憶力がすごく悪いとかではなく?」
「んーん、そんなやつじゃなかったよ。私……は自信ないからわかんないけど」
「じゃあ結局そこまで早瀬に興味なかったってこととか」
風の吹かない踊り場は熱気がこもって額に汗が滲む。僕は本当になんの話を聞かされているのだろう。興味を持って聞いてしまう自分にも腹が立ってきた。
「……君、恋している人にその言いぐさはひどいぞ?」
だってそんな気持ち、僕は知らないし。
「そしたらさ」
「なんだよ」
「ある日突然、忘れちゃったんだ」
「何を?」
「初めは叶わぬ恋に対しての腹いせなのかと思ったんだけど、どう見てもおかしいんだ。反応が本当に、何もかも忘れちゃったみたいで」
「何が?」
「いや、忘れちゃった、なのかな。消えちゃった、の方が近いのかも−−」
「だから何が」
彼女が言い終わる前に、つい言葉を被せてしまうほどに焦っていたなんて自分では思わない。
「早瀬さん」
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