第4話 彼女の話

 ほとんどクラスの奴らとも話すことのない僕も、話しかけられれば答えはする。だけど、いつも教室の隅っこでいつも本を読んでいるおとなしい奴。それが僕の立ち位置だ。


 別に同じクラスの奴等の名前を覚えていないわけではないけれど、どこ中出身だとか何が好きだとかは何も知らない。特に知らなくていいと思っているからだ。だから早瀬のことだって別に知らなくたっていいと思う。

 早瀬の話も半分くらい覚えていない。それは内容がないからだとも言えるけれど。

 ただ、毎日される質問のせいで名前だけは完璧だ。覚えたくないとしても。


「あれ? 今日2組違う人?」

「ああ、代わってくれと言われた」


 初めて会話した背の高いそいつは、隣の席に座りながら普段の委員ではない僕に対して物珍しそうに話しかけてきた。


「ふーん、今日面倒臭い日だよ。押し付けられたんじゃない?」

「そうか、それは知らなかった」


 いつも通り図書室に向かおうとしたら、日常会話くらいはする同じクラスの整備委員に今日の委員会を代わってくれと頼まれたのだ。まさか面倒臭い時に押し付けられたなんて知らなかったが。

 どうせ僕が図書室に行くのが遅くなろうとも利用者なんていない。……ああ、いない。浮かんだ顔は振り払った。だから少々面倒なことでもいいだろう。その後になろうと問題はない。


「なんだ、押し付けられたとかで腹立てたりしないのね」

「まあ、特に急ぎの予定もないわけだし」

「ふーん、なんか無感情な人だね」

「君がちょっと人懐っこすぎるんじゃないか?」

「はは、ありがと。私見ての通り背が高いからさ、怖がられないように自分から積極的にいこうかなって」


 そいつは机に突っ伏しながら緩い表情をこちらに向ける。


「そうか」

「本当、なんかロボットみたいじゃん、キミ。変わってるね。名前なんて言うの? 私は5組の荻野ミズキ」

「あと10回くらい聞いたら覚えると思う」

「あっはは。めっちゃ失礼じゃん、面白いね」


 おそらくもう関わることもないだろうに、これだけ話してくるなんて変わっているのはお互い様だ。


「というか10回も自己紹介する人いなくない?」


 確かにそれは正論かもしれない––……いや、何度も名前を言ってくる人間はいるな。


「いや、いる……気がする」

「ふっふふ。嘘言わなくていいよ」

「––は、早瀬夏乃」

「え……」


 あれだけ緩かった彼女の表情が白くなった。


「あ、んー……あ。うん、早瀬さん? 同じクラスの?」

「同じクラスなのか」

「……うん、多分5組。私と同じ」

「どうしてさっきと変わって歯切れが悪い?」


 しどろもどろのような、言いにくいような、よくわからないものを捉えようとするような表情になり、目を伏せる彼女とは視線が合わなくなった。


「関わり、あるの? 早瀬さんと」

「関わり、と言うほどではないけれど」

「早瀬さんには、あんまり近づいちゃダメ、だよ。なんか病気とかなんとか」


なんの話だそれは。

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