水12――安易な選択
最寄りのコンビニまでは5分ほどなのに、千早は三倍くらいの時間を感じた。
とにかく周囲の視線が凄い。おかしな両手に花の状態はご近所の目を釘付けにする程度のインパクトがあったようだ。お陰で夕食時に美雪が嬉々として噂話を繰り広げる様子も容易く想像できる。
だがコンビニの中までは続かない。先に良識を働かせたのは圭介だ。
入口で手を放した少年に対抗心を燃やしてか、美月も千早の左腕から離れ、さっさと店内に入っていく。
千早は買い物の邪魔にならないように圭介から巾着袋を回収して、
「本当に買うの?」
「俺は負けず嫌いなんだよ。真正面から売られた喧嘩は大人買いすると決めてる」
「言葉に反して取る行動は甚だしく大人げないわね」
しかし馬の耳に風だ。
圭介はパンを三つも買った。菓子パンを三つだ。
千早は安心した。圭介は女性顔負けの別腹を搭載している。早起きして作り上げた弁当が無駄になる確率はそう高くない。
その安堵も束の間だ。コンビニを出た途端に千早の両手はまたもや拘束された。
買い物で時間を食ったから通学路を進む制服姿は多くある。
圭介が菓子パンのクリームをホイップかカスタードかで15分も迷ったのが功を奏した。演技なら褒めてあげたい。
「優柔不断な男子は最低だと思う」
そう言う美月もお菓子コーナーの前で屈み込み、必死に九九を暗記しようとする小学生のような思案顔で財布と相談していた。購入するチョコの味をミルクかイチゴかで迷っていたようで、彼女に似つかわしい牛の絵が入った方を圭介より早くレジに持って行った。
「ごもっとも。優柔不断な男は最低だな」
圭介は美月の批判を素直に受け止めた。と思いきや、
「だが俺は違う。ただ慎重なだけだ。安易な選択が先々の後悔を生み出すと理解してるからな」
圭介の格好いい台詞に美月が敗北感を表情に滲ませる。上手く切り返されたと言わんばかりに肩を落とすが、パンの中身ごときで後悔する男子を言語道断だとは思わないのだろうか。
千早はそこを突きたい衝動に駆られたものの、今の発言は稚拙な告白計画を反省しているとも受け取れる。ここは今まで以上の思慮深さを期待しながら黙した方が建設的だろう。
結果として美月の攻撃を受け流したのも事実ではある。玄関前での攻防で美月への大まかな対処法を思い付いたのかもしれない。
千早は笑う。学校に近付くに連れて視界に入る生徒の数が増していき、その殆どが物珍しそうにこっちへ視線を飛ばしてくるからではない。
予想外に圭介と美月の相性が良いと分かった。それが堪らなく嬉しい。
千早は将来に思いを馳せ、笑顔を維持するために作り物を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます