水10――自室にて
時計を見たら翌日五分前だった。
千早は自室でノートパソコンと向き合っている。恩師は既にオフラインだ。
圭介には入浴する前にLINEを送っておき、つい先程にゲーム内での顔合わせを終えた。
呆れることに圭介のキャラは千早より30レベルも高かった。
聞けば始めた時期は千早の方が早いらしい。ここ二年ほどプレイしなかったことが千早を大敗に導いたようだ。
継続は力ね、と褒めたら圭介はなぜかゲーム内チャットの手を止めたが、二人の交際に関する設定は順調に出来上がっていった。
初心者だった圭介を千早が優しく手解きした、というのが馴れ初めである。千早と違って圭介は一人で始めたらしいからこの設定に難を感じない。
プリンの件を教えると千早が罪悪感に苛まれるほど圭介は落ち込み、また作ることを示唆すると呆気なく復活した。意外にも扱い方は美月と同じでいいらしい。
翌朝の迎えに来る時間を決めてから圭介との対話は終了した。
パソコンの電源を落とす前に今一度だけ恩師のログイン状況を確認する。瞳に映ったのはオフラインの文字だ。
まもなく日付が変わる。
千早は勉強机の引き出しから一枚の写真を取り、クッションを抱えて自室のドアを開けた。行き先はすぐ近く。隣室だ。
閉め切られた水色のカーテンとカーペット。中央に低反発のマットレスと畳まれた一枚のタオルケットがあるのみの部屋だ。
千早はクッションを抱えたまま力なく寝転がった。
タオルケットを引き寄せ、猫のように丸くなる。
何も聞こえない。今晩も水谷家は静寂で満たされている。
目を閉じる前に写真を見た。三年前の、関東にいた頃の写真だ。
小学校の卒業証書を手にした幼い自分を眺め、三秒も経てば隣で微笑む年上の男性に眼差しを向ける。アルトだ。
「若いなぁ」
千早はくすくすと笑った。当時のアルトは19だから今と違って髭がない。中学受験の対策に、父親が家庭教師として紹介してきた時はさらに若かった。
千早は記憶を遡行しながら両目を瞑った。
物音もせず、自分の心のように殺風景な部屋で意識を闇に溶かしていく。
そして目覚めれば。やってくるのは疲れる日常だ。
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