水7――中二の遺産
千早は夕飯の後片付けが済むと真っ暗な自宅に戻っていった。
川辺家での入浴に必要な品々や、毎夜の勉強会に使う参考書などを用意するための一時帰宅だ。一時と言っても本日は偶数日だから美月の部屋には泊まらない。
入浴まで30分もある。自室に着いた千早は時間を潰しがてらにディスコを起動してみた。最も話したい相手は未だにオフライン。落胆の一言だ。
時計を見る。20時20分。ふと思い浮かんだのは圭介との約束だ。
千早はLINEで許可を貰ってから通話をするタイプだが、圭介に煩わしいと言われている。よって5コール内に出なかったら切ると決め、スマホを耳に当てた。
『おう。水谷か』
「やりなおーし」
ぶち。千早は通話時間4秒で切った。すぐに手元のスマホが着信音を奏でる。
『おいおい、千早さんや。今のは酷くないですかね。ミスった俺が悪いというのは認めるが、些か厳しすぎるというか』
圭介の不平不満は聞かなかったことにする。千早は手慰みに膝上のクッションを撫でて、
「ネトゲであんたが使ってるチャットツールってなに?」
『スルーかよ。まあ、今はディスコードだな。帰りに言ってた主婦とのボイチャはスカイプだったが、もう半年以上は使ってない』
「それならディスコにしましょ。IDを教えるわね」
フレンド登録は滞りなく終わった。圭介のハンドルはカイらしい。
「ネットで知り合った設定だし、ハンドルで呼び合うのも――」
『ねえわ』
食い気味にも程がある。千早は笑ってしまった。
『お前はいいよな。ちぃだから。名前からのあだ名っぽく聞こえるしよぉ。けどな。俺はカイだぞ。カイなんだぞ。外国人名に憧れてます系中二病全開じゃねえか』
「ふふ。自虐が過ぎるわね。ならどうしてカイにしたのよ」
『中二だったからだよ』
「おっと。普通に中二病全開でしたね」
つれーわ、と低い声を出す圭介が面白い。
『そういやSNSの方はどうするよ。俺はツイッターだけやってるが』
「私は何もやってないわね。特に興味も――」
ふと気付いた。アルトがオンラインになっている。
「ごめん。急用が入ったわ。また後で連絡するわね」
千早は圭介の返事を待たずに通話を切った。学校用のリュックからメガネのケースを取り出すまで30秒ほど掛かったが、圭介から再度の着信が来る気配はない。
慣れた動作でメガネを装着。視界に変化はない。伊達メガネだ。
引っ越してくる時に恩師から授かった宝物の一つで、これを着けると集中力が著しく向上する。自己暗示のようなものだ。
準備は万全。千早はキーボードを打ち鳴らす。
先生、こんばんは。お時間ありますか?
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