1-5:あっち

 私に背中を向けて逃げる兵士を容赦無く撃ち殺す。建物内の真っ直ぐな廊下で背中を見せる等とは、殺してくれと言っている様なものでしかない。逃げ遅れたのか、隠れているつもりなのか知らないけれど、小さな部屋に人の気配を感じる。扉を蹴破っても良かったが、今回は新しい道具の方を試してみようと思った。コンテナから銀色の筒を取り出し、僅かに扉を開けて中へと放り込む。僅かな時間の後、中から扉を開けて熱気と共に兵士が飛び出して来た。


 その姿は全身焼けており、瞬間的に超高温の熱波を全身に浴びた様な有様だった。息も絶え絶えに床に転がる兵士をその場で殺し、部屋の中を見れば黒焦げになっていた。『これは新しく作った、瞬間的に狭い範囲を焼き尽くす花火。是非使って感想を教えてね』等と言っていた気がする。大雑把な試作品でこの効果であれば、改良すれば確かに使い勝手が良さそう。


(個人的には熱波で死んでくれる方が良いけど…)

きっと私があの喧しい技術屋にそう注文すれば、恐らく直にその様に調整された物が作られ私に渡されるだろう。あの人の、人を殺す道具を作る事に対する異常な熱意は本物なのだから。


 厳重に閉じられた扉を破壊し、通路の奥へと進んで行く。恐らくこの先に生き残りが集まった所がある。ここを曲がった人の気配が密集しているのを感じた。私は壁際から左の人差し指だけを角に沿わせて出す。指先に付けられたカメラの映像を確認すれば、バリケードが組み上げられ防衛線が作られている。通路に存在する扉は塞がられており完全に一本道となっていた。この短時間に自分達が少しでも有利になる様に作られたそれに、私は微かな感心を覚える。少しでも生き残る可能性を上げる為に必死になって作ったのだろう。勿論、大した時間稼ぎにもならないのだけれど。


 (一本道になっていると言う事は私も考える事が少なくて済む)

私はこれからの動きを少しだけ頭の中で纏めると、必要な道具を取り出し、息を吸う。


 私は息を吐き出すと同時に、発煙筒を3本まとめて廊下に放り込み、通路の真ん中へと飛び出す。そのままグレネードを通路の奥へ向かって6発続けて撃ち込む。轟音が響く中、コンテナ本体を盾へと変形させると、通路の真ん中に飛び出し、奥へ向かって走り出す。奥から飛んでくる銃弾は全て盾に弾かれ火花を散らすだけになっている。崩れたバリケードの手前まで来た瞬間、勢いを殺さない様に姿勢を低くし、滑り込む様にしてバリケードの内側へと入り込む。滑り込んで来た私を見た時、信じられない物を見る様な顔を兵士達はしていた。


 そこからは”N²4”が予め取り出していた、銃身の短い2丁のアサルトライフルとブレードで、生きている兵士を撃つだけの作業でしかなかった。殺した兵士を盾代わりに次々と取り換え、殺す。滑り込んだ時にコンテナを投げつけた事で、身軽になっている”N²4”の動きを追いかける事は兵士達には出来なかった。最初から広い場所でも狭い場所でも、自分達が良く知っている基地内であっても、彼らが”N²4”を上回る可能性は全く無かったのだ。そして”N²4”が銃の弾倉を外すと同時に、抵抗を続けていた最後の兵士が死んだ。


 私は弾倉を取り換えると周りを見渡す。何処もかしこも死体だらけ。特別苦労する事も無く、殺し切るまでに掛かった時間も予想の範囲内だった。そう言う意味では退屈な仕事だったと思う。それでも、新しい道具や調整されたコンテナを試す事が出来たのは良かった気がする。幾つか気になった点については、また別の仕事で確認すれば良い。きっとこの先も似た様な仕事は沢山有るだろうし、この世界で殺しの対象となる存在は、恐らく尽きる事は無いのだから。


「そろそろ切れる頃か」


 そう呟いて比較的形を保っている椅子に座る。携帯端末を取り出して時間を確認すれば、最初に使ったEMP弾の効果時間が残り数分となっていた。相手の機器だけを潰せるこれは、今迄の仕事でも十分に効果を発揮してきた。”種類を選ぶ事で効果時間をある程度調整出来る”所が私の気に入っている点でもある。『良い道具とは使い手の要望に対応出来る道具』だとかあの女も言っていた気がする。残り時間の確認を終えると私は椅子から立ち上がり、視界の隅に入っているそれへと近づいた。


「さて…」


 ”N²4”は重なり合う様に倒れている死体を幾つか乱暴に動かし、目的のモノを引き摺りだす。引き摺り出したそれに蹴りを入れると呻き声が上がる。


「死体のフリは初めて?」

「頼む・・・助けてくれ」

「それとも死体の山に隠れていれば分からないと思った?」

「・・・殺さないでくれ、投降するから」


 質問に対する答えが返って来ない事に、諦めた様に目を閉じて返事を返さない兵士に対して再び蹴りを入れる。抵抗の意志が失せている相手を痛めつける趣味は”N²4”には無い。これは単純な興味から聞いている質問だった。しかし彼女にとって、別に答えが返って来なくても問題は無いのだ。返事が来れば聞いた上で殺し、返事が無ければこのまま殺すだけだった。少しだけ待ち、臨んだ返事が来なさそうだと判断した彼女は銃を取り出し、頭部へと狙いを付ける。そうして躊躇わずに引き金を引いた。その直後、まるで視ているかの様なタイミングで携帯端末が震えた。取り出して画面を見ればNayの名前が表示されている。


「何?」

『はぁい、お仕事終わった?』

「今最後の1人を片付けた所」

『相変わらず、処理が早くて流石ね』

「それで、何?」

『仕事がちゃんと終わったかどうかの確認を入れただけですよ。それとも特別な用事が無ければ連絡を入れる事も許さないと?私は悲しいね』

「…」

『まぁそれはさておき、良いニュースを1つ。貴女が全滅させたそこの基地にお客さんが向かってる。完全に遅すぎるけど、まぁ救援部隊でしょう。大元を全て潰したから、そこは放棄するだろうし、放っておいても良いけど。どうする?』

「やる」

『了解、じゃあ宜しく。今回は別に生き残っているのが居ても良いから。適当に潰して帰って来なさい。そうそう、装甲車に乗ってるみたいだから、おすすめは大型ライフルよ』

「そう」

『射的、楽しんでね』

返事をせずに通話を終了すると”N²4”は直に行動を開始した。


 私は屋上に上がり、コンテナから大型ライフルを取り出すと、同じく大型のモノポッドを展開し銃身を固定する。コンテナから観測システムを取り出して、端末と接続し現在の環境情報を取得すると、射撃の為に必要な修正を加えてスコープを覗き込む。目標物である装甲車はまだ見えないが、恐らくもう直視界に入って来る筈。その姿勢のまま待つ事数分、最初の装甲車が見えた。用心金から指を外し、引き金へと移す。装甲車の数を把握するまではまだ撃たない。


 装甲車の数が確定した時点で、射撃する順番を決める。順番が決まれば引き金を引く。大きな衝撃が体に伝わる。それと殆ど同時に目標の装甲車が衝撃で浮き上がり爆発炎上するのが見えた。次の目標へと照準を合わせて引き金を引けば、1台目と同じ様に目標が爆発炎上する。あとは散らかる様に動く目標を出来る限り追いかけ、撃ち抜くだけの作業でしかない。


「初めて使うけど、良い銃と良い弾丸ね」

そう呟きながらも、射撃の動作を遅らせる事は少しも無かった。

流れる様に狙いを付け、引き金を引き、銃弾が発射され、また装甲車が爆発炎上した。


======================================


 部屋の扉が乱暴に開かれたが、Nayは特にそれを咎める様子も無く迎え入れた。


「おかえり。お疲れ様、結構楽しめた?」

「別に」

 短く返事をした”N²4”は武装コンテナを床に降ろし、身に着けていた装備を順番に外していく。迷彩柄の仕事着は血で汚れ、多くの部分が赤色に染まっていた。これは全て殺した相手の返り血であって、本人は埃や爆発による煤を被ってはいるものの無傷である。また何箇所か銃弾が命中した後が残っているが貫通した様子は無い。


「新しい仕事着はどうだった?特殊な金属を糸状所にして大量に編み込んでるから、防弾性も前よりも遥かに丈夫だと思うけど」

「下に別のも重ねているし、被弾時の衝撃も問題無い。けど…」

「けど?」

「一番上に着る物だから丈はもっと長い方が良い。今の状態は短過ぎる」

『あー、確かに短いかもね。コート位の丈はあった方が良いかな?』

「その方が良い」

「はいはい。また新しいやつを用意しておくから楽しみにしておいて」

「…」


 急に会話をするのが面倒臭くなったのか、返事は無かったが普段からよくある事なので気にはしない。”N²4”にとって会話とは特別重要な物でも無いのは良く知っている。必要な量のやり取りをし、必要な量の情報だけ共有出来ればそれで良い。Nayもそれは理解しているが、特に理由も無く会話を長引かせ、ちょっかいを掛けて遊んでいる。そしてその反応を見る事は、彼女にとって、とても大事な事であった。


 ”N²4”は仕事の方で使っていた装備を全て外し終えると、再び武装コンテナを担ぐと奥の部屋へと向かって行った。使った物の整備や在庫の確認作業等、やらなければいけない事は沢山有る。恐らくその作業をする傍らで、ミーシャの質問に付き合う事になるのだろう。彼女の質問は膨大でしつこく、そして正確に聞き出そうしてくる。そしてその後、新しい装備や調整された内容の使用感についてレポートを書かせる。”N²4”も渋々と言った様子ではあるが、彼女の要望に応え仕事の後は必ず提出している。”N²4”としてもミーシャに自身の要望を伝える事で、道具がより使いやすく、より良い物になる事自体は好む所であった。


 奥の部屋からミーシャの高く通る声が聞こえてくる。今回の調整や新しい道具は、彼女にとっても気になる点が多いのだろう。聞こえてくる部分だけでも、既に質問攻めをしているのが分かる。ミーシャが次々と質問攻めをし、それを五月蠅そうな顔をしつつも返事を返す”N²4”、その様子は簡単に想像する事が出来た。何だかんだで”N²4”はミーシャの事を気に入り認めている、その事にNayは笑みを浮かべていた。


 その時、棚に置かれた何処にも接続されていない筈の骨董品の通信機が音を鳴らす。Nayは立ち上がり、立て掛けられている受話器を手に取る。何処にも繋がっておらず、本来なら何の音も伝えない筈の受話器から微かな雑音が聞こえてくる。それはやがて確かな形を持ってNayの耳に聞こえた。


「********。****、*********。」

「あぁ、そう。分かった。もうそんな時期だったっけ。ありがとう、一旦”そっち”に戻るわ。えぇ、準備だけしておいて。そう、うん。”こっち”は気にしないで大丈夫。一応繋がっているのは知っているでしょう?」

「******。**、*****」

「はい、宜しく。直に行くわ」


 そう言って受話器を置いて、机上に散らかっている物を片付ける。そのまま椅子に深く腰掛け、何かをかんがえるかの様に目を閉じる。その瞬間、さっき迄座っていた存在を示すかの様に、微かに揺れる椅子だけが残りNayの姿は忽然と消えていた。


Entangled-終-

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