1-4:届け物

 正面に堂々と現れた人物は、ある意味は運送業に従事している人間にも見えた。勿論そんな事が無い事は誰もが理解している、個人で活動しているトランスポーターだってこんな物騒な格好はしていない。しかし余りにも堂々と突っ立っているので、反応が遅れてしまった事も確かであった。見えている範囲では武器等を持っていなかったが、この人物が襲撃者である事はほぼ間違いがなかった。


「誰かここに宅配便でも頼んだのかよ」


 そんな事を軽口で言える兵士が居る位には、何もしてきていない。相手が1人である事も僅かではあるが気を緩める要素となってしまっている。だからこそ、兵士達は警戒こそしているが直に発砲する様な事はしなかった。許可が下りていなければ、命令が下りなければ発砲しないと言う基本的な優秀さ。だが、彼らは扉正面に突っ立っている人物に向かって、直に発砲すべきだった、殺す努力をするべきだったのだ。


「妙な動きを見せたら、迷わず撃て」

その指示が出るとほぼ同じタイミングで、相手も動き出した。動き出してしまった。


 背中に背負っているコンテナの形が変わり、砲身の様な物が現れると間髪入れずに基地上空に何かが打ち上げられる。打ち上げられたそれは、上空で一瞬光りバチバチと音を出して消えた。それに一瞬気を取られた瞬間、正面に人の姿は無く、カメラと照明が破壊されていた。気が付いた時には遅く、慌てて指示を飛ばそうとした瞬間、全ての電子機器が使えなくなると言う異常が起きる。


そして同時に、

「電子機器全て死んでいます!!」

「基地内外の通信も行えません!!」

「兵士間の通信も不可です!!」


そんな声があちこちから上がってくる。


「さっきの電磁パルス攻撃だってのか」

「ここで使っている機材は、そんな簡単にくたばる様な仕様じゃないぞ」

「対策を何重にも掛けてあるやつが一瞬で落ちるなんて」

「落ち着いて隊毎に固まって行動しろ」


 電子機器が使えなくなるのは予想外では有ったが、元々部隊はそれぞれ固まっており非常時の連携にも問題無い様に訓練されている。ちょっとした混乱こそ残ったものの、落ち着きを取り戻し、ハンドサイン等を使って意思の疎通を行っていた。


「どこから仕掛けて来るか分からん、仲間から離れ…」


その言葉の後半は轟音によって殆どが消された。


 正面の扉が爆発によって吹き飛び、その衝撃に巻き込まれて数人が地面に転がる。更に吹き飛ばれた扉、つまり分厚い鉄板が兵士を直撃し、嫌な音を立てながら建物にぶつかって地面に落ちた。挽肉となった兵士の大量の血が地面を汚している。信じられない事が連続で起きていた。姿も分からぬまま建設中の建物にいた仲間20人以上が殺され、偵察に出した6人の内5人が目の前で殺された。そして今、正面の扉が吹き飛び爆発の火が上がっている。


その火の向こう側から襲撃者が姿を現す。コンテナを背負い悠々と此方に向かってくる。


基地を攻撃する時、正面から堂々と攻めてくる奴は馬鹿か阿呆だ。

いや、馬鹿か阿呆か、とんでもない化物か。

今、目の前に居るのは間違いなく、化物だった。


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 私は建物内の指示系統部屋を潰す為に、初手でEMP弾を打ち上げた。それに気を取られた瞬間に正面扉のカメラと照明を破壊する。突如として視界を奪われ暗闇が広がると、大体の人間はそこに見えていた物体が消えたと錯覚するらしい。扉の向こうから騒ぎが起きているのを聞きながら、私は武装コンテナから破壊に特化した銃を取り出し正面扉を爆破した。運悪く吹き飛ばされた扉に轢かれて死んだのが居るらしい。直接殺す相手が減ってしまった事は、少し残念だと頭の片隅で思った。


 どうやら今迄、拠点の正面扉を吹き飛ばされる様な経験をしていなかったらしく、呆然と突っ立っている奴らの姿が見える。たった数秒の空白でしかないが、私にとってそれは『殺してくれ』と言っている様な物でしかない。衝撃に巻き込まれて地面に転がってる奴の頭を、銃で吹き飛ばした所でようやっと動き出す。そして慌てて此方に銃を向け撃ち始める。


(反応が遅過ぎる)


 恐らく彼らは優秀な兵士達なのだろうが、余りにも遅い。手持ちの銃を変形させ、即座に集団の中へと突っ込んで行く。


一番近くに居る奴の懐に飛び込み腹に1発撃ち込む。

その開いた風穴に、そのまま銃を突っ込み肉壁として利用する。

もう死んでいるのに、味方だったモノを撃つのを躊躇している奴らを肉壁と同じモノへと変えた。

上の建物から私を狙っている奴らに対して、炸裂型爆弾を投げつける。

破裂音と同時に鋭利な破片が飛び散り、人体の柔らかい部分を抉る。

上で動けなくなって呻いているのは後で殺せば良い。

肉壁として使っていた死体を投げつけ体制を崩す。

それに隠れる様に姿勢を低くしたまま滑り込み、ブレードを取り出して足を切断。

奴らの気を逸らす為、脚を切断したまま、とどめを刺さず放置。

何とかして助けようと、物影から頭を出した間抜けの顔を吹き飛ばす。

撃ってくる相手に武装コンテナを盾の様に構えて突進し、壁に叩きつけて潰す。


私は視界に入る奴を端から殺す。

シンプルな銃弾で、散弾で、爆発物で、刃物で、コンテナで殴りつけて殺す。

奴らが何をして来るのか、何を考えているのか、手に取るように分かる。

だから殺せる。


私の前に立とうとする奴らが減った。

既に屋外での戦闘は不利だと悟ったのか、一部は建物内へと急いで下がって行く。

追いかけようかと思ったが、後ろに回り込もうとしている気配を感じる。

武装コンテナからグレネードランチャーを出す。

振り向きながら、相手が飛び出してくる場所にタイミングを狙って撃つ。

吹き飛ばされて倒れている相手に、躊躇無くもう一度撃つ。

1射目で比較的形を保っていた奴も粉々になる。

中途半端に焼けて地面に転がって呻いているのは、頭を踏み潰しておいた。


多少静かになった基地内で私は息を吐いた。


 あの喧しい技術屋が改良を加えた武装コンテナに、私は満足している。正式な名前が付いている筈だが、興味が無いのでどうでも良かった。以前は武装を頭で選んでから、取り出すまでに若干のズレが存在していたのが気に入らなかったけれど、今はそれが無くなっている。私が使いたい武装が即座にコンテナから取り出せ、手に取り使う事が出来る。大きさも一回り小さくなって取り回しも良くなった。妙に馴れ馴れしく、押しつけ強い人物だが、人を殺す物を作るという点でとても優秀なのは良く知っている。


 最も、

「機能としては無くても良いけど、有った方が格好良いのってあるじゃん」

 等と言っていた物は全て無くす様に脅したけれど。


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 ”N²4”が装備しているのは【XEN】の代表企業のみが保有・独占する技術、『多重構造記憶・内空間制御システム』を最大限に活用した武装コンテナ。外装も内部も全て同じ技術で作られているので、そのまま武器として使う事が可能だった。外装として使われている部分、ただのコンテナに見える部分も多重構造記憶制御により盾や大型の武器に変形させる事が可能だった。更に内部の特殊空間に、通常兵装を大量に格納している。それは爆弾であったり、大型の刃物であったり、凄まじい数の銃器であったり、化学兵器だったり、同じ技術が使われた特殊武器であったりと正に個人武器庫と言える。


 この技術を使った武装開発について、代表企業は”表向き”行わない事としている。利用出来た場合、凄まじい効果を生み出すのは分かっている。しかし元々個人の『脳の記憶容量・強度』に依存するが故に、一定のラインを安定させるのが難しいのが現実である。技術が使われた武装に記憶されている種類、内部空間に収納した物の種類・予備弾薬の残数等を記憶管理しなければならず、脳が焼けるリスクが非常に高く実用化は見送られている。最も機能を限定した物は内々で複数生産され採用されてはいる。


 そんな中ある意味自殺行為とも言える、大量の武器の収納・機能を持たせた武装コンテナを使えるのは”N²4”だけであり、事実上彼女専用に改良・調整されている。”N²4”の持つ異常な特性と同じく、異常な強度を持つ脳が無ければ、接続しただけで大量の構造記憶・収納されている武器・予備弾等の膨大な量の情報に、脳が焼けるのは実験の段階で既に証明されいた。これらの開発と調整は技術屋のミーシャがほぼ単独で行っている。作っている側も使っている側も、ある種の異常者である為に常人が入る隙間は無いのだが。


かつてミーシャはNayに対してこう語った。


「頭のおかしい技術屋が、頭のおかしい化物に武器作るなら何だって実装しても良いのさ。自分とは違った存在に対して、自分の物差しで測れる範囲の物で作った武器に価値はないよ。だから大体”まぁこれ位平気でしょ”って感覚でやるのが良い。仮に耐え切れずに”N²4”が死んだとしたら、その時は私をとんでもない化物を殺した人物として褒めてくれたら良いのさ。最もそんな事は起きないと思うけどね」

「それは何故?」

「それは私がNayに認められた技術屋で、”N²4”がNayに認められた化物だから」

「随分と信頼してくれ嬉しいですよ」

「物や人殺しの道具を作るのに制限が無いっての言うは、最高だね」

「確かに最高ね」


そうして二人は、『そこそこの奴に接続したら、どうなるかやってみようぜ』と言う理由で武装コンテナに接続させられ、脳が焼け焦げた死体の前で笑っていた。


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「こんな筈じゃ無かった。こんな事が起きる筈が無かった」


 きっと一番頑丈な部屋付近にて、バリケードを大急ぎで組み上げている兵士達は、全員同じ気持ちだったに違いない。正面が破られてから起きた事は、戦闘等では無くただの一方的な殺しだった。此方がやる事、此方の配置等を全て把握しているかの様に遊ばれた。相手が1人だったからとかそんな油断があったとかでは無く、あれは正真正銘の化物に違いない。人の形こそしている物の、あの動き、あの反応速度は訓練とか、そう言うレベルでどうにかなる次元じゃない。全てを殺す事へと特化させた存在と言うべきものなのだろう。


 既にこの基地は壊滅状態であると言って良い。上下関係も部隊分けも意味を成しておらず、只々全員が生き残る為に籠城の為のバリケードを組み上げている。勇敢な奴から、仲間思いの奴から死んでいった。救援要請を出しこちらに向かっている仲間が、兎に角早く駆けつけてくれる事を祈った。しかしこの拠点は遠く、まだまだ時間が掛るだろう。何故ならこんな事態になってから、まだ10分程度しか経っていないのだから。必死の思いでバリケードを組み上げ、息を潜めてここへと繋がる唯一の通路の様子を伺う。電子機器は相変わらず死んでおり、通路には闇が広がっていた。


 外から聞こえるのは散発的な射撃の音。そしてそれは直に聞こえなくなっていく。建物内へと逃げるのが遅れた仲間は、きっと皆死んでしまったに違いない。微かに悲鳴が聞こえるが、誰も外に助けに行こうとはしなかった。死にたくなかったから、誰だって死にたくないに決まっている。今迄だって戦場に立ち何度も死線を超えて来た。それでも今回は、あの化物からは逃げられない死の気配を感じていた。震える体を何とか押さえつけ銃を握りしめる。


(死にたくない、死にたくない)

間違いなく優秀な兵士達は、その事だけに支配され震えた。

そして通路の奥から、微かに聞こえてくる死の足音に恐怖していた。

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