1-3:仕事
比較的見通しが良い場所に、フェンスや壁で囲まれた建物群があった。建設途中の建物が幾つか見え、付近の道には資材を運んでいる車両が何台も行き来している跡が残っている。周囲警戒用の塔があり兵士の姿が見え、更に周辺にも哨戒中の兵士が多数存在していた。明らかにここを拠点として、何かをしようとしている動きではあった。
その拠点を離れた所から観察している人影がある。特殊な迷彩柄のシートを被り、専用のバイザーを使って眺めていたが、指でバイザーを跳ね上げると同時に立ち上がる。
「拠点の情報、あの女、わざと改竄して私に見せたな」
”N²4”は何の感情も無く呟くと移動を開始する。これから襲撃する拠点に居る人数が、事前の情報で確認したよりも多く、拠点の作りそのもの違っているが、そんな事な彼女にとって何の障害にもならない。むしろ、殺す人数が増える事はむしろ都合が良いとも言えた。これからあの拠点で起きる事は、戦闘では無く”殺し”である。多少の反撃はしてくれた方が嬉しいが、軽い運動の範囲を出ないであろう事に少しばかり落胆もしていた。
ある程度近づいた時点で、首から下げていた専用フェイスガードを装着する。被っている帽子に機器を装着し、更にヘッドセットを上から付ける。背負ったコンテナを構え直すと、仕事を開始すべく音も無く哨戒中の兵士へと接近した。
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「先輩、此方相変わらず異常なしです」
「了解、丁度交代の時間だ。休憩しよう」
「はい」
監視任務に就いていた2人の兵士は、引き継ぎを行うと建物内に入り休憩を始めた。重い装備を外して楽な格好になると、奥から持って来た水と軽食を口にする。
「ねぇ先輩。此処に急に隊丸ごと配置になりましたけど、何も起きませんね」
「まぁ現在建設途中ってのも有ると思うが、完成したら何か動きがあるかもな」
「あの【XEN】が結構近くにあるって不思議な感じですよね。ほら、あそこ色々な評判があったりするじゃないですか」
「良い噂やら悪い噂があるのは何処でも同じだろ。少なくとも我々の所属している所からすれば、絶対的な敵と言う事にはなっている。現に何人も犠牲になっているのも事実だしな」
軽食を突きながら、次の交代迄の時間を潰すべく会話を続けていると、同じく交代街の他の兵士も会話に加わって来た。
「俺らこの間、【XEN】の中に行ってきましたよ」
「え、この間の休暇の日?」
「そうそう、他の【企業特区】と違って、すんなり入れるのは知ってたんで。エリア出入口のゲートで担当の人に『観光です」って言ったら仮滞在カードが貰えて入れた」
「まじかよ」
「まじまじ」
「どうだった中は?」
「元々制限が緩めって事もあって、同じ様に観光っぽい人達結構いましたね」
「俺写真撮ってますよ、ほら」
「見せて見せて」
「外から見えてる様に大きい建物が多かったですけど、大通りとか滅茶苦茶整理されていて綺麗でしたよ」
長い付き合いである兵士達は寛いだ様子で座り込み。未知なる場所への興味と関心から写真を眺め、土産話に聞き入っていた。オンとオフの切り替えを大事にしている彼らは今の休憩時間を全力で満喫している。
「代表企業のお膝元なだけあって、見た事無い物が多かったですよ。特にこれ凄いでしょ」
「なにこれ、筒?」
「動画も有るんでそっち見て貰った方が早いっすね」
そう言って動画を再生する。そこには黒い筒状の物体が変形して傘なったり箱になったり、また内部から全く別の物を取り出したりする様子が映されていた。それは小物であったり道具であったりと、大きさも様々であった。
「これってアレか?【XEN】が独占している技術のやつか」
「そうそう、何だっけ”多重構造なんとか”ってやつです。1つの物体に対して複数の形を記憶させる事で多くの機能を持たせたり、内部の”何とか空間”を制御する事で多くの物を収納出来るって説明してくれました」
「仕組みは全然分からんが、やばい技術だと言うのは分かる」
「これ【XEN】以外に持ち出し禁止らしくて、中で使わせて貰う事は出来ましたけどお土産とかには売って無かったですね。在住の人らしか買えない様になってました」
「こんな摩訶不思議な技術、外部に出す様な馬鹿な事はしないと言う事か」
「その割には説明とかしてくれるんすね」
「理論が分かった所で他所では作り出せないと言う事だろう。実際出来るのであればとっくに産業スパイでも何でも送り込んで、外部に持ち出しているだろう」
顔を突き合わせる様にして動画を眺めている兵士達。
「これを使うには特殊な端末が必要なんですよね。あ、今俺が腕に付けて貰ってるやつ」
「端末とこの黒い筒状の本体がセットになってるんです」
「へぇ」
「元々容量が決まっていて、形状記憶・収納限度が管理されて固定のやつと、自由に設定出来るタイプがあるみたいですよ。個人で制御するタイプは、確か『本人の脳の記憶容量・強度によって限界値が異なる』とか言ってましたね」
「どういう意味だ、記憶容量と強度?」
「詳しくは分かりませんよ。説明してくれた人も苦笑いしていましたし、本当に理解しているのは代表企業の連中の一部だけなんじゃないですか」
「機械のメモリー的な感じっすかね?」
「使う本人が管理出来る分は制御出来るが、それ以上は制御不能にでもなって、変形し無くなったり、物が取り出せなくなったりとかするのだろう。知らんがな」
「限界超えて使おうとすると、脳が焼けるって言ってました」
「急に物騒になるな…」
「その他にも、」
その瞬間、外で警報機が鳴る。耳障りな音が響き渡り赤警報ランプも点灯すると、緩んでいた空気が引き締まり、自分達の装備を整えて彼らは立ち上がった。それぞれの仲間と共に持ち場へと向かい、何が起きているのかを確認すべく行動を開始する。彼らは騒ぎの後に、今の様な話をまた集まって出来ると信じていた。
「何が起きた?」
「襲撃です。本隊の居るここでは有りませんが、手前の建設中の建物が攻撃された様です。哨戒中の兵士とは既に連絡が付きません」
「死んだのか?」
「分かりません。確認の為に偵察部隊を出しています」
「襲撃者がここまで来るか分からないが…いや、来るとしても少し時間ある筈だ」
「はい、なので緊急時用の作戦通りにここへ偵察部隊以外を撤収させ、襲撃者を迎え撃つ形を取ります」
「了解した」
外で既に動いている兵士同士で連絡を取り合い、緊急時用に決められていた作戦通りに動き出す。襲撃者の数、装備の情報等を把握すべく、指令室へと向かう者。迎撃用の持ち場へと移動する者。彼らの動きに無駄は無く、歴戦の兵士達である事の証明だった。
偵察に出た部隊と音声と映像が繋がる
『此方偵察班、生存者確認出来ず』
「哨戒中の奴ら以外にも20人は付近に居た筈だ」
『全員死んでいます。大半が喉元や頭部等を一撃でやられています、即死ですね』
「映像の精度が低い所為もあって確信は持てませんけど、これ相当な長物でやれていません?」
『単純なナイフ類では無さそうです、首が切断されているのもあります』
「…戦闘で銃じゃなくてブレード系使う奴は大体やばい」
「この殺され方、そもそも戦闘になってすらいないだろ」
「同感だ。まだ近くにいる可能性がある、タグの回収は一旦諦めて戻れ。」
『了解』
確認出来た限られた情報だけでも、襲撃者は相当な手練れだろう事が分かった。既に全戦力を集結させ、既に基地内に防衛ラインを組み上げている。相手の人数が不明だか少数である事は確実だった。既に襲撃があった事の連絡はしており、救援の要請も済んでいる。
(相手がどう動くか分からないが、救援が来るまで時間を稼げば勝ちだ)
基地に居る多くの兵士はその様に考えていた。
「偵察班が戻って来たぞ」
「6人全員確認、走ってきます」
「扉を開いて中に入れてやれ」
「了解です」
暗闇の向こうから偵察に出ていた6人の兵士が走ってくる。周囲を警戒しつつも真っ直ぐに此方に向かってくる姿に、基地内の兵士達は一旦安堵の息を吐きだした。そして彼らを迎え入れるべく、扉を開き早く中に入る様に手を振った。6人の内、1人目が扉をくぐる。
その瞬間、一番後ろを走っていた兵士の頭が吹き飛んだ。
血を撒き散らしながら倒れる死体の音だけが聞こえ、それに驚いて足を止めた兵士二人が脚を撃たれたのか地面に倒れ込む。基地の入り口まで後、数メートルと言う所で3人が犠牲になった。倒れた2人を助け起こそうと、残った2人が体の向きを変えた瞬間、胴に風穴が開いて血を吐き出しながら倒れる。
「扉を閉めろ!!」
脚を撃たれて地面を這っていた1人が叫ぶと同時に倒れた姿勢のまま銃を構える。もう1人の方は既に背後に向かって発砲していた。彼らはもう自分達が助からないと分かり、仲間の為に少しでも相手の情報を得ようとしている。そんな彼らも扉が閉まると同時に静かになった。
監視塔に居る兵士から通信が入る。
『どっから撃ってきた?!射撃時の閃光も見えなければ、射撃音も無いぞ』
『それにあの血の広がり方から見ても、やられた奴らの真後ろの位置に居る事になるのに何も見えん』
視界の開けた位置に居る彼らですら見えなかったと言う事は、当然地上に居る兵士達にも何も見えていない。
「こっちの動きを見てるんだ…相手からすればどのタイミングでも殺せたのに、入り口まで何もしなかったのは味方の死に様見せられて、その後どうするかを待ってやがる」
「趣味悪いな」
「此方に有利になる照明以外は落とせ、もう外の奴らの為の明かりは必要無い。暗視デバイスを有効にして防壁から外の様子を見る」
「了解…」
基地の一部の照明が落とされ、うっすらとした明かりのみが残された。
「正面、誰か来ます」
「正面カメラの映像を回せ。荒くても良い」
「回します」
そこ映っていたのは、黒と灰をベースとした迷彩柄で露出の一切無い服装、同じ様な色の帽子を被り、そして背中には大きなコンテナの様な物を背負った、見た事の無いフェイスガードを付けた人物。映像に映った人物は、まるでカメラの向こうに居る兵士達の視線が分かるかの様に、カメラを見た。その目は映像の中でも闇夜に紛れる肉食獣の様に、赤黒く、そして濁った紫に爛々と輝いている様に見えた。
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