1-2:こっち

 自分の荷物をデスクの上に置き、Nayは面白がる様に話し出す。


「そろそろ、言い間違えない様になって欲しいな」

「すいませんね。僕は貴女と違って長時間”こっち”に居る訳ではないのですから」

「君だってやろうと思えば、やれると思うけど?」

「無茶言わないので下さいよ。自分は出来ない事を無理矢理やって、脳が焼き切れるなんて御免ですからね。化物のNayさんと一緒にしないで下さい、本当に。」

「相変わらず謙虚ね。”あっち”の様子は特に変わりはない?」

「問題無いですね。それよりさっさと着替えて下さいよ。血だらけで酷い格好ですから」


 そこまで言われて、ようやっと着替える気なったのか血まみれの服を脱ぎ棄て、クローゼットの中から動きやすい服を取り出して着替え始めた。


「彼、結局駄目だった訳ですね」

「まぁね。行けるかなと思っていけど、残念ながら”起きる”までには行かなかったみたい。まぁ特別重要って訳でも無いから、別に良いけど」

「次に期待ですか?」

「次があればね」


 着替えが終わり、自分の指定席に座って目の前の据え置き型の端末を立ち上げる。そこには数々の情報が表示されていたが、彼女とその関係者、または同等の存在以外が見た所で何1つ理解する事は出来ないだろう。それらを真剣な表情で一通り眺めると、これからの事を考えるかの様に目を閉じた。その様子を男は作業の手を止めずにちらりと見た。


「結構お疲れですか?」

「まぁ幾ら私でも、自分の頭を吹き飛ばされてしまえば多少ね」

「やめて下さいよ、そう言う生々しい話」

「後で見せてあげようか?」

「結構です」

「まぁ残念」


 考えが纏ったのか目を開き、机の上に山積みにされている飴玉を口に放り込む。そのまま複数の端末に情報を入力し、今後の予想を立てて動きを決めた。全てを1人で決めるとデータを転送する。軽い電子音が響き、別の作業をしつつも雑談をしていた黒髪の男が反応する。


「これは?」

「セガワ君がやる事リスト。それから”あっち”に戻ったら調べる事ね」

「了解です」

「最初はどっちも小さい小競り合いになると思うけど、その内大きくなると思う。その辺は実際に動いてから調整するしかないね」

「伝えておきます」


 椅子から立ち上がり、背伸びをしてから楽しそうな表情をして言う。

「それじゃお姫様達にも動いて貰おうかな。今はどこに居る?」

「お姫様は相変わらずソファの住人ですよ。ずっとそこに居るせいで僕はここで仕事です。先生は引き籠って物騒な物を作っては喜んで、時折力尽きた様に床とお友達になっています。さっき廊下に倒れているのに気が付かなくて、思いっ切り踏みつけてしまったのですが、起きなかったので相当お疲れですね」

若干不貞腐れたセガワの返答。それを聞いてNayは楽しそうな声を上げて笑った。


 隣の部屋に入り、明かりを付ければ色々な本が散らかっていた。セガワが不貞腐れていた様にこの部屋は、ソファの住人となっている人物の専用部屋となりつつある。基本的に動かず、ここでずっと本を読むか眠っている。様々な事情もあってこうなってしまっているが、特別大きな問題も起きていないので放置されているとも言う。


 手に持った必要な情報のみ入った端末を起動し、内容に間違いない事を確認した後、唐突にソファに向かって投げた。端末が背凭れを通過した辺りで、影から手が伸び空中で端末を掴んだ。ゴソゴソと身体を動かす様な音がした後、寝転がっていた人物が起き上がり姿を見せる。雑に伸び切った髪の大部分は白とも銀とも灰とも言えない色、また毛先や髪の一部は赤紫に染まっている。起き上がったその人物はNayの方を見る事も無く、手に取った端末を眺めている様だった。


「楽しいお仕事の時間ですよ、”N²4”」


”N²4”と呼ばれた人物は、そう言われて始めてNayの方に顔を向ける。普通の人とは思えない、赤と黒と紫が混じった眼は薄く光っている様にも見えた。


「…」

「お得意の殺しです」

それを聞いて”N²4”は目を細めた後、端末を操作して内容を確認し始めた。その様子を確認すると、毎回聞いている質問をぶつける。


「そろそろ”起きて”くれる気になった?」

「…」


 ちらりと此方を見てまた視線を戻す姿を見て、Nayは残念そうな顔を見せる。これは顔を合わせる度に繰り返されているやり取りで、その度に同じ様な結果になっている。多少の変化として、そもそも無視されるとか、部屋を出て行くとか多少の差は有ったりするのだが。今回は仕事の話を振った後なので、軽い反応をくれたと言う事なのだろう。


「目標はうちのエリアからちょっと離れた駐屯地みたいな所。何か知らないけれど勝手に居座ってくれて目障りだから、潰して来て欲しいな。必要な物があれば勝手に持って行ってくれて良いし、向こうで欲しい物があれば勝手に持って帰って来たら良いよ」

「…別に無い」

「まぁそう言わずに。最初に言った通り”殺し”だから、当然生存者は必要無い。駐屯地に居る奴らは全員血濡れにして捨て置いて来て。もしも近くに全く関係ない部外者が居た場合も同じ、何処の誰であろうと逃がさないでね」

「分かってる」


 その様子にNayは満足気に頷く。普段と変わらない様子であれば心配ないだろう。元々今回の仕事で彼女の脅威となる相手は存在しない。だから”戦闘”では無く”殺し”と言う表現を使っている。死ぬ事が決まっている駐屯地の皆様には申し訳ないが、エリアに近づき過ぎた事を後悔して貰おう。最もその後悔を活かせる場などは二度と来ないのだが。


「でも、ここ別に潰さなくても良い所」

「まぁね、放っておいても全く問題ない影響の無い集まり。ただ私はね、目に見える範囲に例え何の影響も与えない塵埃が落ちていたとしても、綺麗に片付けないと気が済まない性分でね。それに、そろそろ衝動が抑えられなくなってくる頃でしょ?」

「…」

「ほら私って優しいから、気を利かせてあげたわけよ」

 小さく舌打ちをして視線を外す姿に思わず笑みが漏れる。


 その後何も言わず端末の情報を見え終えた”N²4”は端末を投げて返し、寝転がっていたソファから転がる様にして立ち上がった。結局彼女は何かを言われた所で殺しに行くだろう。それが彼女の本質と本能で、同時にとても厄介な性質なのだから。そんな風に生れ落ちてしまった彼女は、Nayにとって、とても貴重でとても大事な存在だった。


 そんな”N²4”が向かおうとしている扉の先が妙に騒がしく、彼女はドアノブに手を掛けた状態で、声の主が誰なのか分かると嫌そうに息を吐きながら扉を開けた。


「僕には必要の無い物ですって。先生、本当にいらねぇって」

「使ってみたら気に入るかもしれないじゃないか。遠慮するな」


 普段引き籠り物騒な商品を作っている人物が、割と真面目なセガワに絡んでいる。この建物を出入りする人物はそれなりに多いのだが、大体の人物はこの人物に会う事は無い。理由は幾つかあるが、一番大きいのは絡まれると鬱陶しいからだろう。その結果、犠牲になる人物は絞られていくのだ。


「セガワ君困ってるから、ミーシャその辺にしておきな」

「あぁ、お久しぶりです。Nayさん」 


 ミーシャと言われた彼女は完全な技術屋であり、Nayが信頼して物造りを任せている存在である。企業で取り扱っている”商品”の大半は彼女が発案・開発した物だ。元々”こっち”で活動する人物では無かったのだが、”あっち”の方で試せない事を試す為に現在こちらに滞在している。主に”通常では取り扱えない物”を作ると言う目的の為であるが。


「床とお友達になっていたって聞いてたけど、起きたの?」

「えぇ、お姫様がお仕事に行く気配を感じましたので」

「だってさ」

Nayが”N24”の方に振れば、面倒臭そうな顔を隠しもしなかった。


「その呼び方、嫌いだ」

「事実なので良いじゃないですか、Nayさんの秘蔵っ子、正にお姫様です。皆さんもそう呼んでますよね?」

「いや、僕は知らないですね」

セガワは直に分かる嘘をついた。


「そんな事より、私の装備は?」

「あぁ、こっちに準備出来てますよ。説明の必要は無いと思いますが、色々と変更を加えてます。出発前に動作確認だけさせて下さいね。あと面白い玩具も用意したので、そちらも是非使って報告して下さい」

「早く済ませましょう」

「はいはい、ではこちらに」

”N²4”とミーシャが揃って部屋から出て行く。


「先生はよく”N²4”と、へらへら話せますね。僕には無理ですよ、怖すぎる」

「あの人はあの人で適切な距離感とかを掴むのが得意だからね。『いける』と思った限界点を踏み込んでくるから苦手な人は多いと思うけど。それにしてもまだ”N²4”が怖いの?何度も一緒に仕事したじゃない」


 相変わらずの反応に面白がって話を振る。”N²4”はセガワの事を特に何も思っていないが、セガワの方は”N²4”を一方的に恐れているのだ。何度も近くで仕事をする事があってもそれは変わっていない。それでも最初期に比べたら随分と改善されてはいるのだが。


「破壊衝動と殺人衝動に手足が生えて歩いている訳ですから、怖いに決まっているじゃないですか。まぁそれでも彼女に助けられた事は有りますし、仕事で話したりする事は出来る様になりましたけど」

「そんなに怖い?」

「怖いですね、特に眼が。あれは完全に自分とは全く違う存在で理解の外だと痛感します」

「まぁ、気持ちは分かるよ。その壊れてる所が特に可愛いけど」

「頼りにはしていますが、僕には分かりませんね」


 そんな彼を笑って、窓際の方へ移動すれば、丁度仕事用の格好をした”N²4”が歩いて行く所が見えた。黒と灰をベースとした露出の一切ない特別な迷彩柄の仕事着、同じく黒と灰の迷彩柄の帽子を被り、そして背中には大きなコンテナの様な物を背負って目的地へと向かって行く。それは正に”戦闘”に特化した格好である事は見る人が見れば分かるだろう。


「お仕事頑張ってね。そして楽しんできなさい」


Nayは聞こえない事を承知で呟き、見送った後で別の仕事に取り掛かった。

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