1章

1-1:特別

 【XEN】と呼ばれるエリアは、『企業特区』の中でも特に有名な場所の1つである。【XEN】の管理体制は、他のエリアに比べて国と呼ばれる統治に近しい形を取っていた。エリア全体から細かい都市地域に分割し、それぞれに管理者を置き比較的自由に運営させている。それにより【XEN】の中でも地域によって大きく特色が異なっていた。それは都市の構造であったり、技術であったり、産業であったりと様々である。とは言え、全体統治者である企業代表の意に沿わない形の事は行われない様になっている。【XEN】内で起きている事、行われている事を全て把握し、管理統括している企業代表の独裁状態である事は、他のエリアと大して変わりはない。


 極度の能力主義・実力主義とも言えるこのエリアは、全ての人々が自発的に何かをしようと動いている。成果が出せればエリアに貢献出来れば、それがどの様なモノであったとしても多大な報酬が約束されているからだ。それ故に何も無い所から雑草的な強さを持つ人々が多く輩出され、エリア内の傘下企業・各種都市運営にて要職についている事は珍しくない。そう言った夢を見る事が出来る、自分のしたい事が出来ると言う理由で他の国やエリアからの移住希望も多数寄せられていた。


 また経済活動・生活に必要な物資等の循環も、特に高いレベルでエリア内完結されている事も人々が集まる理由にもなっている。【XEN】内で価値を証明し生活出来ると言う事は、ある意味長い人生を安心して過ごす事が出来る事に繋がる。個人個人の生活に余裕があり、自らの価値を高める事に集中出来る、そんな世界はある種の理想郷に近かった。逆に言えば価値が無い、価値の証明が出来なくなった時点で、未来が無くなると言う恐怖と緊張感もある種の生活の張りを生み出す効果を持っていた。


『半端な気持ちであそこに移住しようと思うな』

『最も頭のおかしい奴の支配地』

「入ったら最後、出て来られるのは死体だけ」


 他からその様な噂をされるエリアだった。


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「社長、また例の兵器を輸入したいと連絡来ていますよ」


それを聞いて”社長”と呼ばれた黄金色に近い髪の女は楽しそうに訂正する。


「”兵器”じゃなくて、”商品”ね。一応表向きは戦争を積極的に仕掛けない、『優良企業』で通しているから」

「優良企業はあちこちに”商品”を売ったりしないと思いますよ。それに企業特区で独裁体制を維持出来ている時点で、世間にもバレバレの全くの嘘じゃないですか」


飽きれながらも話に付き合う社員。


「それは何度でも言うけど、私の趣味よ」

「そうですか…」


 この様な不真面目そうなやり取りをしているが、片方は社長で、片方は管理官である。無駄口を叩いている様に見えて、二人とも手元の端末で情報を共有し商品の輸出と取引価格の調整を行っている。戦争中のお得意様は良い稼ぎ相手である。戦争が長引けば長引く程、企業としての利益が増え、商品の改良が進むのである。その辺りの調整も彼女達にとって、新商品を作るよりも簡単な事だった。


「じゃあ今日は私、ここであがるから。皆も適当に切り上げて帰る様に」

「私はそうします。が、次の企画通そうとしている人達は残ると思いますよ」

「それは最高ね、仕事熱心で私は嬉しいよ。後が無い子達の首が繋がると良いね」

「そう思います。社長、お疲れ様でした」

「お疲れ様」

そう言って軽く手を振って企業代表の女は社長室を出て行った。


「社長、お疲れ様です」

ロビーに出た所で女は声を掛けられる。声を掛けて来た男は、送迎関連の運転手として勤めている人物だった。


「外は雨ですから自分が送って行きますよ」

「そう、じゃあお願い」


 そうして二人は企業ロゴが入った車に乗り込み、会社を後にした。通りに居た人々は強めの雨を避ける為、速足で移動していく。それをちらりと見た後、女は手元の端末を操作して何かの情報を集めている様だった。その様子をミラーで確認した男は比較的緩やかに車を走らせ、目的の場所まで静かに運転していく。長い間、お互い言葉を発さず沈黙が続いていたが、後部座席で端末を眺めながら、ふっと笑ったのを見て声を掛けた。


「ご機嫌ですね、何か良い事でもありましたか?」

「ん、別に今は無いかな」

「今は?」

「そう、これから面白い事が起きるからね」

「へぇ、それは楽しみですね」

「本当にね」


 雨の勢いはどんどんと増していき、車を走らせている通りに人の気配は無く、珍しく対向車も来ない程に閑散としていた。その事に運転手の男は『珍しい事も有るな』と思っていながらも、この後の事を考えればむしろ都合が良いとも考えていた。その為に長い時間を掛けて今の立場を得るに至ったのだから。後部座席では変わらず端末を操作している女の姿があった。


赤信号に引っ掛かり停車をした時、後ろから声を掛けられる。


「そう言えば今日の雨は音が大きいと思わない?」

「まぁ大雨ですし」

「色々な音が消されて都合が良いよね」

その言葉に運転手の男の肩が跳ねる。


「ここの赤信号、今日は長くなっているの」

その言葉の通り、さっきから赤信号のまま変わる気配が一向に無い。普段はもうとっくに切り替わっていて走り出している筈だった。


「だから君がやろうとしている事、よく考えた方が良いよ」

世間話でもするかの様に言われた男に寒気が走り、全身から冷たい汗が噴き出した。


 男は上着の内側に隠している”それ”に手を当て、感触を確かめる。シンプルな拳銃。今日この女を殺す為に用意した物だった。本来であれば、もう少し進んだ先で実行するつもりだったが、知られてしまっている以上は悠長にしている時間は無いだろう。幸い誰かに連絡した様子は無く、自分と相手の二人だけ。


(やるしかない、今この場で)

そうして拳銃を掴み、後ろを向いて悠長に座っている女の顔へと狙いを合わせる。突然銃口を向けられても、慌てる様子も驚く様子も見せず、女は呑気に飴玉を袋から出して口に放り込んでいた。


「その銃良いよね、威力も高くて構造も丈夫。自慢の商品の1つよ」

「他に何か言う事がある筈では?」

「他って? 貴方のお友達を皆殺しにした事についての謝罪?それとも殺す気でいる貴方に命乞いとかした方が良い?何か希望があったら言うけど?」


この状況でこんな事を平然と言ってくる女が恐ろしかった。目の前の人物は、人の皮を被った化物である事を改めて認識し、引き金に掛かっている指に力がこもる。この距離で外す筈も無く、撃てば確実に頭を吹き飛ばすだろう。


「もう一度言うけど、よく考えてから引き金を引いた方が良いよ」

「どういう意味です?」

「そのままの意味よ。果たして貴方は引き金を引く事が出来るのか、楽しみね」

「引けますよ。現に貴女を殺す手前まで来ている」

「あぁ、そう言えば。貴方に初めて会った時、私が何を言ったか覚えている?」

「覚えていませんよ、そんな事。」


会話が中々嚙み合わず、お気楽な態度を崩そうとしない女に対して投げやりに返事をすれば、それを聞いた途端、女はつまらなさそうな顔を見せ溜息を吐いた。


「残念。結構期待していたのに」

「どういう意味です?」

「さぁ?それよりもさっさと撃ったらどう?」

「…」


 銃声


 破裂音


 運転席には銃を握りしめたまま、首から上が跡形も無く吹き飛んだ死体が運転席に転がっていた。後部座席には体のあちこちに血を被った女が、のんびりと端末を触っている。それは誰にも目撃されず、雨音に全て隠されているとしても異常な光景だった。体に付着した血を気にする事も無く、一通りの操作を終えると端末から視線を外し、目の前に転がっている死体を眺める。


「あーあ、また死んじゃった」


 そう言うとまた飴玉を袋から出して口に放り込み、車のドアを開けて雨の降る外へと出る。黒い筒状の物体を傘へと変形させると、車を放置して大雨の中を歩きだす。その足取りは軽く、人の死を至近距離で目撃した様にはとても思えなかった。


「悪いけど、あれ処分しておいて」

独り言の様に女が呟けば、放置した車もその中に転がっている死体も、最初から存在そのものが無かったかの様に、跡形も無く消えていた。女が立ち去ると雨の勢いが弱くなり、人々の姿が見える様になった。更に信号が青に変わり、車が行き来する日常的な光景が広がっている。


 きっと此処では何も起きなかったのだ。


 大きな建物の扉の前に立ち、ロック解除のパスコードを入力すれば扉が自動的に開く。中に入ると生活感のある部屋が広がっており、奥の方から人の話し声が聞こえて来た。女は迷わずそちらの方に足を運び、扉を開ける。


「戻ったわ」

「あ、お疲れ様です。しゅ…じゃなかったNayさん」


彼女の中はNay。

統治者である代表企業の社長であり、

新世界到来のきっかけとなった存在の1人であり、

世界から複数の意味で危険視されている人物でもあった。

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