第3話 イヴァンジェリン
イヴァンジェリン視点
十六歳の誕生日を迎えた。
名実ともにエルドレッドの妻となれる幸せの絶頂を迎えるはずだった。
急を知らせる報が届くまでは……。
「お父様が……嘘よ」
「イズ」
「嘘よ。そんなのって……」
材料を仕入れに旅に出ていたお父様が村に戻る途中、険しい山道で馬車ごと転落し、帰らぬ人となったのだ。
胸を貸してくれたエルドレッドの優しさと愛を感じながら、涙が枯れ果てるまで泣き続けた。
あたしは昏い思いを胸に秘めていた。
お父様に会いたい。
幸いなことにコナー家には霊媒の力が僅かではあるものの宿っていた。
死霊との会話も出来るだろう。
だが、死霊と関わることをこの村の人々は極端に嫌っている。
迷信が迷信ではなく、確かな真実になっているのだ。
だから、知られてはいけない。
「イズ。どこへ行くんだ? そんな恰好で」
「又従兄弟のクラークのところよ。彼のところ、子供が生まれたばかりなの。その子の具合が悪いのよ。あたしが行かないといけないわ」
「そうか……気を付けて、行けよ」
彼の目には二つの感情が入り混じっているように見えた。
あたしを愛情に由来する心配。
そんな恰好で行くのかという侮蔑と嫉妬が入り混じった憎悪。
「すぐに戻るわ。心配しないで」
「ああ」
苛立つような返事は彼が内心、良く思っていないことが分かる。
膝上までしかない裾の短いスカートが気に入らないのだ。
彼はあたしが他の男と喋っていることすら、腹が立つらしい。
失敗した。
クラークに会いに行くと嘘をつき、死霊を招く結界を張り、儀式を行ったが何の成果も得られなかったばかりか、おりからの雨に打たれ、体が冷えたせいか体調を大きく、崩してしまった。
それをエルドレッドが不審に思っている。
「イズ。お前……まさか、死霊を呼ぼうとしたのか? なんてことをしてくれたんだ!」
「え……何?」
熱に魘されて、寝込んでいたあたしはエルドレッドに荒々しく、叩き起こされた。
そればかりか、頭ごなしに怒鳴りつけられたのだ。
「お前。さてはイズじゃないな?」
「何の話? あたしはイズよ。あなたの妻になるイヴァンジェリンじゃない」
「俺は騙されないぞ!」
「痛いっ。やめてっ、エル」
髪を引っ張られ、顔を上げられて、顎を思い切り掴まれた。
怖い。
何をされるのか、分からない感じがする。
そのまま、荒々しく抱き起され、腕を引っ張られて、暖炉がある居間へと連れていかれた。
居間にはメイドのグレンダがいたけど、エルドレッドとあたしのただならぬ様子に怯えている。
「やめてっ。何をするの?」
エルドレッドはあたしの抗議を無視して、荒縄で両腕を縛ってから、柱に括りつけた。
両腕を上げた状態で固定されたので無理な体勢なのも祟って、痛い。
「黙れ。死霊め。イズから、出ていけ」
「きゃあっ」
そして、顔に何か、液体をかけられた。
搔き毟りたくなるようなヒリヒリする痛みを感じるのに、両手は自由ではない。
痛いのと痒いのが同時に襲ってくる不快感といったら、なかった。
「その反応。間違いない」
「違うっ。あたしはイヴァンジェリンよ。信じて。やめて……」
エルドレッドは怒りに燃える瞳であたしを睨んでいる。
そこには何の憐憫も感じられない。
感じられるのは激しい憎悪と殺意だ。
彼の右手には暖炉の火で真っ赤に熱せられた火かき棒が握られている。
大きく振り上げられた火かき棒が狙っているのはあたしだ……。
「お前は俺だけのものだっ!」
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