第4話 死霊憑き

 衛兵隊長ブライアン・ソマーズは憤懣ふんまんやるかたない気持ちを胸にその裁きの場に居合わせている。

 罪のない十六歳の少女を残忍な手口で殺したエルドレッドは司法の手で法に則り、処罰されるべきという考えを持っているからだ。


 ところがカムプスにまで司法の手が及んでいない。

 この地を支配しているのは未だに因習と迷信である。

 その為、コナー男爵という先進的な考え方を持つ有力者を欠く以上、場を仕切るのは村長ジョナスということになる。


 ジョナスはカムプスでも最古参といっていい齢六十に届こうかという男だ。

 痩せぎすの体に鷲鼻の気難しそうな風貌をした老人だが、神経質な面が多少はあるものの概ね、良識的な考えを持っていた。

 ただし、”カムプスでは”という但し書きが必要だが。


 ジョナスもまた、この地の因習と迷信に囚われた古い考え方の人間である。

 男尊女卑の考えに凝り固まり、妖精や死霊といった目に見えない存在の影響を強く信じているのだ。


 死霊憑き。

 カムプスで最も恐れられ、信じられている不可思議な現象である。

 それまで善良だった人間が突如、性格が変わり悪辣非道な者になったり、普段取らない言動に走ることがある。

 それは全て、死霊のせいだとカムプスの人々は固く信じている。

 死霊とは境界の遥か彼方にある冥府ヘルヘイムから、やって来る目に見えず、人に災いを成す恐ろしい存在だと言われていた。

 その死霊が人に憑りつき、悪事をなすのが死霊憑きなのだ。


 ここで忘れてはならないことが一点ある。

 カムプスにおいて、死霊に憑かれた人間からは一切の権利が剥奪されるのだ。


 ベッドに括りつけられる。

 部屋から出られないように閉じ込められる。

 このくらいの処置はカムプスでは手ぬるい部類に入るだろう。

 男が死霊憑きになってもその程度の処置で済まされることが多く、女が死霊憑きになるとことが多い。


 死霊憑きになった者を殺害しても罪には問われない。

 ただし、に限られている。


「結局はそうなるのか」


 自らの心の中を表しているかのようにどんよりと曇った空を仰ぎ、ブライアンは嘆息した。

 自分の妻となるはずだった女を惨たらしく、殺した男は罪といった罪に問われること無く、自由の身となった。

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