第2話 惨たらしき死

 ブライアンは事情を聴くだけに留めるつもりだった。

 ところがエルドレッドは臆した様子もなく、イヴァンジェリンを殺害したことを告白した。

 そこには全くの罪悪感も感じられない。


「イヴァンジェリンは……あいつは……イズは死霊憑きだったんですよ」

「死霊憑きだと?」

「ええ。そうです。だから、俺はイズの体から、死霊を追い払おうとしたんです」

「お前、それは本気で言っているのか?」


 ブライアンは目の前で熱に浮かされたような顔をして、堂々と殺人を語るエルドレッドを信じられなかった。

 彼はそんな男だっただろうか?

 数日前に婚約者イヴァンジェリンのことを惚気ていたエルドレッドの印象が強く、心に残っていたブライアンには信じたくない思いの方が強かったのかもしれない。


「あいつの顔に聖水をかけたら、苦しんだんですよ。だから、俺は間違ってないんだ」

「それでどうしたんだ?」


 聖水と聞いて、ブライアンの胸を過ぎったのはある団体が使う特殊な液体のことだった。

 刺激性が強く、肌が弱い者にかければ、爛れることすらあるという曰く付きの代物だ。

 だが、信心深い村の者は聖水を有難くがる傾向が強かった。


 もし、聖水をかけて苦しむ者がいれば、それは人ではない。

 そう信じる者が多いのは事実である。

 エルドレッドもそういった迷信を信じる者の一人に過ぎないのだと考えたブライアンだったが、エルドレッドの次の言葉は彼の想像を遥かに超えるものだった。


「だから、俺は……よく熱した火かき棒を死霊に振り下ろしたんですよ」

「お前……それは……」


 ブライアンは「単なる人殺しだ」という言葉を口には出来なかった。

 このカムプスで死霊憑きであると断じられた人間はもう人として、扱われないのだ。

 そして、それは圧倒的に女の方が多い。

 もしも、男が死霊憑きであると断じられても何らかの処置が施され、何事もなかったかのように日常に戻るのだろう。

 それがこのカムプスという村なのだ。

 ブライアンはそう理解していた。




 大規模な捜索隊が編成され、エルドレッドの供述で死体を遺棄したとされる沼地の捜索が行われた。

 かなり大きな沼だった為、捜索の難航が予想された。

 ところが大方の予想を裏切り、呆気なく、イヴァンジェリンの無残な遺体が発見された。

 発見者は後にまるで何者かに導かれたようだったと語っている。


 イヴァンジェリンの遺体は拘泥の下に沈んでおり、既に腐敗が始まっていた。

 頭部には頭巾のように襤褸切れが巻かれていたが、検分の為に外されていく様子を見ていた者はあまりの酷さにこみ上げる吐き気を抑えるのに必死になった。

 渾身の力で何度も振り下ろされた火かき棒により、イヴァンジェリンの美しかった顔はその原形を留めていなかったのだ。

 もはや、それが人であったかどうかも分からないほどに惨たらしい姿。

 あまりの酷さに男尊女卑の傾向が強い村であっても憤る者が出るほどだった。


 そんな捜査を行う衛兵らを嘲笑うように少し、離れた場所から彼らの様子を窺っている二つの影がある。

 二人とも闇夜を思わせる漆黒のローブを纏い、フードを目深に被っている為、顔の判別は出来なかったが、小柄な体格と時折、聞こえる鈴を転がすような声から、少女のようだった。

 収まりきらなかったブロンドとプラチナブロンドの長い髪がフードの隙間から、溢れていた。

 カムプスではあまり、見かけない髪色である。


「ちょっと、やりすぎじゃない?」

「そうかしら? どうせ、やるのなら徹底的にするべきでしょ?」

「そういうもの?」

「そういうものでしてよ。良く出来ているでしょう、アレ」


 プラチナブロンドの少女が指差した先には物言わぬ骸となったイヴァンジェリンの姿があった。


「確かに良く出来てるわ。やりすぎなくらいよ」


 おりからの強風に捜索隊の若者が少女らのいた場所に目をやるが、そこには誰もいない。

 暫くの間、首を捻っていた若者もやがて、興味を失ったのだろうか。

 「おかしいなぁ。誰か、人がいた気がするんだけどなぁ」と独り言つと仲間の下に向かった。

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