第三章 二


 ところで、一班の仲間は、それからどうしたかって。ご安心あれ、尾瀬ハイキング以降の活動と言えば、三月の卒業旅行時に決めた年間活動計画に基づいて粛々と行っている。それも二か月に一度の集まり。九班と伴に挙行した尾瀬ハイキングは、この年間計画には含まれていないので、一班の集いとして、六月二十一日に指扇にあるハルディンという民間住宅を改装したお店で昼食会が開かれた。残念ながら佐竹が欠席となるが、他全員が出席した。

当初、佐竹も出席するとのことであったが、やはり来なかった。指扇駅で大宮方面からくる下り電車を待つが乗って来なかった。坂本が告げた。

「佐竹さんへ電話してみようかしら。来るって言っていたのに……」漏らしつつ、携帯電話で佐竹にかけるが出ない。何度か試みるが同じだった。

「どうしたのかしら、何度かけても応答ないわ。遅れているのかしら、それとも欠席なのかしら」と、独り言のように呟いた。

「そう言えば、前に誰かが電話した時も同じだったと言っていたよな」

関口が皆に向かって言った。すると、阿部が応じる。

「そうなのよ、同じだったわ。けれど翌日電話したら、佐竹さんが出たの。その旨伝えたら、『野良仕事に行く時は、携帯電話を持って行かないんだ。八十過ぎの兄貴が、そんなものを持って畑に行く奴があるかって、怒るんだよ。だから昼間は繋がらないよ』だってさ。だから、また同じじゃないの」

「そうなの、それじゃ今日は来ないわね。たしかに昼食会だけで、群馬から出て来るなんて不合理だもの。それじゃ佐竹さんは欠席と言うことで。さあ、皆さん行きましょう」

そう言って促し、地元瀬川の案内で、ハルディンへと向かった。

程なくして着く。民家風の建物の入口に、小さな看板があるだけで店舗と言う感じではない。大きな庭の中に、母屋や土蔵などがあり、旧居宅を改装し店舗として使用している風だった。

それを見て、佐々木が声を上げた。

「これじゃ見過ごすし、店舗として構えがないから、商売っ気がないんじゃないか。それにしても広いところだな。たいしたもんだ」

すると、戸田が同調した。

「そうですね、まさしく今はやりの民家風店舗というやつです。最近こういう店が、女性客に受けるらしいですよ。場所的にも飲食の商売をやるところではないですからね。こんな形式の作りが人気なんです。じつにいい雰囲気だ」一人で納得するように頷いていた。

「さあさあ、中に入りましょうよ」佐々木が皆に促した。玄関風の入口で、スリッパに履き替えて部屋へと通される。「どうぞこちらへ」と促され入ったところが、居間風の部屋である。長テーブルが置いてあり、そこに備えられた椅子に腰をかけた。

確信したように石田が、満足気に頷いた。

「こう言うところがいいのよ、落ちつけるから素敵だわ。それに今日は、私たちだけの貸切みたい。来客は私たちだけですもの」

「そうよね、いい感じ。静かなたたずまいだし、それにBGが素敵よね。フリオ・イグレシャスの唄声が、すごくマッチしているわ。この甘い歌声に、この環境。もう、私酔ってしまいそう」

呟く瀬川の顔が、うっとりとした眼差しになっていた。すると、突然田畑が告げた。

「こんな落ち着いた雰囲気のところで、冷えたビールはこたえられんぞ。是非一杯飲みたいね。俺の分、大ジョッキーで頼むよ」

「いや、俺も飲みたいな」

 佐々木が喉を鳴らす。すると、小倉が否定した。

「駄目よ、このお店はお酒を置いていないの。今は昼食会でお食事するだけよ」少々強めに言い方である。

「ええっ、そうなんかよ。普通食事には、どこの店だってお酒は置いてあるがな。ここはないんかい?」

 田畑が店員に物欲しそうな目で、訴えるように言った。すると、娘風の店員がすまなそうに詫びた。

「すみません、当店は昼間だけの営業で、お酒は置いていないのです。誠に申し訳ございません」

瀬川が同調する。

「そうよ、牧田さんから紹介された時に聞いているわ。お酒はないけど、料理は抜群だって。その料理を堪能することが目的よ」

「そうなんか、それじゃ仕方ない。食の方で味わってみるか」田畑が諦めた。

「それがいいわ。今日の健康のバロメーターを計ることが出来るから。美味しく感じれば、体調がいいということ。毎回お酒ばかり飲んでいては、不健康だもの。ねえ、田畑さん」

 瀬川が促した。

「はいはい、分かりましたよ。でもな、飯の時は一杯欲しいよな。これもほっとすることで、健康ということじゃないか」

「またそんなこと言って、しょうがないんだから。でも、今回はないものはないの。我慢してちょうだい」

瀬川が諦めるよう念押しした。そして楽しい昼食会が、あっという間に過ぎて行った。デザートのアイスクリームを頬張りながら、田畑が頷く。

「やはり、皆と一緒に食事をするのはいいもんだ。日頃はアイスクリームなんか食べないんだが、今日は冷たく爽やかで美味いな。なんだかこの味は、昔彼女と一緒に食事をした時のロマンティックな味がするよ」

「あら、田畑さん。なんだか今日はおかしいわね。彼女って、もしかして奥様のことかしら。それとも別の女性なの?」

「まあ、どちらでもいいじゃないか。現実に呼び戻させるような質問はやめてくれないかな。このいい気分を壊すからさ」

「また、そんな考えてもいないようなこと言ってさ。やっぱり田畑さんはまともではないわ。お酒が入らないと、現実と理想が混在してしまい駄目なのね」

瀬川が白々しい顔で告げた。すると、聞いていた小倉が口を挟む。

「そうよね、田畑さんはまともじゃないわ。そんな、有り得もしないことを言うこと自体おかしなことだわ。ねえ、熱でもあるんじゃないの?」

「いいや、そんなことはない。感じたことをそのまま言っただけだ。男と言うものは、常にロマンを追いかけているのさ。勿論、歳など関係ない。分かるかな、この気持ちがさ」

田畑がマジ顔で講釈すると、小倉が「なにを言っているのかしら。やはり変だわ」と、茶目っ気たっぷりに落とした。

そんな和やかな昼食会は、楽しさが一杯詰まった玉手箱のようで、時間の経つのも忘れ、談笑の花が咲いていた。そんな和やかなところで、関口が皆に声をかけた。

「どうですか、今日の昼食会は。満足いきましたか?」

「はい、楽しかったわ!でも、直ぐに終わっちゃんですもの名残惜しいな。けれど一班の仲間は素敵ね。皆集まって顔を見ていると、私も嬉しくなっちゃうんだ。これからもずっとよろしくね!」

石田が元気よく告げた。「そうだね」皆の返事が返ってくる。

「まったくだ、これからも宜しく。さあ、次回の一泊旅行が楽しみだ。今度は泊まりだから、たらふく酒を飲むぞ。帰らなくてもいいんだからな。それに泊まりとなれば、時間制限なしで皆と楽しめるし、それに今度は草津だろ、たっぷり温泉も楽しめるわい。こりゃ、最高だぞ」

 夢でもみるように、田畑が喜びを表した。

「はい、今度は私たちが幹事です。宜しくお願い致します。段取りは、今回お渡しした案内の通りです。皆さん精々期待して下さい」

石田が期待を込めるように告げた。すると、山中が控えめに添えた。

「あの…、私も石田さんと一緒に幹事をさせていただきます。いたらぬ点があると思いますが、一生懸命努めますので、宜しくお願いいたします」

石田とは対照的に、つつましく頭を下げた。

「大丈夫よ、なんとかなるからさ」と、石田が胸を張った。ここで関口が告げた。

「さて、時間も時間だし今日の昼食会はお開きとしようか。充分楽しんだんじゃないですか。幹事さんご苦労様です」

「どういたしまして、いたらぬ点は数々あったでしょうが、ご満足いただけましたでしょうか。皆さん、ご協力有り難うございました」

 小倉が笑顔で告げた。

 二カ月に一度の会合に、皆が集まって近況報告や雑談の花が咲く。それが三月に卒業して以来続いている一班の仲間だ。また十月に集まると思うと、安堵感が湧いてくる。たった数時間の集まりだが、皆満足気な顔をしている。

これも、当初年間計画を作ったおかげであろうか。それぞれ幹事を決め、持ち回りで準備する。慣れている人も、不慣れな人もこれなら努められる。こんな方法でやれば、これからも続けられるではなかろうか。まあ、まだ年間計画も途に就いたばかりであり、次回が楽しみだ。そんな風に考えると、皆同じように思っているのではなかろうか。

こんなところで、川越学園の一班の仲間とのよもやま話は終えよう。来年の三月までには、次の年度の年間計画を作る予定だ。正確には、隔月に実行しているから、二月の懇親会が年度の最終になる。従って、この時に話し合いをするが、話題の一つとして盛り上がるのではないか。また、こうすれば、一年間の夢が語られてなお楽しくなる。

このようにしてゆけば、長く続けられるような気がする。勿論、全員で作ることが大切だ。そこで俺は、皆にお願いしようと思っている。都合二年間班長を務めさせていただいているので、ここらで他のメンバーにバトンタッチしようと思う。引き受けてくれるか皆目見当がつかないが、ここは仲間の絆を強くするためにも、順次その役に就いて貰うことが必要ではないかと考えるからだ。誰かがやれば、それについて行くという考えでは心もとないし、一方的な負担となり公平性に欠けるからそうしたい。皆で交替に一班の舵を取って行くことが、長続きの基になるような気がしてならない。




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