5:襲撃
投げ込まれたのは閃光弾だった。
支えた座卓から脚を伝わってきた衝撃は弱い。殺傷能力のある手榴弾を警戒して座卓を立てたが、目的は攻撃ではなかったらしい。
爆音の影響でラビの頭の中では、甲高い音が騒いでいた。ただ、光を直視せずに済んだのはよかった。覆いかぶさる永遠に目を向ける。身を縮こまらせ、耳を塞いで強く目を閉じていた。
永遠を捉える視界の端に煙を見た。発煙弾も使われたらしい。かなりの勢いで部屋に充満していっている。
僅かに耳の機能が戻てきた。金切り音を押しのけるように集中して、すぐさま周囲に注意を向ける。鈍く曖昧だが水気を含んだ足音が複数。すぐあとに縁側の掃き出し窓と居間の障子が蹴破られた音が続いた。わずかに部屋を照らしていた、畳の上のデスクライトの光が消された。だが完全に暗くなったわけではない、外から街灯の光がわずかに入っていた。
聞こえているかわからないが永遠に大声で伝える。「来て!」
怯える永遠の体を無理やり起こし、強引に押しながら居間の入口へ移動をはじめる。煙の中視線を後方へ向けると、立てた座卓を回り込むように大柄の人影が五つ動いていた。その距離は近い。
永遠を誘ったまま部屋を出るのは無理そうだ。ラビは足を止め、永遠を庇うようにしながら、後ろを振り返った。
「こちらブラボー」太った人を真似したような声がした。誰かと通信をしているようだ。「目標を発見」
戦闘の気配が漂う。敵が銃火器を構えている様子はない。両手を体の前に構えて、ラビたちを囲むように展開する。煙幕の中、動きに支障はなさそうだ。熱感知ゴーグルをつけているのだろう。
ラビも身構える。人影がじりじりと距離を詰めてくる。分が悪い。まだ耳の感覚が戻り切っていない。そこに視界不良も重なっている。不良少年やチンピラが相手ならまだしも、相手は明らかに訓練された極道とみて間違いないだろう。数の利を覆すのも難しい。
過激派の極道による不忍の住居を襲撃は、ごくたまに起こる。しかしラビには経験がなかった。いつ起きてもいいように、警戒はずっとしていたが、よりにもよって永遠や雪那博士がいるときに起こるなんて。
それにわからない。閃光弾と発煙弾を使って侵入して、銃火器も使う気配もない。襲撃の理由はラビや善治へ危害を加えることじゃないのだろうか。
「ラビ……」後ろから永遠の心配そうな声がぼんやりと聞こえた。
考えるのは苦手だ。動きも悪くなる。とにかく今は永遠を護ることを第一に、この場を切り抜けることだけに集中しよう。
一番近い人影が間合いに入ってきた。無駄のない動きだ。接近されて気付く。敵はボディアーマーを装着していた。
大柄の体から放たれる右の正拳。ラビはそれを左手で下に払い流し、右手の掌底で敵の顎を打ち上げる。仰け反ったところに一気に距離を詰めて、体当たりで吹き飛ばした。敵は足をばたばたと動かして体勢を整えようとしていたが、不忍襦袢で増したラビの力を殺しきれずに、縁側に背中から倒れた。
追撃に出て無力化したいところだが、周囲の敵がなにもせず突っ立っているわけもない。左耳が衣擦れの音を捉えた。すぐに左わきから拳が飛んできた。ラビは体を引いて、鍛え抜かれた太い右腕を目前にやり過ごした。その時、グローブと服の隙間、上下は隠れていたが、長い牙をむき出しにした口の入れ墨が見えた。
敵が右腕を引きはじめるのを見るや、それに合わせて即座に敵の空いた脇に右手を差し込む。自身と敵の体で敵に腕を挟むように体をぴったりとつける。足をかけ、仰向けに敵を倒す。
倒れる敵にラビの体も引っ張られたが、わざとだ。後ろに別の敵が迫っているのには気付いていた。倒れる最中、左足を振り上げ、その顔面を狙う。
敵にも読まれていた。足を払い逸らされた。ふくらはぎをしっかり脇に抱えられた。直後、大きな力で振り回され、立てられた座卓に叩きつけられた。座卓と共に倒れる。
「いたぁ……」
「ラビ? 大丈夫なの!」
永遠の声ははっきりと聞こえた。耳は本調子に近い。立ち上がる。いま敵のうち四人がラビと永遠の間にいる。永遠を護るには不利な状況だ。ひとまず人影は永遠の方へ動いてはいないが、早いうちに移動しないと。
「ぁ……」
思わず声が漏れた。ラビはしまったと思った。聴覚を奪われていたことなんて言い訳にならない。気付ける部分はあった。襲撃者は自分たちのことを「ブラボー」と言った。フォネティックコードで「B」のことだ。いくつの隊があるかはわからない。けれど、「A」を表す「アルファ」隊がいるのは確実だ。
永遠の後方、襖の向こうの廊下に足音が集まっていた。
ラビは叫ぶ。「永遠、逃げ――」
駆け出そうとしたラビだったが、つんのめって勢いよく座卓に体を打ち付けた。後ろを見ると、最初に吹き飛ばした敵がラビの足首を掴んでいた。
襖が引かれる音。空洞を持つ木箱が落ちる音に、複数の金属の音。振り子時計が落ちた音だ。そして永遠の悲痛の叫びがラビの耳に届いた。
「やめてっ! 放してっ……ラビっ!」
「永遠っ!」
ラビは足首を掴む敵の手を強く蹴りつけ、拘束を脱すると、立ち上がりながら駆け出した。途中、前方にいた敵たちに進路を塞がれそうになったが、機敏さで負ける気はない。軽く躱して押し進む。
煙の奥、まとまった人影が鮮明になる。永遠が羽交い絞めにされている。暴れる永遠が部屋の外へ運ばれていく。
ラビも開いた襖を抜けた。あと一歩で手の届く距離まで来た。その時、右耳の耳元で短い金属音を聴いた。銃の引き金に指を掛ける音だ。目を向ける余裕はなかったが、体が自然と反応した。音の方向から遠ざかるように、左へ大きく飛び退いた。
重たい爆発音が鼓膜を揺らした。ラビは床に倒れていた。
「ラビっ……! ラビーっ……!」
息苦しい。意識が遠のいていく。視界が暗くなっていく。永遠の声が遠くなっていく。
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