3:不忍と極道
ラビは永遠とともにキョー都大学を出た。
紅の混じりはじめた秋のキョー都は歩くには心地いい。
歴史を感じる伝統的な街並みに神社仏閣、都市部の瓦葺きの木造デザイナーズビルの群。それから四季折々の顔を見せる自然たち。そこにパイプラインが縦横無尽に絡み合う。それが子どもの頃から見慣れた、護るべき街の景色。
四季澱の供給網としてのパイプライン関連の建設がはじまった当初は、景観を損ねると多くの人が反対したそうだが、それも歴史だ。歩くに合わせて流れていくこの街並みが、損なわれたものだと思ったことなど、ラビには一度もなかった。
隣りを歩く永遠もキョー都の景色に違和感なく溶け込んでいた。迷いなく歩くさまは、まるで最初からキョー都にいたかのように思わせる。しかしこの新しい友人は、もうすぐ予定を終えてトーキョーに帰っていく。
「今度はあたしがトーキョーに行くよ」
「唐突だね」永遠が小さく笑った。「研究の催促?」
「違うよー。遊びに行くってこと」
「わたしたちは遊びに来たわけじゃないけど」
「じゃあ、あたしもお父さんに頼んで出張ってことにする」
「冗談だよ、いつでも遊びに来て。マルちゃんも紹介するよ」
マルちゃん。永遠のトーキョーの友達のことだ。このキョー都滞在中、なにかと永遠が話題に出していた。
あまりにも科学かその子の話ばかりだったので、あるとき、ほかに友達がいないのではないかと不安になって、聞いてみたことがあった。ラビとも関わる気はなかったよ、そう即答したとは思えないほど、いま打ち解けられたことをラビは密かに誇りに思っていた。
「でも、キョー都を離れられるの?」
「不忍はあたしだけじゃないから」
「それもそっか」永遠が指先を顎に当てた。「でもどうして不忍はキョー都以外に支部みたいなものを置かないんだろ。ほかの地域での活躍はたまにニュースで見るけど」
「伝統だよ」ラビは間髪入れずに答える。「愛すべきこの街に暮らすみんなを護る」
「ラビの言いたいこともわかるけど、不忍みたいに特別に訓練された組織が各地に配置されれば、ほかの地域の人たちももっと安全になるでしょ?」
「んーそうだけど、不忍の鍛錬って永遠の想像よりきびしいんだよ、きっと」
「きっとって、他人事」
「あたしは楽しくて好きだもん」
「わたしも別に簡単だとは思ってないけど、それでも途切れることなく新しい不忍は生まれていくわけでしょ?」
「永遠もやってみる? あたしが師匠になってあげる」
「冗談、ランニングで充分」
肩をすくめる永遠に合わせて、ラビは笑う。ふと考えが浮かんで、口に出す。
「あ、あと極道かも。不忍がキョー都だけなの」
「キョー都の犯罪組織だね」
「うん。さっき雪那博士がキョー都のこと『神社仏閣とパイプラインの街』、『伝統と革新の街』って言ってたけど、『不忍と極道の街』でもあるってわけ」
「たしかに不忍と極道もキョー都の代名詞だね。戦乱の世、キョー都を護るために尽力し名声を轟かせた
「え……うーん」ラビは一度口を結んで、しばらく永遠の言葉を咀嚼してみてから、たぶんそうだろうと唇を鳴らした。「そうそう。うん、あってる、あってる」
「ごめん、小難しく話しちゃったね」
「ううん、大丈夫、大丈夫。ただ永遠があたしより詳しいからさ。あたしそこまで気にしたことないし」
「教科書に載ってる内容だよ? 大家の跡取りとしていいの?」
勉強は得意とは言えない。そこを突かれると痛い。それでもこれだけは堂々と胸を張る。
「いま大切な人を護ることが大事」
永遠が柔らかくため息を吐いた。「キョー都は安泰だね」
「うん。あ、でもね永遠。極道も全部が全部悪いわけじゃないから、誤解しないでね。ちゃんと地域の人たちと仲良くやってる組もあるんだよ。
「そっか、じゃあ来年の楽しみにしておくよ」
「いいね、約束! あ、その前にあたしがトーキョーねっ」
秋風が二人の髪を揺らす。風を追って見上げた視線の先、遠くの空に分厚い雲が見えた。
永遠も同じように空を見ていたようで、隣でつぶやいた。
「今夜は雨だね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます