その33「絶望と稀なる獣」



 実際は、今の段階ですら、ヨーイチはついてこられてはいなかった。


 闘気も筋力も弱く、槍をまともに振ることすら出来ない。


 グッドモーションを成立させることすら出来ない。


 パーティのお荷物だった。



ウヅキ

「…………」



 ウヅキはぎゅっと手を握り、唇を噛んだ。


 そのとき……。



アキラ

「調べるか」



 アキラが、口を開いた。



ヒカリ

「えっ?」


アキラ

「俺たちで、オーカインのレベルが上がらない理由を、突き止めよう」


ヒカリ

「突き止めるって、どうするの?」


アキラ

「それは……」


アキラ

「ネットで探すとか……」


ヒカリ

「そう簡単に見つかったら、苦労はしないと思うよ」


アキラ

「っ……何もしないより良いだろ?」


ヒカリ

「好きにすれば良いと思うよ」


ヒカリ

「私を巻き込まないのならね」


アキラ

「……分かった」


アキラ

「仲間を脱落なんてさせるか」


アキラ

「俺たちは、5人揃って、無事に卒業するんだ」



 アキラは本心から、そう思っているようだった。



ヒカリ

「暑苦しい……」



 ヒカリからすれば、ガリカインの脱落は、既定路線だ。


 彼を救おうとすることなど、無駄な努力だと思っていた。


 だがウヅキにとっては、アキラの前向きな態度は、救いだった。



ウヅキ

「…………」


ウヅキ

「お優しいのですね。アキラさんは」


アキラ

「べつに、仲間のことだしさ」


ウヅキ

「ありがとうございます」


ヒカリ

「ウヅキ。気をつけた方が良いよ。兄さんは女たらしだから」


アキラ

「そんなこと無いだろ!?」


ヒカリ

「自覚が無いから厄介なんだ」


ウヅキ

「私のことは、口説いてはいけませんよ?」


アキラ

「分かってる」


アキラ

「っていうか、しょっちゅう女子を口説いているみたいに言うの、止めてくれ」


ウヅキ

「ふふっ」



 ウヅキはアキラに微笑んだ。



ヨーイチ

「……………………」



 遠くから、ウヅキの笑顔を、ヨーイチが見ていた。


 ヨーイチは、ウヅキがそんな風に笑うのを、しばらく見ていなかった。


 ウヅキには、自分なんかより相応しい男が居る。


 そんな当たり前の可能性に、気付いてしまった。


 ヨーイチの絶望が増した。


 ウヅキはそれに気付かなかった。


 ……そして、遠足の日。


 博物館の、ダンジョンの歴史展。


 アキラたち4人は、楽しそうに談笑しながら歩いていた。


 ヨーイチは少し距離を取り、後ろからそれを眺めていた。


 気の利いた会話には、ある程度の知能が必要だ。


 どうせ愚鈍な自分では、皆を喜ばせるような話は出来ない。


 無理に話そうとしても、空気を凍らせるだけだ。


 ヨーイチには、今までの経験から、そのことが分かってきた。


 自分に出来るのは、皆の邪魔をしないことだけだ。


 それに、歩きながら会話をする体力など、自分には無い。


 ヨーイチは、そう思いながら、とぼとぼと歩いていた。



ヨーイチ

「ふぅ……はぁ……」



 ただ歩くだけでも、ヨーイチにとっては重労働となる。


 ヨーイチの呼吸が、荒くなってきていた。


 そのとき……。


 ヨーイチの視界の隅に、光る何かが映った。


 展示ケースへ顔を向けると、光の源が、ダンジョンコアだと分かった。


 ヒビ割れた、6つのイシ。


 ダンジョン時代の遺物だ。



ヨーイチ

(負け犬だな)


ヨーイチ

(俺と同じ、負け犬だ)


ヨーイチ

(人間に負けて、こんな所に晒されてやがる)



 ヨーイチはダンジョンコアに、大した興味も持てなかった。


 アキラたちも同様だったようで、その先へと足を向けていた。


 ヨーイチは、ダンジョンコアの前を、通り過ぎようとした。




レヴィ

「貴様……」




 声が聞こえたような気がして、ヨーイチは立ち止まった。



ヨーイチ

「…………?」


レヴィ

「貴様、暗いイシを持っているな」


ヨーイチ

「イシ……? 何だ……? 幻聴か……?」


レヴィ

「もし私たちを、ここから出してくれるのなら……」


レヴィ

「貴様の1番の願いを、叶えてやっても良いぞ?」


ヨーイチ

「俺は……」


ヨーイチ

「俺の願いは……」



 ヨーイチの胸の中に、1つの想いが浮かんだ。


 ヨーイチは腕輪を操作して、メタルスピアを出現させた。



ウヅキ

「ヨーイチ……?」



 ふと振り向いたウヅキが、ヨーイチの異常に気付いた。



チナツ

「えっ?」


アキラ

「オーカイン!?」


ヒカリ

「…………」



 ウヅキに釣られ、他の3人も振り返った。


 4人の瞳には、不恰好に槍を構えるヨーイチが、映っていた。


 3人は、動けなかった。


 突然のことで、ヨーイチの意図すら汲み取れない。


 どう対応するのが正解なのか、分からなかった。



ヒカリ

(あーあ。やっぱり)



 ヒカリだけは、冷めた目で、ヨーイチの蛮行を眺めていた。



ヨーイチ

「ぐ……」


ヨーイチ

「うがあああああああああぁぁぁっ!」



 ヨーイチは不恰好なモーションで、展示ケースを突いた。


 それは、グッドモーションにすらならなかった。


 だが、槍が向かった先は、武士や魔獣では無い。


 そして、ダンジョンメタルで出来た槍は、鋭く強固だ。


 ガラス程度を破壊するには、出来損ないのモーションで十分だった。


 展示ケースのガラスが、粉々に砕け散った。


 防犯ベルの音が、館内に鳴り響いた。



ウヅキ

「何をしているのですか!?」



 ウヅキは大声で、ヨーイチに問いかけた。



ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、ウヅキを無視し、ダンジョンコアに手を伸ばした。


 6つ有るイシの1つが、強い輝きを放った。


 イシはヨーイチの胸に転移し、彼と一体化した。



レヴィ

(っ……!)



 それで驚いたのは、同化をはかったレヴィアタンの方だった。



レヴィ

(この体……弱い……!?)


レヴィ

(強いイシを感じたと思ったのに……見誤った……?)



 毒で死にかけの人間が、博物館に居るなど、レヴィには想定外だった。


 予想を遥かに超えるヨーイチの弱さに、レヴィは混乱した。


 だがすぐに、冷静さを取り戻した。



レヴィ

(……いや。構うまい)


レヴィ

(皆をここから連れ出すことさえ出来れば)


レヴィ

(さあ、走れ)


ヨーイチ

「…………!」



 ヨーイチは、4つのコアを抱え、走りだした。


 6つ有ったイシのうち、1つだけが置き去りにされた。


 強盗に堕したヨーイチを、ウヅキは呆然と見送った。


 ヨーイチの姿が、ウヅキの視界から消えた。



ウヅキ

「ヨーイチ……どうして……」


ウヅキ

「頑張って強くなるのでは……なかったのですか……?」



 中学のヨーイチは、あまり良くはなかった。


 だけど、高校ではきっと。


 そんなウヅキの期待は、ズタズタに引き裂かれた。




 ……。




 そして……。


 ヨーイチたちが、転移陣に乗り込む少し前。


 ダンジョンの行き止まりに、傷心のウヅキの姿が有った。



ウヅキ

「ヨーイチ……あなたは口先ばっかりです……」


ウヅキ

「その場では私が喜ぶことを言って……結局は……」



 オーカイン=ヨーイチは、何かを成せる男では無かった。


 だがそれでも、自分のことは、強く愛してくれている。


 ウヅキはそう信じていた。


 ウヅキはヨーイチの愛情だけは、1度も疑ったことは無かった。


 だから、ヨーイチが堕落しても、傍を離れることは無かった。


 ……信じていた愛情は、ただの思い込みだったのかもしれない。


 ウヅキはそう考えると、まともに立つことすら出来なくなった。


 ウヅキはふらふらと、よろめきながら、壁の方へ歩いていった。


 そこに罠が有るとも知らずに。



ウヅキ

「ッ!?」



 突然に、ウヅキの足元に、魔法陣が出現した。



ウヅキ

「トラップ……!?」



 隠し魔法陣など、十中八九が罠だ。


 ウヅキは身構えた。


 攻撃は、来なかった。



ウヅキ

「…………」



 気がつけばウヅキは、出口の無い大広間に居た。



ウヅキ

「転移の罠……?」



 見覚えの有るトラップだった。


 この前、アキラがひっかかったばかりだ。


 転移トラップ自体には、殺傷力は無い。


 だが……。



ウヅキ

「…………!」



 ウヅキの正面に、人影のようなものが見えた。


 良く見ると、黒い骸骨であることが分かった。


 骸骨の身長は、2メートル50センチを超える。


 全身に、黒い鎧を装着していた。


 背には、赤いマントが見えた。


 そして頭には、赤い王冠をかぶっていた。


 右手には、黒い大剣。


 黒と赤を基調としたスケルトンなど、通常モンスターには存在しない。



ウヅキ

(スケルトンエンペラー……)


ウヅキ

(封印種の……ユニークモンスター……)



 スケルトンエンペラーの存在は、遥か昔から、ミカガミの者たちに認知されていた。


 だが、ミカガミ家は、これに手を出すことは無かった。


 理由は2つ。


 1つは、トラップさえ踏まなければ、戦いにならないこと。


 1つは、強すぎること。


 この魔獣は、多くの討ち手を屠ってきている。


 全てのユニークモンスターの中でも、10指には入る怪物だった。



ウヅキ

(ユニークモンスターの討伐が……ミカガミの役目……けど……)



 ミカガミは、稀なる獣を討たねばならない。


 それが使命だ。


 それは分かっていても、ウヅキは後ずさってしまった。



ウヅキ

(私なんかが勝てるわけが無い……!)



 気持ちの段階で、ウヅキは負けていた。


 ウヅキの足が、1歩後ろにさがった。


 ふっと、スケルトンの姿が消えた。


 次の瞬間、スケルトンは、ウヅキの眼前に出現していた。


 瞬間移動だった。



ウヅキ

「あっ……」



 スケルトンが、大剣を振った。



ウヅキ

「ヨーイチ……助け……」



 スケルトンの剣が、ウヅキの横腹に突き刺さった。


 ウヅキの体が、宙を舞った。


 そして、地面に転がった。


 ウヅキは仰向けに倒れた。


 バリアの状態が、危険域を超えた。


 ウヅキの周囲に、緊急用バリアが展開された。


 通常の魔獣は、緊急用バリアに包まれた人間を、察知出来ない。


 目の前に居ても、それを人間だとは認識出来なくなる。


 だから、普通であれば、この状態で救助を待てば良い。


 だが……。



スケルトン

「…………」



 倒れたウヅキのそばに、スケルトンが立った。



ウヅキ

「…………!」



 スケルトンは剣を振り上げ、振り下ろした。


 刃がバリアを叩いた。


 硬質のバリアに、ヒビが入った。


 さらに剣が振り下ろされた。



ウヅキ

(嫌……いや……いやぁっ……!)



 バリアが砕けていく。


 ユニークモンスターの殺意を、ごまかすことは出来ない。


 閉鎖空間で、ユニークモンスターに敗れた時点で、その死は決まったようなものだった。


 そして……。



アキラ

「はああああっ!」



 アキラの大剣が、スケルトンを吹き飛ばした。



ウヅキ

(アキラさん……?)



 仰向けのウヅキの視界に、剣を振るアキラの姿が映った。


 アキラはすぐに、ウヅキの視界から消えた。


 スケルトンと戦うため、前身したのだった。



ヒカリ

「危機一髪だね」


ヨーイチ

「油断するなよ。こいつは転移を使う」



 アキラの近くには、ヨーイチたちの姿も有った。



ウヅキ

(ヨーイチ……?)



 ヨーイチの声が、ウヅキの耳に届いた。


 だが、今のウヅキは視点を動かせない。


 彼の姿までは見えなかった。



チナツ

「転移?」


ヨーイチ

「ああ」



 アキラに吹き飛ばされたスケルトンが、立ち上がった。



アキラ

「どうして知って……」


ヨーイチ

「来るぞ!」


アキラ

「っ!」



 スケルトンは、アキラの眼前に転移した。


 そしてすぐさま、剣を振りおろしてきた。



アキラ

「くっ……!」



 アキラは自身の大剣で、スケルトンの大剣を受けた。


 魔力干渉が起こり、アキラの体が硬直した。



アキラ

(重い……!?)



 予想を超える強い硬直が、アキラを襲った。


 スケルトンは、さらに攻撃を重ねてきた。


 長い硬直のせいで、防御以上の行動が取れない。


 追撃が、さらなる硬直を生んだ。


 アキラは動けないまま、魔力を削られていった。



アキラ

(削り倒される……!?)




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