その22「マモンスティング」




チナツ

「そんなこと、教えてしまっても良いのかな?」


チナツ

「もしボクが、周りに広めてしまったら?」


ヨーイチ

「別に構わんだろう」


ヨーイチ

「俺たちが広めなくても、いつか誰かが見つけるさ」



 7つの大罪を発見したのは、ヨーイチでは無い。


 たくさんのプレイヤーが、ダンプラを本気でやり込んだ。


 その過程で見つかったものだ。


 自分のモノで無いのだから、独占する必要もない。


 ヨーイチは、そう考えていた。



チナツ

「そうかな?」


ヨーイチ

「もし誰も見つけられなかったら、そのときは……」


チナツ

「…………?」


ヨーイチ

「すごくガッカリするだろうな」


チナツ

「えぇ……」



 オーサコが知るダンプラの世界では、大罪は周知のものだった。


 皆が真剣に、ゲームに取り組んでいた。


 そこには情熱が有った。


 情熱の炎が、バグを炙り出した。


 大罪の1つも見つけられないようなら、この世界には、情熱が足りないのではないか。


 ここは、オーサコが愛したダンプラよりも、生温い世界なのではないか。


 ヨーイチには、そう思えてしまう。


 もちろん、事情が有るのは分かる。


 この世界の皆にとって、ここはゲームではなく、現実だ。


 ゲームのように、気軽に失敗することは出来ない。


 本当の人生がかかっているのだから。


 少年少女がダンジョンに潜れる時間も、限られている。


 夜通しダンジョンで戦い、徹夜するというわけにもいかない。


 それがこの世界のモラルだからだ。


 それを考慮せず、この世界の人々を責めるのは、間違っているだろう。


 理性的に考えれば、そうなる。


 だが、それでもヨーイチは、この世界の人々に、大きな期待を抱いていた。


 そして、もし期待を裏切られれば、失望を隠すことは出来ないように思えた。



ヨーイチ

「話を続けても良いか?」


チナツ

「良いけど……」


ヨーイチ

「それじゃあまずは、前提知識を確認するが……」


ヨーイチ

「モーションブレイクは知ってるか? カウンターヒットとも言うが」


チナツ

「それくらいは知っているさ」


チナツ

「モーションの出がかりに、強力な攻撃を受けると、魔力の暴走が起きる」


チナツ

「攻撃のためのモーションエネルギーが、自身に跳ね返り、ダメージを受ける」


チナツ

「アリーナで、良く見る光景だね」


ヨーイチ

「そうだ。そして実は……」


ヨーイチ

「モーションブレイクで、魔獣にトドメを刺すと、アイテムドロップ率が上昇する」


チナツ

「そんなの、聞いたことが無いけど?」


チナツ

「モーションブレイクは、それほど珍しい現象じゃあ無い」


チナツ

「本当にドロップ率が上がるのなら、誰かが気付いてるんじゃないの?」


ヨーイチ

「どうなんだろうな」


ヨーイチ

「ひょっとしたら、気付いてる奴も居るかもしれんが」


ヨーイチ

「ただモーションブレイクするだけだと、ちょっと物足りないからな」


ヨーイチ

「劇的にドロップ率を上げるのなら、一工夫、加える必要がある」


チナツ

「つまり?」


ヨーイチ

「こいつを使う」



 ヨーイチは、腕輪に向かって念じた。


 すると、ヨーイチの左手の中指に、指輪が出現した。


 それは、銀色の指輪だった。


 前のスライム狩りの時に、ヨーイチが拾った指輪だ。



チナツ

「何かな? その指輪は」


ヨーイチ

「これは、カウンターリング」


ヨーイチ

「モーションブレイクのダメージを、1、5倍に増幅させてくれる」


ヨーイチ

「スライムのドロップアイテムだ」


チナツ

「それをどうするの?」


ヨーイチ

「普通に装備して使う」


チナツ

「すると?」


ヨーイチ

「指輪がダメージを増幅させた分だけ、アイテムドロップ率も増幅する」


ヨーイチ

「仮にレアドロップの確率を0、1%としよう」


ヨーイチ

「まあ、実際はアイテムによって違うんだが、分かりやすくな」


ヨーイチ

「これが、普通のモーションブレイクで敵を倒すと、2、1%になる」


ヨーイチ

「だが、この指輪を装備した状態だと、3、1%になるってわけだ」


ヨーイチ

「さらに、指輪は4つまで装備出来る」


ヨーイチ

「そのときのドロップ率は、約10%だ」


チナツ

「ドロップ率100倍……?」


チナツ

「数字だけを聞くと、凄そうにも聞こえるけど……」


チナツ

「モーションブレイクを狙って出すなんて、不可能じゃない?」



 モーションブレイクを成立できれば、戦いで有利になる。


 狙って出せるものなら、誰だってモーションブレイクを狙うだろう。


 だが、アリーナの上位レベルですら、狙ってモーションブレイク出来る者は居ない。


 それがこの世界の常識だった。



ヨーイチ

「いや。出来る」


ヨーイチ

「さすがに対人戦だとキツいけどな」


ヨーイチ

「特定の魔獣相手なら、練習すれば、かなりの確率でモーションブレイクを出せるようになる」


チナツ

「そんなこと、初めて聞いたよ」


チナツ

「教えてもらえる裏技は、1つじゃなかったのかな?」


ヨーイチ

「そんなのは、裏技のうちに入らねーよ」


ヨーイチ

「ただの基本テクニックだ」


チナツ

「それも、胸のイシがそう言っていたのかな?」


ヨーイチ

「……かもな」


レヴィ

「言ってませんが」



 ヨーイチは、レヴィを無視した。



ヨーイチ

「さて、それじゃあ……」


チナツ

「うん」


ヨーイチ

「スライム狩りに行くか」


チナツ

「えっ? この流れでかい?」


チナツ

「普通だったら、裏技を試しに行くところじゃないのかな?」


ヨーイチ

「まだカウンターリングが、1つしかねーからな」


ヨーイチ

「4つ集まってからじゃないと、時間の無駄だ」


ヨーイチ

「1週間くらいしたら集まると思うから、続きはその時に教えてやるよ」


チナツ

「……うん」


ヨーイチ

「バリバリ狩るぞ~」


チナツ

「お~!」



 2人は、スライムの広間に移動した。



ヨーイチ

「レヴィ。強化頼む」


レヴィ

「はい」



 レヴィはヨーイチに触れた。


 ヨーイチから、青いオーラが立ちのぼった。



チナツ

「あやしいオーラ来た……」


ヨーイチ

「仕方ねーだろ。必要なんだから」


チナツ

「そうだけどね」



 2人で、スライム狩りを開始した。


 前は素振りをしていたチナツも、積極的にスライムに向かっていた。


 チナツはスライムの前で、ブロンズロッドを振った。


 チナツの杖が、パーフェクトモーションでスライムに向かった。


 杖の先が、緑色のスライムを打った。


 追加攻撃が発動した。


 杖から放たれた炎が、スライムを爆砕した。


 スライムは跡形も無く砕け散り、あとには魔石だけが残った。



チナツ

「どう? けっこう練習したんだよ」


ヨーイチ

「悪くねーな」


ヨーイチ

「それじゃ、次のモーションも練習するか?」


チナツ

「えっ……」


チナツ

「これで十分な気がするけど?」


ヨーイチ

「魔獣が相手なら、そうかもな」


チナツ

「人と戦う予定は、無いからね?」


ヨーイチ

「なら良いが」


チナツ

「……もし覚えるなら、次はどのモーションが良いと思う?」


ヨーイチ

「火力とリーチが欲しいなら、踏み込み強スラが良いかもな」


チナツ

「どうやるの?」


ヨーイチ

「貸してみ」


チナツ

「うん」



 ヨーイチは、チナツから杖を受け取った。


 そして、ぐっと前に踏み込んだ。


 彼はその直後、上方から下方へと、斜めの大振りを放った。


 ヨーイチは、杖の扱いが中々うまい。


 見事なパーフェクトモーションだった。


 モーションに詳しくないチナツにも、彼のモーションの美しさは分かった。



ヨーイチ

「こんな感じだ」



 ヨーイチは、チナツに杖を返却した。



チナツ

「こうかな?」



 チナツはヨーイチを真似て、杖を振ってみせた。



ヨーイチ

「へっぴり腰だな」


チナツ

「女の子にそういうこと言わないの」


ヨーイチ

(そこまで酷いこと言ったか?)


ヨーイチ

「サーセン」


ヨーイチ

「とにかく、もっと背筋を伸ばしてやってみろ」


チナツ

「分かった」



 ぶんぶんと、チナツは素振りを始めた。


 ヨーイチはひたすらに、スライムを狩り続けた。


 1時間ほど狩ったが、指輪は出なかった。



チナツ

「今日はこのへんにしておこう」



 チナツは素振りを止め、ヨーイチに声をかけた。



ヨーイチ

「そうだな」



 ヨーイチは内心で、少し物足りなさを感じていた。


 だが、あまり遅くはならないと、リリカには言ってある。


 ヨーイチは素直に、チナツの提案を受け入れた。



チナツ

「出なかったね。指輪」


ヨーイチ

「いちおう、レアドロップ品だからな」


ヨーイチ

「けどスライムは、無限湧きさせられるからな」


ヨーイチ

「他のレアアイテムと比べたら、格段に入手しやすくは有る」


ヨーイチ

「土日まるまる潜ったら、何個かは手に入ると思うぜ」


チナツ

「そっか」


チナツ

「土日は手伝えないや。ごめんね」



 熱心な生徒たちは、土日もパーティでダンジョンに潜る。


 特に、1年のこの時期は、やる気が有る生徒が多い。


 自分たちの可能性に、夢を見ていられる時期だ。


 チナツたちのパーティも、同様にやる気に満ちていた。


 ヨーイチも、チナツたちのスケジュールは把握していた。



ヨーイチ

「分かってるよ」


ヨーイチ

「どうせ、レベル10くらいまでは、スライム狩る予定だからな」


ヨーイチ

「レベル10になる頃には、けっこうな量の指輪が出てると思うぜ」


チナツ

「レベル10? そんなに?」


ヨーイチ

「索敵しなくて良いってのは、そんだけ効率的なんだよ」


チナツ

「……頑張ってね」


ヨーイチ

「ああ」




 ……。




 ヨーイチは、自宅へと帰還した。


 夕食を済ませた後、彼は自室で、オークションサイトを見ていた。



ヨーイチ

(お、これ良いな)



 ヨーイチは、掘り出しモノの装備に、入金していた。


 掘り出しモノというのは、値段が安いという意味ではない。


 彼は気に入ったレア装備に対し、ロクに値段も見ず、雑に入札していた。


 ヨーイチの財力なら、それが可能だった。


 彼の中のオーサコとしての部分も、それを受け入れていた。


 金に頼ることを、特にずるいとも思っていないようだ。


 オーサコは、ゲーム内のお金なら、使いきれないほど持っていた。


 そのせいかもしれなかった。



ヨーイチ

(ポーションも、まとめ買いしとくかな)



 ヨーイチは別サイトで、ポーションをガッツリ買いこんだ。


 まともなプレイヤーなら、ポーションを常備しておくのは、当たり前だ。


 そう考えていた。


 買い物を終えたヨーイチは、素振りと勉強をして、床についた。


 その翌日。


 土曜日の朝。


 ヨーイチは、朝食を食べるとすぐに、ダンジョンに向かうことに決めた。



ヨーイチ

「ダンジョンに行ってきますね」


フサコ

「はい。行ってらっしゃいませ」



 フサコに声をかけると、ヨーイチは家を出た。


 そして、車に頼らず、徒歩でダンジョンドームに歩いていった。


 スクールバッグが無い分、平日より移動は楽だった。




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