その21「リリカと義足」




ヨーイチ

「ごちそうさまでした」


ウヅキ

「おそまつさまでした」



 ヨーイチは、重箱の中身を、ウヅキと2人で食べた。


 食後は少しのんびりとして、その後、5限目の授業を受けた。


 5限目が終わると、終わりのホームルームになり、放課後になった。


 ヨーイチが席から立つと、チナツが声をかけてきた。



チナツ

「オーカインくん。行こうか」


ヨーイチ

「ああ」


チナツ

「それじゃみんな、また明日、ダンジョンでね」


アキラ

「ああ。また明日」


ヒカリ

「バイバイ」


ウヅキ

「さようなら」


ヨーイチ

「んじゃ」



 ヨーイチはチナツと一緒に、教室を出ていった。


 それに続いて、ウヅキも教室を出ようとした。


 そのとき……。



ノリヒロ

「ミカガミ」



 ノリヒロが、ウヅキを呼び止めた。



ウヅキ

「なんでしょう?」



 ウヅキは立ち止まり、ノリヒロの方へと振り向いた。



ノリヒロ

「今日はフリーのようだな」


ノリヒロ

「もし良かったら、俺と一緒にダンジョンに行かないか?」


ウヅキ

「お断りします」



 ウヅキは無表情で、ノリヒロの誘いを断った。



ノリヒロ

「……どうしてだ?」


ウヅキ

「私は、ヨーイチの婚約者です」


ウヅキ

「男性のあなたが、ダンジョンに誘うというのは、いささか非常識ではないですか?」


ノリヒロ

「婚約は破棄されたんだろう?」


ウヅキ

「誰かがあなたに、そう言ったのですか?」


ノリヒロ

「いや……だが……」


ウヅキ

「誤解が有ったようなので、今回の件に関しては、不問としましょう」


ウヅキ

「2度と同じ過ちが起きないように、お願いします」



 ウヅキは冷めた表情のまま、教室を出て行った。



ノリヒロ

「…………」




 ……。




 そんなことが有ったとも知らず、ヨーイチは、のんきに町を歩いていた。


 その隣には、チナツの姿も有った。



ヨーイチ

「明日はダンジョンか。お前ら」


チナツ

「うん。オーカインくんはどうするんだい?」


ヨーイチ

「俺もダンジョンかな」


ヨーイチ

「今週中に、レベル2にはしときたい」


チナツ

「またスライム?」


ヨーイチ

「ああ」



 序盤にリスク無く稼ぐには、スライム狩りが最適だ。


 リスクを取るのであれば、深い階層を攻めるのも良い。


 だが今のヨーイチは、そこまでする必要性を、感じてはいなかった。


 ヨーイチは、レベルが10になるくらいまでは、あれを続ける気でいた。



チナツ

「よく嫌にならないね?」


ヨーイチ

「モーションの練習だと思えば、特に苦行でも無い」



 モーションを極めず、レベルだけを上げても、それは本当の強さとは言えない。


 モーションの練度を上げるには、どちらにせよ、地道な素振りが必要になる。


 スライム狩りは、的が有る分、ただの素振りより娯楽的とさえ言える。


 ヨーイチは、そう考えていた。



チナツ

「すごいね」


ヨーイチ

「前と同じドームから潜るから、被らないようにしてくれ」


チナツ

「うん。ミカガミさんに見つかったら、大目玉だからね」


ヨーイチ

「転校のパンフまで渡してきやがってな。重いわ」


チナツ

「愛が重いね」


ヨーイチ

「だったら良かったんだがな」


ヨーイチ

(病人を放っておけないってだけだろうな。実際は)



 会話をしながら歩いていると、やがて、チナツの家へとたどり着いた。



ヨーイチ

「ふぅ……はぁ……」



 それほど早いペースで歩いたわけでは無い。


 だがヨーイチは、息が荒くなっていた。



チナツ

「頑張ったね」



 チナツはそう言って、玄関の扉を開けた。


 2人は、家の中へ入った。


 ヨーイチがタタキに立つと、その奥には廊下が見えた。


 ヨーイチは一昨日にも、この家を訪れている。


 だが、中を見るのは、これが始めてだった。



チナツ

「ただいまー」


ヨーイチ

「おじゃま……します……」



 2人は、家の奥へと声をかけた。


 返事は無かった。



ヨーイチ

「……誰も居ないのか?」



 ヨーイチは、息を整えながら、チナツに尋ねた。



チナツ

「妹は、まだ帰ってないみたいだね」


ヨーイチ

「あぁ。ダンジョン科は、授業少ないからな」



 授業を減らし、生徒に自主的に、ダンジョンを攻略させる。


 それが冒険者学校の方針だ。


 おかげで高校生なのに、中学生よりも、帰りが早くなってしまう。

 


ヨーイチ

「親は? あ……」


ヨーイチ

(前に、居ないって言ってたな)


チナツ

「両親はね、事故で死んでしまったんだ」


ヨーイチ

「……悪い」


チナツ

「ううん。ボクはだいじょうぶ」


チナツ

「藩から捨扶持を貰えているから、生活にも問題は無いよ」


ヨーイチ

(家長が死んだら、浪人になってもおかしくないんだが)


ヨーイチ

「手厚いな」


チナツ

「おかげで助かってるよ」



 2人は廊下を歩き、リビングダイニングに入った。


 特筆すべきところも無い、中流階級の居間といった感じだった。


 侍だからといって、皆が大金を持っているわけではない。


 下手な侍よりも、平民の上流層の方が、儲けは多い。


 貧しい侍の中には、食べていくのがやっとという者も居る。


 チナツの家は、ほどほどといった感じらしい。



チナツ

「そこに座っていてくれたまえ」



 チナツはそう言って、ダイニングテーブルを指差した。



ヨーイチ

「ああ」


チナツ

「それじゃ、ノートを持ってくるね」



 チナツはヨーイチを残し、ダイニングを出て行った。


 ヨーイチは、ダイニングテーブルの椅子に、腰掛けた。


 手に持っていた鞄は、椅子の脇に置いた。


 そしておとなしく、チナツが戻って来るのを待った。


 やがて、ノートを手に、チナツが戻って来た。



チナツ

「お待たせ。オーカインくん」



 チナツはテーブルに、地理のノートを置いた。



ヨーイチ

「ありがと」



 ヨーイチはポケットから、携帯を取り出した。


 そして、ノートの中身を撮影した。


 地理のノートは、家に置いてある。


 撮影した内容を、後でノートに書き写す予定だった。


 撮影は、すぐに終了した。



ヨーイチ

「終わった」



 ヨーイチは、携帯をポケットにしまった。


 そして、椅子から立ち上がった。



ヨーイチ

「助かった。それじゃ、また月曜な」


チナツ

「待ちたまえ」


チナツ

「せっかくだし、おやつでも食べていってはどうかな?」


ヨーイチ

「分かった」



 おやつタイムになった。


 お菓子とお茶を、2人で堪能した。


 ヨーイチは、高級品を食べ慣れている。


 チナツが用意したお菓子に対し、多少の物足りなさを感じた。


 だが、それを口に出すことはしなかった。



ヨーイチ

「ごちそうさま」


ヨーイチ

「それじゃ、そろそろ行くわ」


チナツ

「もう行ってしまうのかい?」


ヨーイチ

「ああ。ダンジョンにも行きたいしな」


チナツ

「だったら……」



 そのとき、リビングの扉が開いた。



リリカ

「ただいま帰りました」



 扉から、リリカが顔を見せた。


 ヨーイチとチナツは、リリカの方を見た。


 彼女は両手で松葉杖をつき、リュックを背負っていた。



チナツ

「おかえり。リリカ」


リリカ

「はい」


リリカ

「…………」



 リリカは一瞬、ヨーイチと目を合わせた。


 だが、すぐに視線を逸らした。



リリカ

「それでは」



 挨拶だけ済ませると、リリカはすぐに立ち去ろうとした。



チナツ

「待ちなさい」


チナツ

「お客さんには、きちんと挨拶しないとダメだろう?」


リリカ

「……こんにちは」


ヨーイチ

「ああ。お邪魔してるよ」


チナツ

「リリカ。おやつ有るよ」


リリカ

「はい」



 リリカは松葉杖をつきながら、ぎこちない足取りで、テーブルの方へやってきた。


 彼女の右足は、銀色の金属で出来ていた。



ヨーイチ

「義足か? 妹ちゃん」


リリカ

「リリカです。妹ちゃんではありませんよ。オーカインさん」


ヨーイチ

「分かったよ。リリカ」


リリカ

「はい」


リリカ

「右足は……事故で無くなりました」


ヨーイチ

「そうか」



 両親が死んだというのと、同じ事故だろうか。


 ヨーイチは内心で、そう考えた。


 だが、それを尋ねようとはしなかった。



ヨーイチ

「だいぶ不自由な感じだな?」


ヨーイチ

「その義足、ちょっと古いんじゃねーの?」



 魔導義肢の技術は、日々進歩している。


 最新の義足が有れば、生身の足を失っても、十分に歩けるはずだ。


 そう出来ないということは、義足に問題が有る。


 ヨーイチには、そのように思えた。



リリカ

「失礼な人ですね」


リリカ

「貧乏侍にとって、高価な魔導器というのは、簡単に手に入るものでは無いのですよ」


ヨーイチ

「そうか」


チナツ

「ボクが悪いんだ」


ヨーイチ

「どういうことだ?」


チナツ

「その義足、ボクが作ったんだ」


チナツ

「だけど、上手く出来なかったから……」


ヨーイチ

「自力で魔導器を作ったのか?」



 ヨーイチは、驚いて見せた。


 ありふれてきたとはいえ、義手義足といえば、ハイテクノロジーだ。


 女子高生が造れるものだとは、思っていなかった。



チナツ

「うん。とは言っても、1から作ったってわけじゃないけど」


ヨーイチ

「どうやったんだ?」


チナツ

「古いダンジョン産の装備を、改造したんだ」


チナツ

「ネットオークションで売ってた安いやつをね」


ヨーイチ

「そんなこと出来るのか? すげーな」


チナツ

「ううん。結局は、納得の行く性能のものは、出来なかったからね」


チナツ

「まあ、5年前の作品だから、今作り直せば、もっと良いモノも出来ると思うんだけど……」


ヨーイチ

「何か問題でも有るのか?」


チナツ

「新型を作るには、改造する魔導器を、新しく仕入れないといけないんだけど……」


リリカ

「必要ありませんよ」



 リリカがぴしゃりと言った。



リリカ

「別に、今の義足でも、普通に暮らすには十分ですし」


リリカ

「魔導器なんかを買うお金が有るのなら、将来のための費用に回すべきです」


チナツ

「ご覧の通りさ」


チナツ

「リリカはお金のことに厳しいんだ」


ヨーイチ

「ふーん……?」


ヨーイチ

「なあ、ミナクニ」


チナツ

「何かな?」


ヨーイチ

「今日、一緒にダンジョンに行こうぜ」


チナツ

「えっ? 良いけど」


ヨーイチ

「そういうわけで、お姉ちゃんは借りていくぜ」


リリカ

「あまり遅くまで、連れまわさないでくださいね」


ヨーイチ

「了解」




 ……。




 ヨーイチとチナツは、ダンジョンの1層を訪れた。



チナツ

「それで、どうするんだい?」


チナツ

「今日もスライム狩りかい?」


ヨーイチ

「それも有るがな」


ヨーイチ

「今日はお前に、裏技を教えてやるよ」


チナツ

「どういうことかな?」


ヨーイチ

「……この世界には、7つのバグが有る」


ヨーイチ

「なぜか運営に放置された、バランスブレイカーだ」


ヨーイチ

「オタクどもはそれらを、7つの大罪と呼んだ」


ヨーイチ

「そのうちの1つを、お前に教える」


チナツ

「……もう少し具体的に頼むよ」



 チナツから見て、ヨーイチの話は、ふわふわしているように思えた。


 バグだとか運営だとか言われても、まともな話だとは思えない。


 ヨーイチは、おかしくなってしまったのか。


 そう思えたほどだった。


 そんなチナツの動揺を無視し、ヨーイチは話を続けた。



ヨーイチ

「今から教える技は、マモンスティング」


ヨーイチ

「魔獣からのアイテムドロップ率を、大幅に上昇させる技だ」


チナツ

「ちょっと待ってくれたまえ」


チナツ

「本当にドロップ率を操作出来るなら、おおごとだよ?」


チナツ

「ダンジョンの常識を変える、大事件だ」


チナツ

「どうして君が、そんな事を知っているんだい?」


ヨーイチ

「さあ?」


ヨーイチ

「イシが教えてくれたのかもな」


チナツ

「イシが……?」


レヴィ

「ぬれぎぬなのですが?」


ヨーイチ

「…………」



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