その20「ノリヒロと挑発」



 ヨーイチもチナツも、自分の席へ向かった。



アキラ

「おはよう。オーカイン。ミナクニ」



 少し離れた位置から、アキラが挨拶をしてきた。



ヒカリ

「おはよー」


ヨーイチ

「ああ。おはよう」


ウヅキ

「ヨーイチ」



 ウヅキがヨーイチに、近付いてきた。


 彼女は胸に、冊子のようなものを、いくつも抱えていた。



ヨーイチ

「おはよ。ウヅキ」


ウヅキ

「はい。おはようございます」


ウヅキ

「それで、昨日はどうして、学校を休んだのですか?」


ヨーイチ

「ちょっと体調が悪くてな」


ウヅキ

「そうですか」


ウヅキ

「無理はよくありませんからね」


ヨーイチ

(サボるなって言われるかと思ったが……)


ヨーイチ

(なんか丸くなったか?)


ウヅキ

「……それでですね、ヨーイチ」



 ウヅキは、抱えていた冊子の山を、ヨーイチの机に置いた。



ウヅキ

「他校の転校案内です」


ウヅキ

「良さそうなものを、厳選しておきました」


ウヅキ

「今後の身の振り方を、考えておいてください」


ヨーイチ

「ドーモ?」



 ヨーイチは、戸惑い混じりの礼を言った。


 ウヅキはそれで満足したのか、自分の席に戻っていった。


 ヨーイチは、冊子を鞄に入れた。



ヨーイチ

(帰りのかばんちゃんが重くなったんだが……)



 内心でそう思いながら、ヨーイチは席から立った。


 そして、チナツの方へ向かった。



ヨーイチ

「ミナクニ。ノート貸して」


チナツ

「良いけど」


チナツ

「ミカガミさんじゃなくて、ボクなんだ?」


ヨーイチ

「お前が1番気楽だわ」



 アキラとは、確執が有る。


 だいぶ雪解けした感は有るが、和気藹々とはいかない。


 それに、主人公らしいアキラやヒカリと馴れ馴れしくするのは、抵抗が有る。


 今のヨーイチは、あまりストーリーに絡む気は無かった。


 ダンプラのメインストーリーは、かなり説明不足だ。


 普通にプレイしていても、理解が難しい部分が多い。


 たとえばダンプラには、レヴィアタンというキャラクターは、名前すら出てこないのだ。


 考察サイトでも、彼女の存在を言い当てた者は居ない。


 語られていない部分が多すぎる。


 そんな五里霧中の状態で、どう動けば最適解となるのか。


 ヨーイチには、それが分からない。


 出来れば死人は減らしたい。


 ぼんやりと、それだけを考えていた。


 チナツも実は、ゲームの仲間キャラだ。


 だが、影が薄い。


 序盤から最終決戦直前まで、ずっと仲間なのに、あまりストーリーには絡んでこない。


 メインキャラなのだが、どこかモブキャラ風味だった。


 おかげで主人公と比べると、とっつきやすさが有った。


 彼女の行動に干渉しても、ストーリーにそこまでの影響は無いだろう。


 特に保証が有るわけでも無いが、なんとなく、そんな安心感が有った。


 それに物腰穏やかで、優しくて美人だ。


 友人関係を築く相手として、非の打ち所も無い。


 ヨーイチにとってのミナクニ=チナツとは、そんなヒロインだった。



チナツ

「そうなんだ?」



 チナツは嬉しそうに微笑んだ。



ウヅキ

「……………………」



 会話をする2人を、ウヅキが自分の席から見ていた。


 ヨーイチは、それには気付かず、チナツとの話を進めた。



ヨーイチ

「そういうワケで頼む」


チナツ

「良いけど……」


チナツ

「今日は地理が無いから、地理のノートは無いよ」


ヨーイチ

「それじゃあ明日……は、土曜日か」



 アシハラの学校は、土日が休みだ。


 次に登校してくるのは、3日後の月曜日となる。



チナツ

「うん」


ヨーイチ

「それじゃ、月曜日で」


チナツ

「それでも良いけど、良かったらウチに来る?」


ヨーイチ

「良いのか?」


チナツ

「うん。今日はダンジョン行かない予定だし」


ヨーイチ

「じゃ、それで」


チナツ

「1限目国語だから、授業始まる前にうつした方が良いよ」



 チナツはそう言って、国語のノートを差し出した。



ヨーイチ

「分かった。ありがと」



 ヨーイチは、ノートを貰って机に戻った。


 そしてちまちまと、国語のノートを写していった。


 写し終わると、チナツのところへ戻った。



ヨーイチ

「サンキュ」



 ヨーイチは、国語のノートを返却した。



チナツ

「うん。これ数学のノートね」



 交換に、チナツは数学ノートを差し出してきた。



ヨーイチ

「ダブルサンキュ」



 ノート写しと授業をこなしていると、昼休みになった。



アキラ

「オーカイン。昼一緒に食べようぜ」



 アキラがやって来て、ヨーイチを昼食に誘った。



ヨーイチ

「良いけど」



 特に断る理由も無い。


 ヨーイチは、素直にそれを承諾した。



ヨーイチ

「弁当無いから、学食で良いか?」



 今日もヨーイチは、弁当を持ってきていなかった。


 フサコに言えば、作ってもらえたかもしれない。


 だが、そこまでする必要も無いかと思っていた。



ウヅキ

「必要ありません」



 ウヅキが口を挟んできた。



ヨーイチ

「え?」



 ヨーイチは、少し驚きながら、ウヅキを見た。


 どこから出したのか、ウヅキの机には、大きな包みが乗せられていた。


 やけに大きいが、どうやら弁当箱らしかった。



ウヅキ

「あなたのお弁当は、私が用意してきました」


ウヅキ

「さあ、こちらへ」


ヨーイチ

「……分かった」



 そのとき……。



ノリヒロ

「オーカイン」



 男の声が、ヨーイチを呼んだ。


 珍しく、アキラの声では無かった。



ヨーイチ

「ん……?」



 ヨーイチは、声の方を見た。


 そこに、薄紫髪の少年が立っていた。


 体格は、中肉中背。


 銀縁メガネをかけていた。


 目つきが少し鋭い。


 ヨーイチは、その顔に見覚えが有った。


 クラスメイトだからというだけでは無い。


 少年は、大名の息子だった。



ヨーイチ

(たしか、マツマエ=ノリヒロ)


ヨーイチ

(マツマエ藩の跡取りだったか)



 たしか、そうだったはずだ。


 ヨーイチは、なけなしの記憶力で、なんとか情報を搾り出した。



ヨーイチ

「何だ?」


ノリヒロ

「ちょっと顔を貸せよ」


ヨーイチ

「今じゃないとダメか?」


ヨーイチ

「これから楽しくランチなんだがな……」


ノリヒロ

「いいから来い」


ヨーイチ

「……分かったよ」


ヨーイチ

「悪い。ちょっと待っててくれ」


ウヅキ

「分かりました」



 ヨーイチは、ノリヒロと共に、階段の踊り場へと向かった。



ノリヒロ

「…………」


ヒロタケ

「…………」


タロベエ

「…………」


ジロベエ

「…………」



 ノリヒロは、1人では無かった。


 3人の取り巻きを、引き連れていた。



ヨーイチ

「そいつらは? お前のお友だちか?」


ノリヒロ

「こいつらは、俺の部下だ」


ノリヒロ

「護衛でもあるな」


ヨーイチ

「大仰だな」



 ヨーイチは笑った。



ヒロタケ

「黙れ!」



 取り巻きの1人が、ヨーイチを叱りつけた。


 4人の中では、1番背が高い。


 髪の色は、ノリヒロよりも濃い紫色だった。



ヒロタケ

「ノリヒロ様は、マツマエ藩の未来を繋ぐ、大切なお方だ」


ヒロタケ

「お前のような、出来そこないとは違う」


ヒロタケ

「我々が身辺をお守りするのは、当然のことだ」


ノリヒロ

「ふふん。そういうことだ」



 取り巻きに持ち上げられて、気持ちよくなったのか。


 ノリヒロは、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



ヨーイチ

「然様ですか」



 ヨーイチはノリヒロを、しらけた目で見ていた。


 とっとと用件を済ませ、ウヅキの所へ帰りたかった。



ヨーイチ

「それで?」


ノリヒロ

「どういうつもりなんだ? お前」


ヨーイチ

「何がだよ?」


ノリヒロ

「お前、ミカガミに婚約破棄されたんだろう?」


ヨーイチ

「されてないが」


ノリヒロ

「しらばっくれるな」


ノリヒロ

「藩の跡取りじゃ無くなったお前と、婚約を続けるわけが無いだろうが」


ヨーイチ

(藩は最初から、弟が継ぐはずだったと思うがな)


ヨーイチ

「どっちかと言うと、自然消滅であって、破棄ってのとは違うと思うぞ」


ノリヒロ

「屁理屈を」


ヨーイチ

「……結局、何が言いたいんだよ。お前は」


ノリヒロ

「婚約者でもないのに、彼女をこき使ってるんじゃないぞ」


ヨーイチ

「俺がいつ、ウヅキをこき使ったよ」


ノリヒロ

「弁当を用意させているじゃないか」


ヨーイチ

(俺が頼んだわけじゃないんだが)


ヨーイチ

「関係有るか? お前に」


ノリヒロ

「婚約が破棄されたということは、彼女はフリーだということだ」


ヨーイチ

「それで?」


ノリヒロ

「ああいう見た目が良い女は、このマツマエ=ノリヒロにこそ相応しい」


ヨーイチ

「お前、気が有るのか? ウヅキに」


ノリヒロ

「まあ、そうとも言えるな」


ヨーイチ

「婚約者が居るんじゃねーのか?」



 大名の嫡子ともなれば、小学生の頃から、見合いくらいはしているものだ。


 高校生にもなれば、婚約者が居るのが普通だった。



ノリヒロ

「無論、居るがな」


ノリヒロ

「藩を継ぐのなら、側室くらいは持っておくものだろう?」


ヨーイチ

(ウヅキを側室だと……?)


ヨーイチ

(カス野郎が)



 ヨーイチは、内心で殺意を抱いた。


 感情が表に出ないように、自制はしていた。


 罪を犯したばかりだ。


 そして、卑劣にもそれを揉み消した。


 さらに問題を起こせば、いろんな人の気持ちを、裏切ることになる。


 ヨーイチはそう考え、気持ちを静めた。


 彼の目は、少し血走っていた。


 ヨーイチは、暴力的な気持ちを抑えながら、ノリヒロに背を向けた。



ノリヒロ

「おい。ちゃんと理解したんだろうな? 俺の話を」


ヨーイチ

「知るかよ」


ヒロタケ

「なんだその口のきき方は!」


ヨーイチ

(テメーが何なんだよ。付き合ってられるか)



 ヨーイチは、ノリヒロを無視し、立ち去ろうとした。



ノリヒロ

「オーカイン。俺と決闘しろ」


ヨーイチ

「はぁ?」



 ノリヒロの言葉に、ヨーイチは振り向いた。



ノリヒロ

「俺が勝ったら、2度とミカガミに近付くな」


ヨーイチ

(何を勝手に盛り上がってやがるんだ? こいつは)


ヨーイチ

「お断りだ」


ノリヒロ

「怖いのか? 負けるのが」


ヨーイチ

(負け……?)


ヨーイチ

(そうだな。今の俺は、死にかけのレベル1だ)


ヨーイチ

(こういうザコが相手でも、負けるかもな)


ヨーイチ

「……そうだな」


ヨーイチ

「負けるのは、怖いな」


ノリヒロ

「言ってて恥ずかしくないのか?」


ヨーイチ

「逆に聞くが……」


ヨーイチ

「負けが怖くないヤツなんて、居るのか?」


ノリヒロ

「少なくとも、それが理由で勝負から逃げたりはしない」


ヨーイチ

「ご立派なことだ」



 ヨーイチは、そのまま教室へと帰っていった。


 階段の踊り場には、ノリヒロたち4人が残された。



ノリヒロ

「プライドが無いのか……?」


ヒロタケ

「奴は、藩主に足る器では無かった」


ヒロタケ

「だから落ちぶれたのでしょう」


ノリヒロ

「……そうだな」


ノリヒロ

「その程度の奴が、周りをうろつくのは、やはり目障りだ」


ノリヒロ

「潰すか」


ヒロタケ

「御意のままに」



 ヒロタケはそう言って、頭を下げた。




 ……。




 ヨーイチは、教室へと帰還した。


 殺気を散らし、間の抜けた声で、ウヅキに話しかけた。



ヨーイチ

「ただいまー」


ウヅキ

「お帰りなさい」


ヨーイチ

「俺の席、ここ?」


ウヅキ

「はい」



 ウヅキの席の周囲は、昼食用にセッティングがなされていた。


 そこには、パーティの仲間たちの姿も有った。


 ヨーイチは、ウヅキの隣に腰かけた。


 ウヅキの机の上には、重箱が乗せられていた。



ウヅキ

「お口に合えば良いのですが」



 ウヅキはそう言って、重箱を開いた。


 豪勢なおかずが、箱の中に詰められているのが見えた。



ヨーイチ

「美味そうだ」


ウヅキ

「お箸をどうぞ」


ヨーイチ

「ありがとう」




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