その19「モーション練習とオーバーワーク」



リリカ

「お姉ちゃんとは話をしないので」


ヨーイチ

「ふーん?」


ヨーイチ

(仲が良いのか悪いのか)



 家族愛が、無いわけは無いだろう。


 ヨーイチは、そう考えていた。


 彼女はチナツの帰りを、玄関前で待っていた。


 無関心な間柄なら、そんなことはしないだろう。


 チナツのことを、とても心配していたはずだ。


 だというのに、大した会話はしていないらしい。


 ヨーイチには、それが不思議だった。



リリカ

「オーカインさん」


リリカ

「あまりお姉ちゃんを、遅くまで連れまわさないでいただけますか?」


ヨーイチ

「ああ、悪い。気をつけるよ」


ヨーイチ

(妹だけど、保護者みたいな感じなのか?)


リリカ

「よろしくお願いします」


ヨーイチ

「じゃ、タクシー待たせてるから、もう行くわ」



 長居する理由も無い。


 ヨーイチは、家に帰ることにした。



リリカ

「タクシー? 料金は……」


ヨーイチ

「俺が払っとくから、気にすんな」


リリカ

「そういうわけには……」


ヨーイチ

「良いから。それじゃあな」


リリカ

「あっ……」



 ヨーイチは、リリカの前から去った。


 そして、待たせていたタクシーに乗り込んだ。


 タクシーで自宅前へと向かい、料金を払い、家に戻った。



フサコ

「お帰りなさいませ。ヨーイチ様」



 家に帰ったヨーイチを、フサコが出迎えた。


 あまり長い付き合いでは無い。


 金で雇っているだけの間柄だ。


 だがヨーイチは、出迎えてくれる人が居ることに、ほっとするものを感じた。



ヨーイチ

「ただいま帰りました」



 ヨーイチは、いったん部屋に戻った。


 その後、ダイニングで夕食を取った。



ヨーイチ

「ごちそうさまでした」



 食事を終えたヨーイチは、席から立ちあがった。


 そして、フサコに話しかけた。



ヨーイチ

「ちょっと外で、素振りをしてきます」


フサコ

「えっ、だいじょうぶなのですか?」



 ヨーイチは、病弱な少年だ。


 フサコの認識では、そういうことになっている。


 彼女は、心配そうな様子を見せた。



ヨーイチ

「無茶はしないので、心配しないでください」


フサコ

「……はい。お風呂の時間はどうされますか?」


ヨーイチ

「素振りが終わったら、入るつもりですけど……」


ヨーイチ

「湯張りは自分でするので、今日はもう、休んでいただいて構いませんよ」


フサコ

「分かりました」


フサコ

「お風呂の換気扇を、つけておいてくださいね」


ヨーイチ

「はい」



 フサコは離れに帰っていった。


 そこに、彼女の居住スペースが有る。


 離れとはいえ、人が1人暮らすには、十二分すぎる広さが有った。


 ヨーイチは、庭に向かった。


 そこで腕輪から、ブロンズスピアを出現させた。


 そして、レヴィに声をかけた。



ヨーイチ

「レヴィ。強化頼む」


レヴィ

「はい」



 レヴィの手が、ヨーイチに触れた。


 ヨーイチの体から、青いオーラが湧き上がった。


 全身に、力が漲るのが感じられた。



ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、槍を構えた。


 様々なモーションを素早く繰り出すための、ポピュラーな構えだった。



ヨーイチ

(弱スラ)



 ヨーイチは、槍を振った。


 最初に出したのは、隙の少ない弱スラのモーション。



ヨーイチ

(中スラ、強スラ)



 流れるように滑らかに、中、強とつないだ。


 多くの武器において、弱から中、中から強のモーションへは、繋げやすく設定されている。


 スラッシュのモーションを終えたヨーイチは、次に突きをはなった。



ヨーイチ

(弱突き、中突き、強突き)



 6つの初歩的なモーションが終了した。


 6つのうち、4つがパーフェクトモーションだった。


 新米冒険者だと考えれば、そこまで悪くは無い。


 だが、アリーナのランカーとして考えれば、赤面モノだった。


 次にヨーイチは、隙の大きい踏み込み技をはなった。


 これも、弱中強の3つが設定されていた。



ヨーイチ

(踏み込み弱スラ、踏み込み中スラ、踏み込み強スラ)


ヨーイチ

(踏み込み弱突き、踏み込み中突き、踏み込み強突き)



 ヨーイチは、踏み込みスラッシュと、踏み込み突きのモーションを終えた。


 次に、特殊なモーションである飛翔斬をはなった。



ヨーイチ

(飛翔斬弱、ダイブ弱スラ)



 飛び上がりながら攻撃する飛翔斬から、落下攻撃のダイブスラッシュにつなげた。



ヨーイチ

(飛翔斬中、ダイブ中スラ、飛翔斬強、ダイブ強スラ)



 これも、弱中強と繰り返した。



ヨーイチ

(振り向き斬り、回転斬り)



 ヨーイチは、前から後ろへと、槍を大きく振り回した。


 次に、槍が360度回転するよう、さらに大きく振り回した。



ヨーイチ

(……ミラー)



 ヨーイチは、槍のモーション練習を、ひたすらに繰り返した。


 そして、2時間が経過した。



レヴィ

「あのー」



 退屈してきたのか、レヴィがヨーイチに声をかけた。



ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、それを気にせず、槍を振り続けた。



レヴィ

「あるじさまー?」


ヨーイチ

「…………」


レヴィ

「あ! る! じ! さ! ま!」



 返答の無いヨーイチに対し、焦れたレヴィが大声を出した。



ヨーイチ

「どうした?」



 ようやくヨーイチが、レヴィへと向き直った。



レヴィ

「それ、いつまで続けるんですか?」


ヨーイチ

「全部のモーションを、ノーミスで成功させる」


ヨーイチ

「それを5セットだ」


レヴィ

「もう、5回くらいは成功してませんか?」


ヨーイチ

「1セット成功を5回じゃない。ノーミスのまま、5セット連続でクリアしないとダメだ」


レヴィ

「えぇ……」



 ヨーイチが練習しているモーションは、1セット40有った。


 それを5セット完璧にとなると、合計で200になる。


 200のモーションを、全て完璧にこなす。


 それはレヴィから見て、実にマゾヒスティックなノルマのように思われた。



レヴィ

「そこまでする必要ありますか?」


ヨーイチ

「それくらいできなきゃ、アリーナの上位勢には通用しない」


レヴィ

「けど、アリーナには出場しないんですよね?」


ヨーイチ

「……嫌なんだよ」


レヴィ

「…………?」


ヨーイチ

「この世界に、俺より強いやつが居るってことが、我慢ならねえ」


ヨーイチ

「最強は俺だ。俺が最強じゃないと嫌なんだ」



 そう言ったヨーイチの瞳には、強いイシが宿っていた。



レヴィ

「んぁ……」



 それを見たレヴィが、呻いた。



ヨーイチ

「レヴィ?」



 ヨーイチは、レヴィを気遣うように声をかけた。



レヴィ

「なんでもありません」


レヴィ

「あるじ様の強いイシに、少しあてられてしまいました」


ヨーイチ

「だいじょうぶなんだな?」


レヴィ

「はい。むしろごちそうさまでした」


ヨーイチ

「……? 続けて良いか?」


レヴィ

「もちろんです」



 ヨーイチは、練習を再開した。


 レヴィはもう、それに口を挟んだりはしなかった。


 彼女は頬を赤らめて、ヨーイチの姿を見ていた。


 そして……。



レヴィ

「あるじ様。あるじ様」



 長い時間を経て、レヴィはようやく口を開いた。



ヨーイチ

「何だ?」


レヴィ

「もう朝ですけど、良いんですか?」


ヨーイチ

「あ……」



 いつの間にか、周囲は明るくなっていた。


 ヨーイチは、レヴィに言われるまで、それに気付かなかった。



ヨーイチ

「時間切れか……」



 ヨーイチは、槍を腕輪に収納した。


 そして、家の方へと向かった。



レヴィ

「強化を切ってしまっても、構いませんか?」


ヨーイチ

「ああ。いかがわしいオーラを、撒き散らしてるわけにもいかんし」


レヴィ

「切りますよ?」


ヨーイチ

「良いって」


レヴィ

「…………」



 ヨーイチの体から、青いオーラが消えた。



ヨーイチ

「う……」



 ヨーイチは、ふらついた。


 疲労感と眠気が、一気に襲ってきたのだった。



ヨーイチ

「だるい……死ぬほど眠い……」


レヴィ

「一睡もしていませんからね」


ヨーイチ

「変だな……。ゲームの徹夜は、徹夜に含まれないはずだが……」


レヴィ

「何のルールですか」


レヴィ

「そもそも、ゲームとかじゃなくて、フルで運動してましたけどね」


ヨーイチ

「そうかな……そうかも……」



 ヨーイチはふらふらと、家の中へと戻った。


 すると廊下に、フサコの姿が有った。



フサコ

「ヨーイチ様。おはようございます」


ヨーイチ

「……おはようございます」


ヨーイチ

「ちょっとダルいんで……今日は学校休みます」


ヨーイチ

「学校の方に……連絡入れといてください……」


フサコ

「かしこまりました。朝食はどうされますか?」


ヨーイチ

「……抜きで。お昼は食べます」



 ヨーイチはつらさを我慢して、なんとか自室へと戻った。


 そして一直線に、ベッドへと倒れこんだ。



ヨーイチ

「レヴィ……」


ヨーイチ

「今度から……寝る時間になったら教えてくれ……」


レヴィ

「えっ? 教えられないと分からないことですか? それ」


ヨーイチ

「……頼む」


レヴィ

「はぁ。分かりましたけど」


ヨーイチ

「ありがと……」


ヨーイチ

「喉乾いた……ジュース……」


レヴィ

「少々お待ち下さい」



 レヴィは、コップにジュースを入れて持ってきた。



レヴィ

「お待たせしました」


ヨーイチ

「ん……」



 ヨーイチは、体を起こした。


 レヴィはジュースを口にふくんだ。



ヨーイチ

「ん……?」



 レヴィはジュースを口に入れたまま、無言で顔を近づけてきた。


 ヨーイチは、レヴィに頭突きを炸裂させた。



レヴィ

「んごふっ!?」


ヨーイチ

「何しやがる」


レヴィ

「お疲れのようでしたので、口移しをさせていただこうかと……」


ヨーイチ

「余計疲れるわ。カチ割るぞ駄コアが」


レヴィ

「駄コア!?」


ヨーイチ

「いいからコップ寄越せ」


レヴィ

「はい。どうぞ」



 ヨーイチは、レヴィからコップを受け取った。


 そしてゆっくりと、ジュースを飲み込んでいった。



レヴィ

(ふふふ。間接キス)


ヨーイチ

「コップ……洗っといて……」


レヴィ

「はい」



 レヴィはヨーイチから、コップを受け取った。



ヨーイチ

「ありがと……おやすみ……」



 ヨーイチは、ベッドに倒れこんだ。



レヴィ

「はい。おやすみなさい。あるじ様」



 翌日。



ヨーイチ

「行ってきます」


フサコ

「行ってらっしゃいませ。ヨーイチ様」



 ゆっくりと体を休めたヨーイチは、家を出た。


 通学路を歩き、学校へと向かった。



チナツ

「おはよう。オーカインくん」



 その日もヨーイチは、チナツと遭遇した。



ヨーイチ

「……おはよ」


チナツ

「昨日はどうしたの?」


ヨーイチ

「……話は学校に着いてからで良いか?」


チナツ

「えっ?」


ヨーイチ

「体力を温存したい……」



 多少の訓練をこなしたところで、ヨーイチは貧弱なままだった。



チナツ

「……大変だね」



 2人は無言で通学路を歩いた。


 やがて、クラスの教室へとたどり着いた。


 まだ、朝のホームルームは、始まっていなかった。



ヨーイチ

「はぁ……はぁ……見たか……」


ヨーイチ

「遅刻せずに、教室に着いてやったぞ……」



 ヨーイチは、勝ち誇ってみせた。



チナツ

「うん。凄いね」


ヨーイチ

「くくく……なぁ……ミナクニ……」


チナツ

「何かな?」


ヨーイチ

「昨日のノートうつさせて……」


チナツ

「良いよ」



 チナツは快諾した。



ヨーイチ

「ありがとう……」


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