その18「上達と帰宅」



ヨーイチ

「そうか?」


ヨーイチ

「最低でもそれくらい出来ないと、アリーナじゃ通用しねーぞ」


チナツ

「アリーナ?」


チナツ

「オーカインくんは、アリーナの選手になりたいの?」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「俺の戦法は、アリーナだと嫌われるからな」


チナツ

「えっ……どんな卑怯な戦法を使うつもりなの?」


ヨーイチ

「べつに」


ヨーイチ

「そもそも、猫騎士はアリーナ出禁だ」


チナツ

「そうなんだ?」


ヨーイチ

「対人戦最強は、間違いなく猫騎士だからな」


チナツ

「ああ……。2対1になっちゃうからね」


ヨーイチ

「そういうことだ」


ヨーイチ

「どんな達人でも、猫と同時に襲いかかられたら、絶対に勝てない」



 猫騎士は、猫と連携して戦うクラスだ。


 鍛えられた猫は強い。


 中堅の冒険者と、同等の強さを誇る。


 それと同時に襲いかかられては、相手をする方は、たまったものでは無かった。



ヨーイチ

「だから、猫騎士が禁止っていうか、猫が禁止なんだよな」



 強すぎる猫は、公式な決闘の場における、禁じ手となっていた。


 猫騎士は、そんな猫の潜在能力を、さらに引き出すことが出来る。


 優れた猫騎士に率いられた猫は、1流の冒険者にも匹敵する。


 ルールを無視すれば、無敵の存在だと言えた。



チナツ

「それじゃあ、猫無しで出場したら?」


ヨーイチ

「猫の居ない猫騎士なんて、戦士の下位互換だぞ」


チナツ

「そうなんだ?」


ヨーイチ

「そうなんだ」


チナツ

「残念だね」


ヨーイチ

「最初から、出る気ねーから」



 今のヨーイチの中には、オーサコの記憶が有る。


 あの大ブーイングのことも、はっきりと覚えていた。


 二度もあんな目にあいたいとは、ヨーイチには思えなかった。



チナツ

「そう?」


チナツ

「それで、スライムが居なくなっちゃったけど……」


チナツ

「今日はもう帰ろうか?」


ヨーイチ

「帰らんが」


チナツ

「どうするの?」


ヨーイチ

「あそこに草むらが有るだろ?」



 広間の隅に、草むらが有った。


 ヨーイチは、それを指差した。


 チナツは草むらを見た。



チナツ

「うん。それが?」


ヨーイチ

「あの中に、トラップが有る」


チナツ

「そうなんだ?」


ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは一直線に、草むらへと歩いていった。


 そして草をかきわけ、草むらの中央あたりに踏み込んだ。


 すると、トラップの魔法陣が輝いた。



チナツ

「えっ?」



 チナツは『何やってんだコイツ?』といった感じの表情になった。


 広間の入り口の辺りに、大量のスライムが出現した。


 魔獣出現のトラップだった。


 見た目だけで言えば、ヨーイチたちは、閉じ込められた形になった。


 とはいえ、相手はスライムだ。


 実際には、危機でも何でもない。


 ヨーイチは、平然とした様子で、チナツの方へ戻った。


 トラップ初見であるはずのチナツも、特に慌てた様子は無かった。


 チナツたちの攻略階層は、10層を超えている。


 いまさら1層のスライムなどで、冷静さを欠いたりはしない。



ヨーイチ

「見てのとおり、トラップを踏むと、大量のスライムが出現する」



 ヨーイチはそう言うと、槍を手に、スライムに向かっていった。


 そして、サクサクと全滅させた。



チナツ

「今度こそ終わり?」


ヨーイチ

「いや……」



 ヨーイチは、再び草むらへ向かった。


 すると、またしてもトラップが発動した。


 再度、スライムが出現した。



チナツ

「また出た」


ヨーイチ

「ああ」


ヨーイチ

「ここのトラップは、3分に1回復活するんだ」


チナツ

「ひょっとして……」


ヨーイチ

「ひたすらに、これを繰り返す」


チナツ

「地味すぎる。何の修行? っていうか苦行?」


ヨーイチ

「レベル上げの修行だよ」



 ヨーイチは、ひたすらにスライムを狩った。


 しばらくそうしていると、チナツが声をかけてきた。



チナツ

「そろそろ帰った方が良いんじゃない?」


ヨーイチ

「ん? もうか?」



 ヨーイチは、腕輪の時計機能を使った。


 空中に、半透明の、光る数字が出現した。


 それは、現在時刻をあらわしていた。


 迷宮に入ってから、2時間以上が経過していた。


 夕刻だった。



チナツ

「家の人が、心配すると思うけど」


ヨーイチ

「それもそうか……」


ヨーイチ

(ゲームだと、晩飯を食ってからが本番なんだけどな……)



 家でゲームをしていても、放任主義の家庭であれば、大したことは言われない。


 だが、もし未成年が、深夜まで外出すれば、それは問題になる。


 オーサコとしての感覚が、今の現実とのギャップから、戸惑いを生じさせていた。


 とはいえ、それなりの数のスライムを狩った。


 ヨーイチは、現状を不服だとは思っていなかった。



ヨーイチ

「んじゃ、帰るか」



 ヨーイチは素直に、帰宅することに決めた。



チナツ

「うん」


ヨーイチ

「付き合ってくれてありがとうな。助かった」


チナツ

「ううん。振り返ってみたら、ほとんど素振りしてるだけだったし」


チナツ

「おかげで、モーションは上達したけどね」



 チナツはそう言って、杖を振ってみせた。


 ブロンズロッドの追加効果は、相手に命中した時に発生する。


 素振りでは、追加効果の爆炎は、発生しなかった。


 だがヨーイチには、ひとめ見て、パーフェクトモーションだと分かった。


 チナツのモーションは、確かに上達しているようだった。


 それからチナツは、腕輪の機能を使って、ステータスウィンドウを表示させた。


 そこには、彼女のクラスレベルなどが表示されていた。


 チナツは、それを見て言った。



チナツ

「それに、レベルも1つ上がったみたい」



 チナツのクラスレベルは、2桁だ。


 1層のスライムを倒したところで、大したEXPは得られない。


 だが、倒した量が量だった。


 最弱のスライムを倒しただけでも、レベルを上げられたらしかった。



ヨーイチ

「おめでとう」


チナツ

「ありがと。そっちは?」



 ヨーイチは、腕輪に意識をやった。


 空中に、ステータスウィンドウが表示された。



ヨーイチ

「まだレベル1のままだな」



 ヨーイチのレベルは、上がっていなかった。



チナツ

「あんなに頑張ったのに……」



 チナツたちは、ヨーイチが苦しんでいたのを知っていた。


 彼女はヨーイチに、同情の視線を向けた。


 一方、ヨーイチの表情は明るかった。


 自分が強くなれると、確信しているようだった。



ヨーイチ

「良いさ。まだまだこれからだ」




__________________________



オーカイン=ヨーイチ(マスターオブレヴィアタン)



 クラス 猫騎士 レベル1


  EXP 9/24


___________________________




ヨーイチ

(今までゼロだったEXPの数値が、9にまで上がった)


ヨーイチ

(これを3回繰り返せば、俺はレベル2になれる)


ヨーイチ

(たとえ毒が俺の足を引っぱっても、俺にはゲームの記憶が有る)


ヨーイチ

(強くなる)


ヨーイチ

(強くなれるぞ。俺は)


チナツ

「スライムの魔石は、どうするの?」



 今までに、とんでもない数のスライムを倒している。


 周囲には、大量の魔石が散らばっていた。


 イシは、倒した魔獣の属性の色をしている。


 7色のイシがそこら中で輝き、色鮮やかだった。


 とはいえ、所詮は1層の魔石だ。


 ヨーイチは、大した興味も示さなかった。



ヨーイチ

「俺は要らんな。欲しけりゃやるよ」


チナツ

「……せっかくだし、もらっておこうかな」



 チナツは魔石を集め、腕輪に収納していった。


 ヨーイチも、それを手伝った。


 いくつか魔石を拾い、まとめてチナツに渡した。



チナツ

「ありがとう」



 そうして魔石を集めていると、ヨーイチは、あるものを発見した。



ヨーイチ

(おっ、指輪だ。ツイてるな)



 地面に、銀色の指輪が落ちていた。


 魔獣を倒すと、低い確率で、レアアイテムをドロップする。


 この指輪は、スライムのドロップアイテムだった。



ヨーイチ

(これは俺の取り分で良いよな)



 ヨーイチは、無言で指輪を拾い上げた。


 そして、腕輪に収納した。


 収納作業が終わると、2人はダンジョンの出口に向かった。


 転移陣に入り、ダンジョンドームへと移動した。


 チナツは、ドームの査定所で、魔石を換金した。


 そして換金が終わると、ヨーイチに話しかけた。



チナツ

「2000サークルくらいだった」


ヨーイチ

「スライムの魔石じゃ、そんなもんだな」


チナツ

「いやいや。学生の2000サークルは、けっこう大きいよ」


ヨーイチ

「そうか?」


チナツ

「おかねもちめ」



 チナツはヨーイチを、睨みつけた。


 だが、口の端が、少し笑っていた。


 2人はロッカーから鞄を取り出し、いっしょにドームを出た。


 時刻は午後5時頃。


 5月なので、日没はまだ遠かった。


 ヨーイチは、携帯を使ってタクシーを呼んだ。



ヨーイチ

「タクシー呼んだけど、送ろうか?」


チナツ

「良いのかい? 魔石をもらったうえに、タクシーまで……」


ヨーイチ

「良いって。こっちも助かったしな」


チナツ

「だけど……」



 ヨーイチは、財布からカードを出してみせた。



ヨーイチ

「この黒いカードを信じろ」


チナツ

「あまりチラつかせない方が良いよ。惚れちゃうから」


ヨーイチ

「そいつは不味いな」



 ヨーイチは、カードを財布に入れ、ポケットにしまった。




 ……。




 2人はタクシーに乗り込み、チナツの家へと向かった。



チナツ

「あそこがボクの家だね」


ヨーイチ

「止めて下さい」



 住宅街の道路の脇に、タクシーが停車した。


 2人は車を下り、家の方へと向かった。


 ヨーイチの瞳に、チナツの自宅が映った。


 家は貧相でも豪華でもなく、普通の建て売り住宅だった。



ヨーイチ

「ん……?」



 ヨーイチは、何かに気付いた。



リリカ

「…………」



 チナツの家の玄関前に、少女が座っていた。


 チナツと同じ、桃色の髪を持つ少女だった。


 服装は、ラフな部屋着のようだ。


 それに気付いたチナツが、少女に声をかけた。



チナツ

「リリカ?」


リリカ

「あっ……!」



 少女の方も、チナツに気付いたようだ。


 2本の松葉杖をついて、立ち上がった。



ヨーイチ

(足が悪いのか?)


チナツ

「リリカ? どうしたんだい?」


リリカ

「どうしたって……」


リリカ

「いつもより遅いから、何か有ったのかと……」


チナツ

「べつに何も無いよ。平気だよ」


リリカ

「それなら良いですけど」


リリカ

「あまり心配をかけさせないでください」


チナツ

「ごめんね。電話をすれば良かったね」


リリカ

「……はい」



 リリカは、ヨーイチの方を見た。



リリカ

「そちらのかたは?」


ヨーイチ

「オーカイン=ヨーイチ」


ヨーイチ

「ミナクニとはクラスメイトで、同じパーティの仲間だ」


リリカ

「オーカイン? 将軍様の親戚ですか?」


ヨーイチ

「まあ、そんなところだ」


ヨーイチ

「ミナクニとは、学校の話はしないのか?」


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