その23「土日明けと猫牧場」




ヨーイチ

「ふぅ……」



 ヨーイチは足を止め、一息ついた。


 彼は、ダンジョンドームが見える位置にまで来ていた。



ヨーイチ

(ウヅキたちは、今どのへんかな?)



 そう思ったヨーイチは、ポケットから携帯を取り出した。


 そして、チナツの携帯に電話をかけた。



チナツ

「オーカインくん?」



 すぐに電話はつながった。


 携帯のスピーカーから、チナツの声が聞こえてきた。



ヨーイチ

「ああ。今どうしてる?」


チナツ

「ダンジョンドームで、アキラくんたちと待ち合わせだね」


ヨーイチ

「前に俺たちで行ったのとは、別のやつだよな?」


チナツ

「うん。そうだよ」


ヨーイチ

「俺は今日もスライム狩るから、こっちに来ないようにしてくれ」



 入り口は別々でも、ダンジョンは1つにつながっている。


 うっかりダンジョン内で出会わないように、注意する必要が有った。



チナツ

「了解。頑張ってね」


ヨーイチ

「ああ。そっちもな。それじゃ」



 話を終えると、ヨーイチは電話を切った。




 ……。




 ヨーイチが居るのとは、別のダンジョンドーム。


 そこに、チナツとウヅキの姿が有った。



ウヅキ

「ヨーイチですか?」



 電話を終えたチナツに、ウヅキが声をかけた。



チナツ

「えっ? うん。そうだね」


ウヅキ

「何の話をしていたのか、うかがってもよろしいですか?」


チナツ

「普通の世間話だけど……」


ウヅキ

「そうですか」


ウヅキ

「ミナクニさんは、ヨーイチと仲が良いのですね」


チナツ

「別に、普通だと思うよ。普通の友だち」


ウヅキ

「…………」


アキラ

「お待たせ」


ヒカリ

「お待たせー」


ウヅキ

「いえ。時間通りですよ」



 アキラたち4人は、ダンジョンに足を踏み入れた。


 そして、攻略を進めるため、17層にまで下りた。


 そこは草原の地層。


 背の高い草が、迷路を作っていた。


 ヒカリは腕輪の機能を使い、ダンジョンマップを見ていた。


 そして、兄のアキラに声をかけた。



ヒカリ

「兄さん。そのへんに……」


アキラ

「何か有るのか?」



 アキラは、ヒカリが指差した方へと歩いた。



ヒカリ

「転移のトラップが有るよ」


アキラ

「えっ!?」



 アキラの足元で、魔法陣が輝いた。


 ヒカリたちの眼前から、アキラの姿が消えた。



ウヅキ

「アキラさん!?」


ヒカリ

「落ち着いて」



 ヒカリはマップを表示させたまま、ウヅキに近付いた。


 そしてマップの1点を、指差した。



ヒカリ

「兄さんの位置は、ほら、ここだね」



 ヒカリが指差した部分には、青い光の点が有った。



ヒカリ

「さっき私たちが来た方角だから、危険は少ないと思うよ」


チナツ

「けど、1人じゃ心配だよ。早く合流しよう」


ウヅキ

「そうですね」



 ヒカリたちは、これまで歩いてきた道を、引き返していった。


 ついさっき通ったということもあり、魔獣とは出会わなかった。


 やがて、アキラの姿が見えた。



ヒカリ

「兄さん」


アキラ

「ヒカリ?」


チナツ

「やあ」


ウヅキ

「ご無事で良かったです」


アキラ

「まったく。死ぬかと思った」


ヒカリ

「大げさだね」


アキラ

「だって、転移トラップって、ランダムに飛ばされるんだろ?」


アキラ

「次の瞬間、かべのなかにいるんじゃないかとか思ったらさ」


ヒカリ

「それはだいじょうぶだよ」


ヒカリ

「もし壁に転移しそうになったら、開けた場所に、再転移されることになってる」


アキラ

「そうなのか」


ヒカリ

「うん。ダンジョンの壁自体に、そういう機能が有るらしいね」


ヒカリ

「だから、安心して壁の中に飛ばされてね」


アキラ

「嫌なんだが?」


ヒカリ

「それじゃ、もっと慎重に行動するように」


アキラ

「……ああ」


アキラ

「それにしても、意外と早く合流できたな」


アキラ

「迷子にならなくて良かった」


ヒカリ

「……兄さん、ちゃんとマップ見てる?」


アキラ

「えっ?」


ヒカリ

「パーティ登録をしてると、マップに仲間の位置が表示されるんだよ」


アキラ

「そうなのか?」


ヒカリ

「もう……。ちゃんと勉強してる?」


アキラ

「いや……。ちょっと調べ物がな……」


ヒカリ

「本気でやってるんだ?」


アキラ

「当たり前だろ?」


ヒカリ

「そう。だけど、言い訳しないの」


ヒカリ

「学校の勉強も、ちゃんとやらないと」


ヒカリ

「そんなんじゃ、落第してD組送りになっちゃうよ」


アキラ

「D組。浪人クラスか。どんな所なんだろうな?」


ヒカリ

「さあね。私には縁が無いところだよ」



 その後は、特にトラブルも起こらなかった。


 アキラたちは、無事に攻略階層を更新した。




 ……。




 日曜日の夕方。


 ダンジョンに、ヨーイチの姿が有った。


 ヨーイチが居るのは、例のスライムハウスだった。


 ヨーイチはいつものように、槍でスライムを退治していた。



ヨーイチ

「おっ……」



 ヨーイチは、何かに気付いた様子で、屈みこんだ。


 そして地面から、指輪を拾い上げた。


 スライムのレアドロップだった。



ヨーイチ

「よしよし」



 ヨーイチは微笑みながら、指輪を腕輪に収納した。




__________________________



オーカイン=ヨーイチ(マスターオブレヴィアタン)



 クラス 猫騎士 レベル3


__________________________




 月曜日になった。


 ヨーイチはいつものように、学校へと向かった。


 チナツに会うこともなく、1人で通学路を歩いた。


 そして何事も無く、クラスの教室へとたどり着いた。



アキラ

「おはよう。オーカイン」



 教室に入ると、アキラが挨拶をしてきた。



ヨーイチ

「おはよう」


ウヅキ

「おはようございます」


ヒカリ

「おはよー」



 ヨーイチは、自分の席に座った。


 少しすると、チナツが教室に入ってきた。



チナツ

「おはよー」


アキラ

「おはよう」


ウヅキ

「おはようございます」


ヒカリ

「おはよー」


ヨーイチ

「……おはよ」


チナツ

「今日は早いんだね。オーカインくん」


ヨーイチ

「アレがアレしたからな」


チナツ

「なるほど。アレがね」


ウヅキ

「……? アレとは何ですか?」


ヨーイチ

「ちょっと早めに家を出たんだ」


ウヅキ

「そうですか」


ヨーイチ

「そうだ。アレが揃ったぞ」


チナツ

「そうなんだ? 良かったね」


ヨーイチ

「いつにする?」


チナツ

「水曜日かな」


ヨーイチ

「じゃ、それで」


ウヅキ

「……アレというのは?」


ヨーイチ

「んー。ゲームの話だ」



 本当は、ダンジョンの話をしていた。


 だが、ウヅキに知られるのはまずい。


 ヨーイチは、ゲームの話ということにして、ごまかした。



ウヅキ

「なんというゲームですか?」


ヨーイチ

「古いやつだから、言っても分からんと思うぞ」


ウヅキ

「いちおう教えて下さい」



 雑にあしらおうとしたヨーイチに対し、ウヅキは、彼の予想以上に食いついてきた。



ヨーイチ

「……モン○ンかな」



 ヨーイチは、とっさに思いついたタイトルを、口にした。



ウヅキ

「古くないじゃないですか」


ヨーイチ

「それの古いやつなんだ」


ヨーイチ

「まだ地球に海が有ったころの、古いやつだ」


ウヅキ

「……骨董品ですね」


ウヅキ

「どうして新しいのをやらないのですか?」


ヨーイチ

「昔のやつにしかない、味ってのが有るんだよ」


ウヅキ

「なるほど。そうなのですね」


ウヅキ

「……ヨーイチとミナクニさんは、一緒にゲームを遊ぶ仲だったのですね」


ウヅキ

「知りませんでした」


ヨーイチ

「まあ、仲良くなったのは、先週くらいからだし」


ウヅキ

「…………」


ウヅキ

「ゲームばかりするのは、健康に良くありませんよ」


ヨーイチ

「そうだな。気をつけるわ」


ウヅキ

「……はい」


ウヅキ

「ちなみに、何作目ですか?」


ヨーイチ

「え?」


ウヅキ

「モ○ハンです」


ヨーイチ

「えーと、何だったかな。変なタイトルの奴だった気がする」


ウヅキ

「そうですか」


ウヅキ

「……面白いですか?」


ヨーイチ

「普通」


ウヅキ

「……今度、正確なタイトルを教えて下さい」


ヨーイチ

「ああ。分かった」



 そのとき……。


 ウヅキと会話するヨーイチの脳裏に、1つの疑問が浮かんだ。



ヨーイチ

(あれ? 俺なんで、普通にモン○ンとか言ってんだ?)


ヨーイチ

(モン○ンってのはオーサコの世界のゲームで……)


ヨーイチ

(いや……)


ヨーイチ

(テレビでCMやってるの、普通に見たこと有るぞ)


ヨーイチ

(こっちの世界のゲームが、オーサコの世界にも有ると、思い込んでる?)


ヨーイチ

(うーん……?)



 ヨーイチは悩んだが、答えは出なかった。


 その後は授業をこなし、放課後になった。


 ヨーイチは、1人で学校を出た。


 歩くヨーイチに、レヴィが問いかけてきた。



レヴィ

「今日もダンジョンですか?」



 ヨーイチは、周りに人が居ないのを確認すると、レヴィに答えた。



ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「今日は、買い物に行くかな」


レヴィ

「新しい武器でも買うんですか?」


ヨーイチ

「武器は足りてる」



 ヨーイチの腕が有れば、ブロンズスピアでも、上層くらいなら余裕で攻略出来る。


 もし対人戦に武器が必要になっても、既にデスサイズを持っている。


 猫騎士のSP効率では、デスサイズの100%の力は、発揮できない。


 だがそれでも、そこいらの相手に負けるつもりは無かった。



レヴィ

「それでは……?」


ヨーイチ

「猫だな」




 ……。




「みゃあ」


「みゃあみゃあ」


「みゃーご」



 猫牧場の、芝生の上。


 ヨーイチは、サーベル猫の群れに囲まれていた。


 猫は人なつっこい。


 ヨーイチのような不審者相手でも、平気でじゃれあいに来た。



レヴィ

「うわああああああああぁぁぁっ!」



 唐突に、レヴィが絶叫した。



ヨーイチ

「何だよ? うるせーな」


レヴィ

「だって……猫がこんなに……」


ヨーイチ

「そりゃ、猫牧場なんだから、猫くらい居るだろうがよ」


レヴィ

「けど……猫なんですよ……?」


ヨーイチ

「どういうことだよ……」


ヨーイチ

「……さて、どいつにするかな」


レヴィ

「みんなかわいいですよ。みんな買って帰りましょう」


ヨーイチ

「そんな金は……」


ヨーイチ

「無くは無いか」


ヨーイチ

「けど、面倒見切れんからな。買うのは1匹だけだ」


レヴィ

「……はい」


レヴィ

「あるじ様は、どうして今まで、猫を飼っていなかったのでしょうか?」


レヴィ

「猫騎士なのに」


ヨーイチ

「……乗れなかったんだ」


レヴィ

「えっ?」


ヨーイチ

「猫騎士になってすぐに、猫の試し乗りをした」


ヨーイチ

「けど、体が弱すぎて、猫から振り落とされた」


ヨーイチ

「それで懲りて、猫には近寄らなかったのさ」



 ヨーイチは、他人事のようにそう言って、笑った。


 良くも悪くも、彼のメンタルは、1ヶ月前とは別人になっていた。



ヨーイチ

「今はレベル3になったからな」


ヨーイチ

「猫に乗る体力くらいは有る。たぶんな」


レヴィ

「それでそれで、どの子にするんですか?」



 レヴィは前のめりになって尋ねた。



ヨーイチ

「そうだな……」



 ヨーイチは、猫を見回した。


 すると……。



サーベル猫

「みゃあ」



 真っ黒なサーベル猫が、ヨーイチに向かって鳴いた。


 サーベル猫に限らず、猫は黄色いことが多い。


 ここまで黒い猫は、珍しかった。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

「似てるな……」


レヴィ

「何がですか?」


ヨーイチ

「こいつ、俺が昔飼ってた猫に似てる」



 オーサコの部分が、そう言った。


 実際に、生きた猫を飼っていたわけではない。


 ゲームの中で猫を飼い、カゲトラと名付けた。


 目の前の猫は、カゲトラに良く似ていた。



ヨーイチ

「なあ、俺と一緒に来るか?」



 ヨーイチは、猫に尋ねた。


 猫は知能が高い。


 なので、気に食わない飼い主には、従わない。


 無理に飼おうとしても、脱走して、野良猫になってしまったりする。


 猫騎士と猫の関係においては、信頼が大切だった。



サーベル猫

「みゃーご」



 猫に不服は無いようだ。


 ヨーイチには、そのように感じられた。



ヨーイチ

「来い」



 ヨーイチは猫を連れて、近くに居たスタッフの所へ向かった。


 そこに居たスタッフは、50歳ほどの男性だった。


 動きやすい、牧場の制服を身に付けていた。


 ヨーイチは、彼に声をかけた。



ヨーイチ

「この子をください」


スタッフ

「……冒険者の方ですか?」



 スタッフは、ヨーイチの手首を見て、そう言った。



ヨーイチ

「はい。まだ学生ですけどね」


スタッフ

「猫をダンジョンに連れて行く時は、オリハルコンリングの装着が、必須となっております」


スタッフ

「猫の購入代金以外に、別途にリングの代金が必要となりますが、よろしいですか?」


ヨーイチ

「はい」


スタッフ

「それでは事務所の方で、代金の支払いと、書類への記入をお願いします」


ヨーイチ

「分かりました」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る