その15「こっそりと下準備」




チナツ

「ボクはミカガミさんの気持ちも分かるけどね」


ヒカリ

「彼女が正しいって?」


チナツ

「そこまでは言わないけど」


チナツ

「婚約者の体があんなことになってたのを見たら、ショックを受けるのも仕方ないよ」


ヨーイチ

「もう婚約者じゃないと思うが」


ヨーイチ

(たぶん)



 実際に、婚約解消の通達などが有ったわけではない。


 だが、大名の息子でなくなったヨーイチには、政略結婚の相手として、価値は無い。


 婚約は解消される、あるいはされたと考えるのが自然だ。


 ヨーイチは当然に、そう考えていた。


 オーカインほどでは無いが、ミカガミは歴史有る名家だ。


 今のヨーイチとウヅキでは、明らかに身分が釣り合わない。



ヒカリ

「……それで?」


ヒカリ

「ウヅキがショックを受けてるから、彼女のワガママを聞いてやれって?」



 ヨーイチがパーティを抜けるべきだというのは、ウヅキ個人の考えでしかない。


 多数決ですら、彼女は支持されなかった。


 つまり、ただのワガママにすぎない。


 彼女の意見を取り入れる理由は、微塵もない。


 ヒカリはそう考えているようだった。



チナツ

「ちょっと、時間をあげるべきだと思うんだ」


チナツ

「彼女の心が落ち着くまでの、時間をね」


ヒカリ

「……分かったけど。長くは待てないよ?」


ヒカリ

「あまりグズグズするようなら、オーカインよりも彼女に抜けてもらいたいね。私は」



 ヒカリは何の遠慮もなく、自身の考えを述べた。


 そのとき、ヨーイチが口を開いた。



ヨーイチ

「そのことだが……」


ヨーイチ

「俺はしばらく、1人でダンジョンに潜ろうと思う」


チナツ

「えっ?」


ヒカリ

「うん?」


アキラ

「何を考えてるんだ?」



 ヨーイチの意外な言葉に、3人ともが戸惑った様子を見せた。



ヨーイチ

「色々と、試したいことが有ってな。良いだろ?」


ヨーイチ

「どうせ今の俺じゃ、パーティに入っても戦力にもならんし」


アキラ

「戦力とか、そういう問題じゃないだろ?」


アキラ

「俺たちは、同じパーティの仲間だ」


アキラ

「困ってたら助け合うのが仲間だ。そうだろ?」


ヨーイチ

「仲間ってのは、馴れ合うだけのモンでもねーだろ」


ヨーイチ

「今はそれぞれが、自分のやるべきことをやる」


ヨーイチ

「そういう話だ」


アキラ

「本当にだいじょうぶなんだな?」


ヨーイチ

「たぶんな」


アキラ

「……分かった」


アキラ

「なにか困ったことが有ったら、すぐに相談してくれよ」


ヨーイチ

「あいよ」


ヨーイチ

「それと、この件については、ウヅキには黙っててくれ」


ヒカリ

「あー。うるさそうだもんね」



 パーティを組んでダンジョンに潜ることすら、反対されているのだ。


 1人で潜るなどと言えば、どんな反応が帰ってくるかは、明らかだった。


 ウヅキを騙すようなことをするのは、少し気が引ける。


 だが、何よりも、ヨーイチは強くなりたかった。


 それがヨーイチにとっての、決して曲げたくない道のりだった。



アキラ

「……嘘つくの苦手なんだよな。俺」



 ヨーイチのプランに対し、アキラは気が乗らない様子を見せた。


 人を陥れるような、邪悪な嘘では無い。


 だが、お人よしのアキラにとっては、この程度の嘘でも気が咎めるものなのだろう。



ヨーイチ

「おいおい。頼んだぜ大将」


アキラ

「……ああ」


チナツ

「今日、ボクたちはどうするのかな?」


ヒカリ

「1日くらいなら、休んでも良い気もするね」


アキラ

「それじゃあ、俺たちは明日から、4人でダンジョンに潜る……」


アキラ

「オーカイン。お前はどうするんだ?」


ヨーイチ

「まずは買い物かな」


アキラ

「何を買うんだ?」


ヨーイチ

「武器」


ヨーイチ

(武器は、通販に規制がかかってんだよな。面倒くさい)



 今時は、ネットで何でも手に入る時代だ。


 ダンジョン産の装備ですら、ネットショップに売り出される。


 だが、即日お届けというわけにはいかない。


 武士の、冒険者の装備というのは、言うまでもなく凶器だ。


 簡単に売り渡して良いものではない。


 なので、ネットで買おうとすると、逆に手続きが煩雑になったりする。


 防具であれば、比較的楽に買うことが出来る。


 だが、武器の取り扱いは、厳格だった。


 掘り出し物であれば、ネットで買うのも良い。


 そこまでのレア装備は、今のヨーイチには必要が無い。


 店売りの武器で十分だった。



ヨーイチ

「今のクソみたいな装備じゃ、レベル上げの効率が悪い」


チナツ

「あの槍は、そんなに駄目なのかい?」


チナツ

「たしか、それなりの値段だったような気がするんだけど」



 ヨーイチが使っていた槍は、メタルスピアという金属製の槍だ。


 店売りの装備という枠組みの中では、それなりに値が張る。


 だが、ヨーイチにとっては、お呼びでない装備だった。



ヨーイチ

「まあ、攻撃力はそれなりだな」


ヨーイチ

「ただ、モーションがクソすぎる」


チナツ

「モーション?」


ヨーイチ

「メタルスピアのモーションは、下段がスカスカなんだよ」


ヨーイチ

「上層の、背の低い魔獣相手じゃ、ロクに戦えない」



 武器というのは、攻撃力が高いだけではいけない。


 目当ての魔獣に対し、有効なモーションを持っていることが大切だった。


 その点、メタルスピアは、ヨーイチのお眼鏡にはかなわなかったらしい。



ヨーイチ

「逆に、デカブツを相手にするなら、コンボで火力が出せるマジックブレイドの方が良いしな」


ヒカリ

「詳しいね?」


ヨーイチ

「それなりにな」


チナツ

「あれ……?」


チナツ

「だったらどうして、今まではあの槍を使ってたの?」


ヨーイチ

「値段が張って、見た目が良いからな」


ヨーイチ

「装備だけでも格好つけたかったのさ」


チナツ

「……そう?」


ヨーイチ

「そういうわけで、ショッピングと洒落込んでくるぜ」



 そう言って、ヨーイチは席から立ち上がった。



チナツ

「だいじょうぶ?」


ヨーイチ

「ん? 何がだ?」


チナツ

「1人でお店までたどり着けるかなって」


ヨーイチ

「そんなの当たり前……」



 言いながらヨーイチは、鞄を手に取った。


 ずしりと重かった。



チナツ

「当たり前?」


ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

「タクシーなら余裕だ」


チナツ

「そうだね」




 ……。




 ヨーイチは、金の力でショッピングモールへ向かった。



ヨーイチ

「カードでお願いします」


運転手

「はい」



 ヨーイチは、クレジットカードで支払いを済ませ、タクシーを降りた。



チナツ

「今のカード、黒くなかった?」



 なぜか同行していたチナツが、ヨーイチに尋ねた。



ヨーイチ

「腐ってもオーカインってことだ」


チナツ

「モテないアピールしてるけどさ、財力は立派なモテポイントだと思うんだ」


ヨーイチ

「金に群がってくるような女に、興味はねーよ」


チナツ

「人生で1度くらいは言ってみたいセリフを、平然と……」


ヨーイチ

「俺は武器屋に行くが、ミナクニはどうするんだ?」


チナツ

「特に用事とかは無いよ」


ヨーイチ

「……? だったらどうして来たんだ?」


チナツ

「君が心配だったからね」


ヨーイチ

「過保護かよ」


チナツ

「登下校も満足にできないくせに」


ヨーイチ

「む……」


ヨーイチ

「……行くぞ」



 ヨーイチは、武器屋へと足を向けた。


 チナツもヨーイチに並んで歩いた。


 やがて、武器屋までたどり着いた。


 ヨーイチは店に入ると、短剣売り場の前で、立ち止まった。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(オーサコはよく、ナイフ使ってたな)



 ヨーイチは、懐かしむように短剣を眺めた。



ヨーイチ

(今の俺のクラスは、猫騎士だ)


ヨーイチ

(猫騎士に、ナイフの適正は無い)



 武士はミカドから、特別な加護であるクラスを授かる。


 戦士だとか、魔術師だとかだ。


 クラスにはそれぞれ、武器適正というものが設定されている。


 適正の有る武器を使わないと、パーフェクトモーションが成立しないという問題が有った。


 グッドモーションなら出せるが、アリーナのランカー相手にそれでは、お話にならない。



ヨーイチ

(オーサコの記憶を役立てるなら、ニンジャの方が良いんだろうが……)


ヨーイチ

(クラスチェンジには、肉体的な負担が伴う)


ヨーイチ

(この毒まみれの体でクラスチェンジしたら、死ぬかもしれんな)


ヨーイチ

(かといって、体が頑丈になってからってのも、非効率だ)


ヨーイチ

(クラスチェンジすると、レベルが下がっちまうからな)


ヨーイチ

(猫騎士に骨を埋めるか……?)


ヨーイチ

(けど、猫騎士のSPだと、サイクロンを回せねーんだよな)


ヨーイチ

(ポーションとかでSP盛ったら出来るけど、アリーナはポーション禁止だしな)


ヨーイチ

(猫騎士で強くなるってことは、サイクロンを捨てるってことだ)


ヨーイチ

(俺が最強だった証を……)


ヨーイチ

(どうせ、こっちの世界で同じことをしても、また嫌われるに決まってる)


ヨーイチ

(アリーナで戦わないなら、猫騎士でも良いのか?)


ヨーイチ

(俺は……)



 ぼんやりとナイフを眺めていると、チナツが声をかけてきた。



チナツ

「オーカインくん? ナイフが欲しいのかい?」


ヨーイチ

「いや。目当ては槍だ」


チナツ

「ふーん?」



 ヨーイチは、ニンジャへの未練を振り切り、槍売り場へ移動した。


 そして、並べられている槍を見た。



ヨーイチ

(無難に、この辺にしとくか)



 ヨーイチは品物を選ぶと、店員を呼んだ。



ヨーイチ

「すいませーん」


店員

「…………」



 店員の反応は無かった。



チナツ

「声が小さくて、聞こえてないみたいだね」


ヨーイチ

「えぇ……」



 体が弱いとはいえ、そこまでなのか。


 自覚が無かったヨーイチは、自身のダメっぷりに呆れた。



チナツ

「ボクが呼んであげよう」


チナツ

「店員さーん!」


店員

「はい」



 店員が、2人の方へきた。



店員

「いかがしました?」


ヨーイチ

「このブロンズスピアを、全属性分、7種類ください」


店員

「えっ?」



 いきなり槍を、7本も買っていく客は、珍しい。


 店員は、驚いた様子を見せた。



ヨーイチ

「何か?」


店員

「っ、いえ。レジに運ばせていただきますね」


ヨーイチ

「それと、あのファイターズグローブもお願いします」


店員

「分かりました」



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