その16「チナツとダンジョンに」
店員は、7本の槍とグローブを持ち、レジへと向かった。
2人はそれに続いた。
チナツ
「グローブ?」
槍さえ有れば良いのではないのか。
チナツはそれを疑問に思ったようだ。
ヨーイチ
「グローブ系の飛翔拳は、30フレームだけオブジェクトを完全透過出来るんだ」
チナツ
「つまり?」
ヨーイチ
「便利だろ?」
チナツ
「うん?」
店員
「85万6421サークルになります」
ヨーイチ
「カードでお願いします」
ヨーイチは、財布からカードを取り出し、店員に渡した。
店員
「はい。承り……」
店員
「黒っ!?」
カードの色を見た店員が、ぎょっと固まった。
ヨーイチ
「…………」
よくあることなのだろう。
ヨーイチはのんびりと、店員の対応を待った。
店員
「っ、失礼しました」
店員
「カードを返却させていただきます」
店員は、カードを機械に通すと、ヨーイチに返却した。
ヨーイチは、返ってきたカードを財布にしまった。
店員
「それでは、武器の登録をさせていただきます」
店員
「リングをお願いします」
ヨーイチ
「はい」
ヨーイチは左袖をめくり、店員に腕輪を見せた。
店員は、バーコードリーダー型の機械を、武器の魔石に当てた。
そして次に、ヨーイチの腕輪に当てた。
それを交互に、武器の数だけ繰り返した。
こうすることで、政府のデータベースに、武器の所有者がヨーイチだと登録される。
冒険者の武器は、殺傷力が高い。
誰の物なのか、明らかにしておく必要が有った。
店員
「これにて登録は完了となります」
ヨーイチ
「はい」
ヨーイチは、レジの台に置かれた槍を掴んだ。
ヨーイチが念じると、槍は姿を消した。
腕輪の中に、収納されたのだった。
ヨーイチは、7本の槍を、全て収納した。
そして最後に、グローブを収納した。
ヨーイチ
「行くか」
ヨーイチは、チナツに声をかけた。
チナツ
「うん」
店員
「またのお越しを、お待ちしております」
2人は店を出た。
チナツ
「すごいね。大人買いだね」
店から出るとチナツは、買い物の感想を話しはじめた。
ヨーイチ
「安物だけどな」
チナツ
「それでも学生だと、なかなか手が出ないよ」
ヨーイチ
「……俺が足を引っぱってたからな」
ヨーイチ
「お前らなら、これくらいすぐに稼げるようになるさ」
ヨーイチたちは、冒険者の卵だ。
ダンジョンに潜り、魔獣を倒し、そこから資源を得ることが出来る。
そして一流の冒険者は、高給取りだ。
ダンジョンから得られる資源には、それだけの価値が有った。
アキラたちは、まだ見習いなので、小遣い程度のお金しか稼げない。
だが、彼らが主人公パーティなら、すぐに迷宮の深層でも活躍出来るようになる。
ヨーイチは、ゲームの知識から、そう考えていた。
チナツ
「自虐は止めなよ」
ヨーイチ
「あいよ」
チナツ
「……槍を7本も買って、どうするんだい?」
ヨーイチ
「まずはスライムを狩る」
チナツ
「そう。スライムなら安全かもね」
ヨーイチ
「俺はタクシーを呼んで、ダンジョンドームに行くが、お前はどうする?」
チナツ
「ついていっても良いかな?」
ヨーイチ
「好きにしろ」
ヨーイチは、携帯でタクシーを呼んだ。
そして、チナツと一緒にダンジョンドームに向かった。
ドームに入ると、2人はロッカーに荷物を預けた。
そして、中央に有る転移陣の上に立った。
魔法陣が輝き、2人の体が転移された。
転移先は、ダンジョンの第1層だった。
そこは、樹木の地層。
ヨーイチたちは、木々に囲まれた広間に居た。
オーサコにとっては、ゲームのダンプラでも見慣れた光景だ。
ヨーイチは、腕輪を操作して、空中に地図を表示させた。
ダンジョンは、とっくに踏破されている。
あえてダンジョンコアを破壊せず、延命させている状態だった。
なので、ダンジョンの地図は、とっくに共有されていた。
ヨーイチたちは、先人が成した偉業の、後を追うだけで良かった。
オーサコは、ダンジョンの地図を、そこそこに記憶していた。
だが、ヨーイチは、今の自分の頭脳を、あまり信用していなかった。
毒漬けの脳味噌だ。
外部の情報に頼った方が、安心出来た。
ヨーイチは、地図を見ながら歩きはじめた。
ジャイアントラット
「…………!」
途中2人は、大きな鼠に遭遇した。
ダンジョンに、普通の野生動物は居ない。
居るのは全て魔獣。
あるいは、冒険者が連れている猫だった。
魔獣は人間に対し、殺意を持っている。
食うわけでなく、縄張りを守るためでなく、ただ人を殺す。
出会った以上、戦いは避けられなかった。
ヨーイチは念じると、腕輪から槍を出現させた。
そして、鼠に対して構えた。
ジャイアントラット
「ジューッ!」
鳴き声と共に、鼠が前身してきた。
ヨーイチは、槍を突き出した。
そして……。
ヨーイチ
「あれっ……」
すかっと、槍が空中を突いた。
出来損ないのモーションだった。
ヨーイチの体が、無防備になった。
鼠はヨーイチに飛びかかった。
ヨーイチの体勢が、崩れた。
ヨーイチは鼠に、のしかかられた。
ヨーイチ
「すまんミナクニ。助けてくれ」
ヨーイチは、鼠にかじられながら、チナツに助けを求めた。
のんきな声をしていた。
魔獣に噛まれれば、平民なら致命傷だ。
だが、武士の魔力バリアであれば、魔獣の攻撃は防ぐことが出来た。
とは言っても、魔力には限りが有る。
あまりかじられていると、緊急用バリアが作動し、動けなくなってしまう。
チナツ
「オーカインくん!?」
チナツは、慌てて杖を出現させた。
そして、杖の先端を、鼠へと向けた。
チナツ
「ほむら矢」
チナツは呪文を唱えた。
炎の矢が、鼠に発射された。
鼠はヨーイチをかじるのに夢中で、回避行動をとらなかった。
矢は鼠に直撃した。
鼠は、燃え上がりながら吹き飛んだ。
そして絶命し、消滅していった。
魔獣が死んだ後には、魔力を持つイシである、魔石が残された。
自由になったヨーイチは、ゆっくりと立ち上がった。
ヨーイチ
「オーカイン=ヨーイチが、思った以上に弱かった」
ヨーイチ
「想定の3倍弱い」
チナツ
「自分の強さくらい、把握しときなよ」
ヨーイチ
「まったくだ」
チナツ
「ボクが居て良かったね」
ヨーイチ
「……そうだな」
ヨーイチ
「危うく1層で、レスキューのお世話になるところだった」
仲間が居れば、魔力を注いでもらい、緊急用バリアを解除出来る。
1人で戦闘不能になってしまえば、そういうわけにもいかない。
ダンジョンレスキューのお世話になる必要が有った。
チナツ
「しょーもなさすぎて、逆にニュースになるよ」
普通、1層の魔獣に負ける武士は、そうはいない。
平民ですら、しっかりと武装すれば、退治できる程度の敵だ。
それに負けるのは、珍事だと言えた。
ヨーイチ
「まったく」
チナツ
「どうするの? そのままだとスライムにも負けちゃわない?」
ヨーイチ
「ん……」
ヨーイチは、視線を上げた。
常人の目では、何も映らない場所。
そこに、レヴィの姿が有った。
ヨーイチ
「レヴィ。頼む」
レヴィ
「かしこまりました。我があるじ」
チナツ
「えっ? 何を頼むって?」
ヨーイチ
「お前じゃない。胸のイシに言ったんだ」
チナツ
「言葉が通じるの?」
ヨーイチ
「まあな」
チナツ
「それで、なんて言ったの?」
ヨーイチ
「見てろ」
ふよふよと、レヴィがヨーイチに寄ってきた。
レヴィの両手が、ヨーイチの頬を挟んだ。
レヴィの顔がヨーイチの顔に近付いた。
2人の唇が……。
そのとき、ヨーイチは頭突きをはなった。
レヴィ
「あうっ!?」
打撃を受け、レヴィはのけぞった。
ヨーイチ
「何しやがる」
レヴィ
「この流れなら、行けるかなと思いまして」
ヨーイチ
「行けねえよ。とっとと強化しろ」
レヴィ
「……はい」
レヴィはヨーイチの手を取り、目を閉じた。
すると、ヨーイチの体が輝いた。
彼の体から、青いオーラが湧き上がった。
ヨーイチ
「良し」
チナツ
「オーカインくん。さっきの君は、限りなく不審者に近かったよ」
チナツ
「というか不審者そのものだったよ」
ヨーイチ
「えっ……」
たしかに。
さきほどのヨーイチは、何も無いところに話しかけるやべーやつだった。
ヨーイチ
(念話とかできねーのかな)
ヨーイチは、ふとそう思いついた。
ヨーイチ
(おーいレヴィ。聞こえるか)
ヨーイチは言葉を念じながら、レヴィに視線をやった。
レヴィ
「…………?」
レヴィには、ヨーイチの意図は、伝わっていない様子だった。
ヨーイチ
(無理か)
ヨーイチ
(公園だと、なんか念的なモノで、話してた気もするんだがな……?)
チナツ
「それで、その不審なオーラは?」
ヨーイチ
「イシの力だ」
ヨーイチ
「この力が有れば、1層でくらいなら、十分に戦えるはずだ」
ヨーイチ
「人外の力を借りて、この程度ってのは、なさけのない話だがな」
チナツ
「漫画とかだと、とんでもなく強くなるものだよね」
ヨーイチ
「元の俺が、弱すぎるからだろうな」
ヨーイチ
「ま、これから強くなってみせるさ」
ヨーイチ
「こんなイシの力に頼らなくても、良いくらいにな」
レヴィ
「こんな……」
レヴィが心外そうな様子を見せたが、ヨーイチは無視した。
ヨーイチ
「行こう」
チナツ
「行こうか」
2人は歩きはじめた。
迷宮を進んでいくと、再び鼠に遭遇した。
チナツ
「ボクがやろうか?」
ヨーイチ
「やらせてくれ」
ヨーイチは槍を構え、1歩前に出た。
チナツはその場に留まり、ヨーイチを見守った。
ジャイアントラット
「チューッ!」
ヨーイチ
(弱突き)
鼠の突進に合わせ、ヨーイチは突きをはなった。
ジャイアントラット
「ジュッ!?」
ヨーイチの槍が、鼠を貫いた。
グッドモーションだった。
鼠は1撃で絶命した。
チナツ
「やったね」
ヨーイチ
「いや。パーフェクトモーションにならなかった」
ヨーイチ
(槍は慣れないな。モーションが独特だ)
実際は、デスサイズの方が、癖が有って難しい。
だがヨーイチは、使い慣れない槍の方に、苦手意識を持っていた。
チナツ
「仕方が無いよ」
ヨーイチたちは、まだ1年だ。
見習いだ。
パーフェクトモーションを自在に操れる生徒は、少なかった。
チナツ
「それよりホラ、敵を倒せたことを喜ぼうよ」
ヨーイチ
「そうか」
ヨーイチ
(オーカイン=ヨーイチにとっては、これが初白星だな)
チナツ
「いえーい」
ヨーイチ
「いえーい」
2人は高く手を上げ、ハイタッチをした。
ヨーイチ
(帰ったら素振りするかな)
軽薄なノリを見せつつも、ヨーイチの内側は、向上心で満ちていた。
2人はさらに、先へ進んだ。
そして、木々が形作る広間へ入った。
チナツ
「ここは……」
その広間には、大量のスライムが、群れをなしていた。
しかも、1種類だけではない。
そこには7種類のスライムが居て、色とりどりだった。
ヨーイチ
「通称、スライムハウス」
ヨーイチ
「ひたすらにスライムが湧く、序盤の稼ぎ場だ」
チナツ
「かなり居るけど、だいじょうぶかい?」
ヨーイチ
「だいじょうぶだと言いたいが……」
ヨーイチ
「危なくなったら助けてくれるか?」
チナツ
「任せておきたまえ」
チナツは、微笑と共に快諾した。
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