その14「ウヅキとワガママ」
ウヅキ
「……いつからですか」
ウヅキは、青ざめた顔で、そう尋ねた。
ヨーイチ
「え?」
ウヅキ
「ぃ……いったいいつから……そんな体に……」
ヨーイチ
「話聞いてたのかよ? 前の遠足の時に決まってんだろ」
ウヅキ
「そうではありませんっ!!!」
ウヅキは大声を出した。
彼女はあまり、感情を顔に出さない。
このように振舞うのは、珍しいことだった。
ヨーイチ
「ウヅキ……?」
ヨーイチは、戸惑いながらウヅキを見た。
チナツ
「コアではなくて、その痩せた体のことを言っているんだと思うよ」
ヨーイチ
「そうなのか?」
ウヅキ
「…………」
ヨーイチ
「俺が痩せてるのは知ってただろ?」
ウヅキ
「そこまでだとは……思いませんでした……」
ヨーイチ
(あぁ……。中学のプールとかも休んでたしな。俺は)
ヨーイチ
(マツコに言われたんだったか。恥になるから休めって)
ヨーイチ
(服の上からだと、分からんもんらしいからな)
ヨーイチ
「体は、中学の頃からこんな感じだったな」
ウヅキ
「だいじょうぶなのですか……?」
ヨーイチ
「俺はオーカインお抱えの医師から、定期健診を受けてた」
ヨーイチ
「そのお医者様が言うには、俺は何の病気にもかかっていないそうだ」
ヨーイチ
(今思えば、あいつもマツコとグルだったんだな)
ヨーイチ
(とはいえ、言ってることは間違っちゃいなかったが)
ヨーイチ
(なにせ、病気じゃなくて毒だったからな)
ウヅキ
「本当に、だいじょうぶなのですか?」
ヨーイチ
「ああ。医者を信じろよ」
ウヅキ
「…………」
ヨーイチ
「質問は、これくらいか?」
ヒカリ
「私からも1つ良いかな?」
ヨーイチ
「何だ?」
ヒカリ
「兄さんとの戦いのとき、大きな鎌の武器を出したよね?」
ヒカリ
「あれはダンジョンコアの力なの?」
ヨーイチ
「いや。あれは私物だ」
ヒカリ
「……そう」
ヨーイチ
「もう良いか?」
ヒカリ
「うん」
……。
一同は、食事を終えた。
ヨーイチは、空になったパンの袋を持ち、立ち上がった。
ヨーイチ
「教室戻るか」
アキラ
「そうだな」
ヨーイチに続き、他の4人も立ち上がった。
5人は校舎へと歩きはじめた。
するとすぐに、ヒカリが口を開いた。
ヒカリ
「オーカイン」
ヨーイチ
「うん?」
ヒカリ
「ちょっと、2人で話、良いかな?」
ヨーイチ
「分かった」
ヨーイチは足を止め、他の3人に言った。
ヨーイチ
「みんな、先に戻っててくれ」
ウヅキ
「いったい何の話ですか?」
ヒカリ
「ナイショの話だよ」
ウヅキ
「……そうですか」
ウヅキ
「行きましょう」
チナツ
「うん」
ウヅキたちは、ヨーイチを残して去った。
ヨーイチとヒカリだけが、中庭に残った。
ヨーイチはヒカリに向き直った。
ヨーイチ
「それで? 何の話だ? ケンザキ妹」
ヒカリ
「私の名前は、ケンザキ=ヒカリなんだけど」
ヨーイチ
「知ってるが」
ヒカリ
「…………」
ヨーイチ
「で?」
ヒカリ
「ちょっと言いにくい話なんだけどさ……」
ヒカリ
「きみ、毒を盛られてるかもしれない」
ヨーイチ
(ああ。その話か)
ヨーイチ
「知ってる」
ヒカリ
「えっ? 知ってるって……」
ヨーイチは、親指で胸をトントンと叩いた。
ダンジョンコアが有る位置だった。
レヴィ
「あ……んぅ……」
なぜかレヴィが、呻くような声を上げた。
ヨーイチ
(ナンデ?)
ヨーイチは、一瞬戸惑ったが、無視して話を続けた。
ヨーイチ
「コアが俺に教えてくれた」
ヒカリ
「……そっか」
ヒカリ
「ミト藩の騒動も、それが原因?」
ヨーイチ
「ノーコメントだ」
ヨーイチ
「どうして毒を盛られてるって、思ったんだ?」
ヒカリ
「だって君の体、明らかに普通じゃないし」
ヒカリ
「よくある話でしょ。大名とかその跡継ぎが、毒殺されるなんてさ」
ヨーイチ
「……そうか」
ヨーイチ
「よくある話か」
ありふれた話なのに、ヨーイチは、自分が置かれた状況に気付けなかった。
どれだけマヌケなのか。
ヨーイチは、自身の愚かさを笑った。
ヒカリ
「オーカイン?」
なぜ笑ったのか。
ヒカリは疑問を抱いたようだった。
ヨーイチは、彼女の疑問には答えなかった。
ヨーイチ
「とにかく、もう毒の心配はしなくて良い」
ヒカリ
「体、治るの?」
ヨーイチ
「完璧に治るかは分からんが、ちょっとずつ良くなっていくとは思う」
ヒカリ
「良かった」
ヨーイチ
「ありがとな」
ヒカリ
「ううん」
ヒカリ
「ちょっと気付くのが遅かったみたい」
ヒカリ
「ごめんね。何も知らずに、君のことを見下してた」
ヨーイチ
「気にすんな」
ヨーイチ
「俺も俺のこと、見下してたからな」
ヨーイチが、単に自虐的な性格だったというだけでは無い。
今のヨーイチには、オーサコとしての記憶も有る。
オーサコにとって、オーカインは、ゲームの最弱ボスだ。
弱すぎて、戦っても面白くない。
キャラクターとしても微妙だ。
事件を起こすまでは味方NPCなのだが、なぜかレベルがまったく上がらない。
なので、ダンジョン攻略では1ミリも役に立たない。
そのうえ勝手に主人公に嫉妬して、何故か化け物になって、あっさり死ぬ。
何が何だか分からない。
ネタキャラだとしか思えなかった。
さらに、オーカインの死後、ウヅキがゲームから退場してしまう。
婚約者を殺めたことが原因で、精神崩壊し、廃人と化して学校を去ってしまう。
その後は一切登場せず、消息不明となる。
『ウヅキ? あの子は死にましたね』
スタッフの1人が、インタビューで、さらっとそう言ったらしい。
オーサコは、そのインタビューを見たことは無かった。
だが、噂で聞いて、ふざけるなと思った。
ネタキャラみたいな奴のせいで、かわいいヒロインが1人減ってしまう。
普通はヒロインの心の傷を癒して、仲良くなっていくものではないのか。
それがJRPGというものではないのか。
当時ストーリーを進めていたオーサコは、このゲーム、シナリオ糞だなと思ったものだ。
ヒカリ
「……器用だね」
ヒカリ
「コアの方は、本当にだいじょうぶなの?」
ヨーイチ
「分からんが、俺はこいつに感謝してる」
ヨーイチ
「命の恩人だからな」
ヒカリ
「……そ」
ヒカリ
「また闇落ちするとかは勘弁してよね」
ヒカリ
「同じボスと2回戦うなんて、うんざりだからさ」
ヨーイチ
「そのときは、タイムアタックでもしろよ」
ヒカリ
「オーカインって、意外とゲーマー脳だね?」
ヨーイチ
「悪いか?」
ヒカリ
「ううん。思ったより気が合いそう」
ヨーイチ
「教室行くか」
ヒカリ
「そうだね」
2人は歩き出した。
ヨーイチは、途中のゴミ箱でパンの袋を捨て、教室に戻った。
そして5限目の授業を受けると、放課後になった。
ヨーイチ
(さて……)
ヨーイチ
(普通だったら、パーティでダンジョンに行く時間だが……)
ヨーイチはそう考え、仲間たちを見回した。
すると、ウヅキがヨーイチに近付いてきた。
それを見て、他の3人も集まってきた。
5人の距離が十分に近付くと、ウヅキは口を開いた。
ウヅキ
「ヨーイチ」
ウヅキ
「率直に言いましょう」
ウヅキ
「あなたはダンジョンに潜るべきではありません」
ヨーイチ
「……はい?」
ヨーイチ
「いきなり何言ってんだ?」
ウヅキ
「あなたの体は、荒事には適していません」
ウヅキ
「無茶は止めて、穏やかに余生を送るべきです」
ヨーイチ
「お断りだ」
ウヅキ
「どうしてですか?」
ウヅキ
「オーカイン家の財力が有れば、無理をしなくても、十分に暮らしていけるでしょう?」
ヨーイチ
「俺は、強くなるためにここに来た」
ヨーイチ
「ジジババみたいな暮らしで満足出来るなら、最初から冒険者なんか目指しちゃいねえよ」
ウヅキ
「……なれなかったではないですか」
ウヅキ
「ダンジョンに潜っても、あなたは強くなれなかった」
ウヅキ
「レベル1のままだった」
ウヅキ
「もう……諦めても良いのではないのですか?」
ヨーイチ
「まだだ」
ヨーイチ
「俺は、これから強くなる」
ウヅキ
「何を根拠に言っているのですか」
ヨーイチ
「そりゃあ企業ヒミツってヤツだ」
ヨーイチは、不敵に笑った。
そんなヨーイチに、ウヅキは冷めた視線を向けた。
ウヅキ
「お話になりません」
ヨーイチ
「そうかよ」
ウヅキ
「私たちは、4人でダンジョンに潜ります」
ウヅキ
「あなたはこれからの身の振り方を、考えておいてください」
ウヅキはパーティの方針を口にした。
ウヅキ1人で、決めて良いようなことでは無い。
ヨーイチは、他の仲間たちを見た。
ヨーイチ
「お前たちも、同じ意見か?」
アキラ
「俺は……」
最初に口を開いたのは、アキラだった。
アキラ
「オーカインの意見を、尊重するべきだと思う」
アキラは真っ向から、ウヅキに反対した。
ウヅキ
「アキラさん……!?」
アキラ
「あの体だ。心配になるのは分かる」
アキラ
「けど、お医者さんはだいじょうぶだって言ってるんだろ?」
アキラ
「それを無理に止める権利は、俺たちには無いと思う」
ウヅキ
「っ……」
ウヅキ
「ヒカリさんは……?」
ヒカリ
「私もだいたいは、兄さんと同じ意見かな」
これで2対1になった。
ヨーイチを含めれば、3対1になる。
チナツがウヅキの味方をしても、ヨーイチ側が多数派となる。
ウヅキ
「わ……」
ウヅキ
「私は認めませんからっ!」
ウヅキはそう言って、教室を出て行ってしまった。
ヒカリが呆れたように言った。
ヒカリ
「意外とワガママだね。ウヅキって」
ヨーイチ
「カワイイだろ?」
ヒカリ
「ソダネ」
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