その13「仲間と対話」
ヨーイチ
「売店で何か買ってくるから、先に行っててくれ」
ウヅキ
「お弁当は?」
ヨーイチ
「家庭の事情でな」
ウヅキ
「分かりました」
ヨーイチは、売店に向かうため、いったん4人と別れた。
それからパーティメンバー5人で、校舎の中庭に集まった。
中庭の中央には、噴水が有った。
5人は、噴水の縁に腰かけた。
その日は晴天で、空には青い月が見えた。
ヨーイチは、パンの袋を開けた。
ウヅキ
「……コッペパンですか?」
ヨーイチの昼食は、中身無しのコッペパンが2本だった。
一般的な学生の価値観で言っても、大ハズレだと言える。
ミトオーカイン家の長男の食事とは、とても思えない。
実に貧相だった。
ヨーイチ
「俺のフィジカルじゃ、欠食児童どもには勝てんかったわ」
人気商品は、数が限られている。
その奪い合いに勝つには、健康な肉体が必要だった。
今のヨーイチには存在しないモノだ。
フルーツジュースを入手出来たのが、せめてもの救いだった。
ウヅキ
「はあ。ご愁傷様です」
ウヅキ
「それで、話の続きを聞かせていただけますか?」
ヨーイチ
「良いぜ。何が聞きたい?」
アキラ
「なあ」
アキラが口を挟んだ。
アキラ
「家のこみいった話を、俺たちまで聞いて良いのか?」
ウヅキはヨーイチの婚約者だ。
身内と言っても良い。
アキラたちは、部外者だ。
藩の内情に関わるような話を、聞いても良いのか。
アキラはいまさら、それを疑問に思ったようだった。
ヨーイチ
「聞かれて困ることは、話さねーよ」
アキラ
「……なら良いが」
ヨーイチ
「それで?」
ウヅキ
「どうして急に、ヨーイチのお父様が、改易になったのですか?」
ウヅキ
「ミト藩の経営に、問題が有ったという話は、聞いたことがありませんが」
ヨーイチ
「父上とマツコが、あることをやらかした」
ヨーイチ
「そのやらかしが、オーカイン本家に知られることになった」
ヨーイチ
「それで父上は、藩主の座を追われることになった」
ウヅキ
「やらかしというのは?」
御三家の当主ともなれば、多少の乱行は見逃されるものだ。
実際、その息子であるヨーイチの罪も、揉み消された。
封建社会の習いとは、そのようになっている。
平民を殴りつけたとか、その程度のことでは、藩の立場は揺るがない。
下っ端の侍が同じことをすれば、俸禄を没収されることも有るだろう。
だが、大藩の藩主というのは、別格の存在だ。
特権階級だ。
その中でも、御三家はさらに特別だった。
改易に処されるというのは、よほどのことだと言えた。
いったい、どれほどのことが行われたのか。
ウヅキには想像が出来なかった。
ヨーイチ
「そこまでは話せない」
ヨーイチ
「本家が隠したいことを、ベラベラと話せるほど、偉い立場じゃ無いんでな」
ヨーイチ
「今話したことも、ここだけの話で頼むぜ」
ウヅキ
「……分かりました」
アキラ
「やっぱり、俺たちは聞かない方が良かったんじゃ……?」
ヨーイチ
「気にすんなよ」
ヨーイチ
「俺と一緒に、黒服のおにいさんたちに怯えようぜ」
アキラ
「……………………」
ウヅキ
「ショージくんは?」
ウヅキとショージは、一応の知り合いだった。
特別仲が良いわけでは無いが、不仲というわけでも無い。
ショージは外面は良い。
ウヅキに対しても、紳士的に接していた。
ウヅキだけでなく、ヨーイチ以外のほとんどの人に対して、ショージは温厚だった。
ショージの黒い部分を、ウヅキは知らなかった。
ヨーイチもべつに、それをバラしたいとも思わなかった。
ヨーイチ
「あいつは、今回の件には加担してなかった」
ヨーイチ
「けど、マツコの子供だからな」
ヨーイチ
「どこか海外に、送られることが決まった」
ウヅキ
「……そうですか」
ウヅキの表情が、少し曇った。
ショージに同情しているのかもしれなかった。
親の勝手のせいで振り回された、かわいそうな子。
ウヅキの中のショージは、そんな風になっているのかもしれない。
ヨーイチ
「聞きたいのはそれだけか?」
ウヅキ
「…………」
アキラ
「俺からも良いか?」
ヨーイチ
「どうぞ」
アキラ
「あの遠足の日、お前に何が有った?」
ヨーイチ
「……色々有ったがな」
アキラ
「どうしてダンジョンコアを盗んだ? あの青いオーラは? 戦いの技術は?」
ヨーイチ
(多いな)
どの質問に対し、どう答えるべきか。
ヨーイチは、少し悩んだ。
アキラはそこへ、さらに言葉を重ねてきた。
アキラ
「オーカイン。お前は……」
アキラ
「俺のことを、憎んでたのか?」
この質問は、答えやすい。
ヨーイチは、そう思った。
答えがストンと、ヨーイチの意識に落ちてきた。
ヨーイチ
「そうだな」
ヨーイチ
「お前のことは大嫌いだったよ」
ヨーイチは、率直にそう答えた。
アキラ
「…………!」
アキラは少し動揺した様子を見せ、さらに言葉を重ねた。
アキラ
「……どうしてだ?」
ヨーイチ
「顔」
ヨーイチは、1単語で答えた。
アキラ
「は……?」
アキラ
「顔?」
ヨーイチ
「顔」
アキラ
「なんで?」
ヨーイチ
「お前がイケメンで、女にモテそうだから嫌いだった」
アキラ
「本気か?」
ヨーイチ
「本気さ」
ヨーイチ
「イケメンのお前に、ウヅキを取られると思った」
アキラ
「俺は人の婚約者を、奪ったりはしない」
ヨーイチ
「良い奴だな」
ヨーイチ
「そういうところも大嫌いだった」
アキラ
「なんでだよ?」
ヨーイチ
「見た目だけじゃない」
ヨーイチ
「俺は心根の部分でも、お前に負けてる」
ヨーイチ
「そう思い知らされるのが嫌だった。けど……」
ヨーイチ
「気持ちに区切りはついた」
ヨーイチ
「今はもう、そこまでお前のことは、嫌いじゃねーよ」
ヨーイチはそう言うと、薄く笑った。
アキラ
「ちょっとは嫌いなのかよ」
ヨーイチ
「そりゃな」
アキラ
「…………」
ウヅキ
「待って下さい」
ヨーイチ
「ん?」
ウヅキ
「区切りがついたとは、どういうことですか?」
ヨーイチ
「俺とお前の婚約は、政略結婚だった」
ヨーイチ
「けど、俺はもう、大名の息子じゃなくなった」
ヨーイチ
「婚約は白紙になるだろう」
ヨーイチ
「お前を縛り付けておくものは、もう無い」
ヨーイチ
「だからさ……」
ヨーイチ
「好きなやつを、好きになれよ」
ウヅキ
「ヨーイチは、私が他の殿方と結ばれても、良いというのですか?」
ヨーイチ
「そんなもん、嫌に決まってんだろ」
ヒカリ
「未練タラタラじゃない?」
ヨーイチ
「嫌だけど、我慢して認めてやるって言ってんだよ」
ウヅキ
「……そうですか」
ウヅキ
「それでは私の好きなようにさせていただきます」
ヨーイチ
「そうしろ」
ヨーイチ
「それで、他の質問は? 何だっけ?」
チナツ
「遠足のこと」
ヨーイチ
「ああ……」
ヨーイチ
「俺はあの日、ダンジョンコアの声を聞いた」
チナツ
「どういうこと?」
ヨーイチ
「そのままの意味だ。ダンジョンコアが、俺に話しかけてきた」
ヒカリ
「ダンジョンコアって話すの?」
ヨーイチ
「そうらしい」
ヒカリ
「聞いたこと無いけど」
ヨーイチ
「そんなこと言われてもな」
ヨーイチ
「……本当なんだからしょうがない」
チナツ
「コアは君に、なんて言ってきたんだい?」
『貴様、暗いイシを持っているな』
『もし私たちをここから出してくれるのなら……』
『貴様の1番の願いを、叶えてやっても良いぞ?』
遠足の日、博物館で、コアはヨーイチにそう言った。
その声に従い、ヨーイチは、展示ケースを破壊した。
ヨーイチはそのときのことを、ウヅキたちに話した。
ヨーイチ
「……こんなところか」
ヨーイチ
「俺はガラスをぶち破って、ダンジョンコアに触れた」
ヨーイチ
「そして、1つになった」
アキラ
「どういうことだ?」
ヨーイチ
「内緒に出来るか?」
アキラ
「ああ」
ヨーイチ
「お前らも」
ウヅキ
「はい」
ヒカリ
「分かってるよ」
チナツ
「うん」
ヨーイチ
「…………」
ヨーイチは、噴水の縁から立ち上がった。
そして、4人の真ん中辺りへと向き直った。
ヨーイチ
「ちょっと寄れ」
ウヅキ
「はい」
ヨーイチの言葉を受け、4人はヨーイチに近付いた。
ヨーイチは、制服の裾を、下着ごとめくり上げた。
そこには病的に痩せた体と、青いダンジョンコアが有った。
ウヅキ
「え…………?」
アキラ
「お前……!」
ヒカリ
「うわぁ……」
チナツ
「…………」
4人の表情が揺れた。
ヨーイチは、裾を元に戻した。
骨と皮だけの体が、衣服によって隠された。
ヨーイチ
「見ての通りだ」
ヨーイチ
「俺の体は、ダンジョンコアと一体化してる」
アキラ
「してるって……」
アキラ
「大丈夫なのか? それ」
ヨーイチ
「一時期は、体を乗っ取られかけた」
ヨーイチ
「けど今は、俺に主導権が有るらしい」
ヒカリ
「どうやって主導権を握ったって言うの?」
ヨーイチ
「分からん。気付いたらこうなってた」
チナツ
「危険は無いってことかな?」
ヨーイチ
「そう思いたいがな」
アキラ
「つまりお前は、そのコアに操られて、あんな事をしたんだな?」
ヨーイチ
「半分はな」
チナツ
「半分?」
ヨーイチ
「ケンザキ……」
ヨーイチはじっと、アキラの両目を見た。
ヨーイチ
「俺は、お前に勝ちたかった」
ヨーイチ
「それが叶うなら、他はどうでも良いと思った」
ヨーイチ
「だから俺は、コアがもたらす衝動に、身を委ねた」
ヨーイチ
「それは俺の気持ちだ。俺のイシだ」
ヨーイチ
「全部コアのせいだったなんて、言うつもりはねーよ」
アキラ
「……そうか」
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