その12「通学と虚弱体質」



 家を出る前に、ヨーイチはフサコに声をかけた。



ヨーイチ

「学校に行って来ます」


フサコ

「ハイヤーの手配をいたしますね」


ヨーイチ

「今日は歩いて行きます」


フサコ

「だいじょうぶなのですか?」


ヨーイチ

「体調が良いんで、だいじょうぶだと思いますけど」


フサコ

「……御武運をお祈りしております」


ヨーイチ

「そんな大げさな」




 ……。




 通学路。



ヨーイチ

「はぁ……はぁ……」



 ヨーイチは、膝に手をつき、息を荒げていた。


 先日外出した時とは違い、彼はスクールバッグを手に持っていた。


 貧弱なヨーイチにとっては、ウェイトトレーニングを強いられているに等しかった。



ヨーイチ

「大げさじゃ無かったかも……」


レヴィ

「毒を盛られなくなったからといって、急に健康体になるわけではありませんからね」


ヨーイチ

「それもそうだ……」


レヴィ

「お助けしましょうか?」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「日常のことくらい……自力でやりたい……」


レヴィ

「分かりました」


ヨーイチ

「行くぞ……俺は行く……」


ヨーイチ

「学校にたどり着いてみせる……」



 ヨーイチは、膝から手をはなし、背筋を伸ばした。



チナツ

「オーカインくん?」



 女の声が聞こえた。


 ヨーイチは、声の方へと振り返った。



ヨーイチ

「……ミナクニか」



 桃髪の、背の高い女子が、そこに立っていた。


 ミナクニ=チナツ。


 ヨーイチのクラスメイトであり、パーティメンバーだ。


 公園での醜態を、見られた相手でもあった。


 当然だが通学中であり、学生服を着て、スクールバッグを手に持っていた。



チナツ

「うん。おはよう。オーカインくん」



 チナツは微笑みながら、ヨーイチに挨拶をしてきた。


 ヨーイチは、それを意外そうに見た。



ヨーイチ

「普通に……話しかけてくるんだな」



 ヨーイチは、呼吸も整わないままに、チナツに声をかけた。



チナツ

「うん?」


ヨーイチ

「あんな事が……有ったのにさ」



 ヨーイチは、犯罪者だ。


 レヴィに唆されたという事情は有る。


 だがそんなことは、チナツたちにとっては、知ったことでは無いだろう。


 怖がられたり、嫌悪感を抱かれたりするのではないか。


 彼女に出会う前のヨーイチは、そんな風に思っていた。



チナツ

「あのときのキミは、普通じゃ無かったからね」


チナツ

「頭ごなしの批難よりも、対話が必要だと思ったのさ」


ヨーイチ

「……そ」


チナツ

「それで、どうしたんだい?」


チナツ

「いつもは車で登校するのに、今日は歩きだなんて」


ヨーイチ

「運転手に……逃げられたのさ。暴君が……過ぎてな」


チナツ

「本当は?」


ヨーイチ

「今日は……体調が良いような……気がしたんだ」


チナツ

「そうなんだ?」


ヨーイチ

「錯覚……だったがな」


チナツ

「そう。手を貸そうか?」


ヨーイチ

「自力で……なんとかする」


チナツ

「見栄を張らなくて良いのに」


ヨーイチ

「男の子はな……見栄を張るのが……お仕事なんだよ……」


チナツ

「女の子で良かった」


ヨーイチ

「親に……感謝するんだな……」


チナツ

「そうだね。もう居ないけど」


ヨーイチ

「……そうなのか。悪い」


チナツ

「ううん。気にしてはいないよ。昔のことだし」


ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは話すのを止め、前進を始めた。



チナツ

「…………」



 チナツはヨーイチの隣を、彼と同じ速さで歩いた。



ヨーイチ

「何……やってんだ……?」


チナツ

「何って? 別に、何もしていないけど」


ヨーイチ

「とっとと……先に行ったら……どうなんだ……?」


チナツ

「冷たいね」


チナツ

「同じパーティの仲間だろう? たまには一緒に登校しようじゃないか」


ヨーイチ

「……遅刻するぞ。俺に……付き合ってると」


チナツ

「大遅刻、2人ですれば、怖くない」


チナツ

「そんなコトワザが有ったよね。たしか」


ヨーイチ

「無いが?」


チナツ

「遅刻が嫌なら、頑張ろう」


チナツ

「ほら。おいっちにーおいっちにー」



 チナツは妙な掛け声と共に、手を大きく振った。



ヨーイチ

「気が抜けるんだが……」




 ……。




 幕府立オーカ冒険者学校。


 その校舎内。


 ヨーイチはチナツと共に、クラスの教室にたどり着いた。



チナツ

「すいません。遅刻しました」


ヨーイチ

「……しました」


マサユキ

「どうした? 2人揃って」



 担任で国語教師のトツカ=マサユキが、不思議そうに2人を見た。


 クラスメイトの視線も、2人に集まった。


 その中には、アキラやウヅキの視線も有った。



チナツ

「実は、通学の途中で、苦しんでいる少年を見つけまして」


チナツ

「オーカインくんの事ですが」


ヨーイチ

「……どうも。苦しんでいる少年です」


マサユキ

「いつものハイヤーはどうしたんだ?」


ヨーイチ

「今日からは、歩こうと思いまして」


ヨーイチ

「おかげで遅刻しましたけど」


マサユキ

「まあ良い。早く座れ」


チナツ

「はい」



 2人は自分の席へと向かった。



ヨーイチ

「ふぅ……」



 ヨーイチはぐったりと、机に体重を預けた。



ノリヒロ

「重役出勤か。良いご身分だな。オーカイン様は」



 生徒の1人が呟いた。



ヨーイチ

「…………」



 わざと聞こえるように言ったのだろう。


 その声は、ヨーイチの耳にも届いていた。


 何かを言い返そうとは、ヨーイチには思えなかった。




 ……。




 やがて、1限目の授業が終わった。



ウヅキ

「ヨーイチ」



 ウヅキが立ち上がり、ヨーイチに声をかけてきた。


 アキラとヒカリも、ヨーイチに近付いてきた。



ヨーイチ

「ん?」


アキラ

「おはよう。オーカイン」


ヒカリ

「…………」


ヨーイチ

「……おはよう」


ウヅキ

「よく平然と、顔を出せましたね」


ヨーイチ

「ズル休みした方が良かったか?」


ウヅキ

「そうは言いません」


ウヅキ

「ですが、みんな知っていますよ」


ウヅキ

「あなたが博物館でしたことを、クラスの皆が知っています」


ヨーイチ

「……派手にやったからな」


ヒカリ

「けど、ニュースにはならなかったみたいだね」


ヒカリ

(別のニュースは盛大にやってたけど)


ヨーイチ

「揉み消したのさ。お家の力でな」


ヒカリ

「堂々と言うことかなあ?」


ヨーイチ

「ここだけの話にしといてくれ」


ウヅキ

「今ので皆が聞いてしまいましたよ」


ヨーイチ

「それは困ったな」


ウヅキ

「……………………」


ウヅキ

「あなたに聞きたいことは、色々と有りますが……」


ウヅキ

「まずは謝罪をしてください」


ヨーイチ

「……それもそうだな」


ヨーイチ

「ごめん。みんな」



 ヨーイチは椅子に座ったまま、まっすぐに頭を下げた。



ウヅキ

「……はい」


ヨーイチ

「それで、何が聞きたい?」


ウヅキ

「無茶をしたようですが、体はだいじょうぶなのですか?」


ヨーイチ

「今日死ぬか死なないかって意味なら、だいじょうぶだと思うぞ」


ウヅキ

「……そうですか」


ウヅキ

「先日よりは、顔色は良く見えますね」


ヨーイチ

「だろ?」


ウヅキ

「どうしてミナクニさんと一緒に、登校をしてきたのですか?」


ヨーイチ

「2番目の質問がそれか?」


ウヅキ

「いけませんか?」


ヨーイチ

「別に」


ヨーイチ

「……妬いたか?」


ウヅキ

「はい」


ウヅキ

「それで、質問の答えは?」


ヨーイチ

「偶然だよ」


ヨーイチ

「たまたま通学路で会って、それで一緒に来た」


ウヅキ

「一緒に遅刻したのも、たまたまですか?」


ヨーイチ

「いや。付き合いが良いみたいだな。あいつは」



 ヨーイチは、チナツの方を見た。


 それに気付いたチナツが、近付いてきた。



チナツ

「何? どうかした?」


ヨーイチ

「別に。朝の話をしてたのさ」


ヨーイチ

「ウヅキが嫉妬するんでな」


チナツ

「そうなんだ?」


チナツ

「ボクとオーカインくんは、ただの友人だからね。誤解しないで欲しいな」


ウヅキ

「……はい」


ヒカリ

「変わったね」


ウヅキ

「何がですか?」


ヒカリ

「ううん。ウヅキのことじゃなくてさ」


ヒカリ

「オーカインって、前はもっと卑屈な感じだったのに」


ヒカリ

「今はなんだか、堂々としてる」


ヒカリ

「君……本当にオーカイン?」



 問いかけられ、ヨーイチはヒカリを見返した。



ヨーイチ

(……こいつもデフォ顔だな)



 ヨーイチは、ヒカリの顔を見て、そう思った。


 その容姿は見事なまでに、ダンプラのデフォルト設定だった。


 アキラとは双子の兄妹なのだから、顔が似ているのは当然かもしれない。


 兄がデフォ顔なら、妹もデフォ顔なのは、自然の摂理だろうか。


 それはそれとして、ダンプラのプレイヤーとしては、その顔に思うところは有った。



ヨーイチ

「キャラメイク、サボってんじゃねーぞ」



 ヨーイチはつい、そう漏らしてしまった。



ヒカリ

「えっ?」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

「ここ数日で、色々とあったからな。そりゃ、変わるさ」



 ヨーイチは自身の失言を、強引にごまかした。



ウヅキ

「…………」


ウヅキ

「ミト藩のことを、聞いても良いですか?」



 ウヅキは、ヨーイチが予想していた質問を、ようやく口にした。


 あれだけニュースになったのだ。


 聞かれないはずが無い。


 ヨーイチはそう思っていた。



ヨーイチ

「俺に話せる範囲でなら」


ヨーイチ

「けど、今は止めといた方が良いかもな」


ヨーイチ

「聞き耳を立ててる連中が、大勢居るみたいだからな」



 ヨーイチがそう言うと、クラスメイトの何人かが、気まずそうに顔を背けた。


 大ニュースの渦中の人物が、クラスに居るのだ。


 気になるのも仕方が無いことだろう。



ウヅキ

「それなら、お昼休みにでも話を聞かせてください」


ヨーイチ

「分かった」




 ……。




 授業をこなしていると、昼休みになった。


 ウヅキは弁当箱を持ち、ヨーイチに近付いてきた。


 他の仲間たちも、同様に集まってきた。



ウヅキ

「どこで食べましょうか?」


ヨーイチ

「中庭か屋上かな」


ウヅキ

「屋上は、風が強いですよ」


ヨーイチ

「なら中庭だな」


ウヅキ

「分かりました」



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