その11「義理の家族と別れ」




ヨシキ

「そんな人たちと関わりが有るの?」


ヨーイチ

「そうですね」


ヨシキ

「事件を起こしたのも、それが理由?」


ヨーイチ

「そんなところです」


ヨシキ

「いけないよ。そんな人たちと関わったら」


ヨーイチ

「まあ、普通はそうなんでしょうね」


ヨーイチ

「けど俺にとっては、命の恩人でもありますから」


ヨーイチ

「簡単に、縁を断つというわけにもいきません」


ヨシキ

「ヨーイチくん……」


ヨシキ

「あまり悪いことをされると、君を庇えなくなる」


ヨーイチ

「あんな乱暴なことをするのは、あれが最後です」


ヨーイチ

「2度としません」


ヨシキ

「……約束だよ?」


ヨーイチ

「はい。フユザトノミヤの名に誓って」


ヨシキ

「うん……」


ヨシキ

「毒を盛られているというのは、確かな事なんだね?」


ヨーイチ

「はい。証拠も有ります」


ヨシキ

「見せてもらえるかな?」


ヨーイチ

「どうぞ」



 ヨーイチは、ポケットに手を入れた。


 そこから携帯と、ビニール袋を取り出した。


 彼は携帯を持ったまま、ビニール袋をローテーブルに置いた。


 袋には、透明な小瓶が入っていた。


 小瓶の中には、液体が入っているのが見えた。


 液体は、薄い緑色をしていた。



ヨーイチ

「これが、あの女が隠していた毒です。それと……」



 ヨーイチは、携帯を操作し、画面をヨシキに向けた。


 携帯は、動画を再生していた。


 そこにマツコが映っていた。


 動画の中のマツコは、ポケットから小瓶を取り出し、中身を料理に混ぜていた。


 その料理は、今日の朝食だった。



ヨーイチ

「あの女が、俺の食事に、毒を入れる様子です」


ヨーイチ

「それと、俺の体を検査すれば、きっと毒が見つかると思います」


ヨーイチ

「……俺を助けてもらえますか?」


ヨシキ

「当たり前だ」



 ヨシキは真剣な顔で、そう断言した。



ヨーイチ

「ありがとうございます。それと……」


ヨーイチ

「ショージは、父上の子供かもしれません」


ヨシキ

「…………!」


ヨシキ

「あいつ……そんなまさか……」



 ヨシキは、今までになく狼狽した様子を見せた。


 ヨーイチの父、ヨーゾーが再婚したのは、ヨーイチが小学生の頃だ。


 だが、ショージはヨーイチと同い年だ。


 ショージがヨーゾーの息子なら、再婚より前に、ヨーゾーはマツコと通じていたことになる。


 不貞だ。


 ヨーイチの母、セツナへの裏切りだった。


 当時のマツコには、婚約者が居たというのに……。


 裏切りが有ったと分かれば、セツナの死因にすら、疑問が生じてくる。


 ヨシキにとって、セツナは愛娘だ。


 連中の行いは、許せるものでは無かった。



ヨーイチ

「…………」


ヨシキ

「……ヨーイチ君」


ヨシキ

「後のことは、僕たちに任せて欲しい」



 ヨシキの表情は、ヨーイチが部屋に入ってきた時とは、まるで違っていた。


 ヨシキに鬼が宿った。


 ヨーイチには、そのように思えた。


 ヨーイチが、真実を知らせたから、こうなってしまった。


 そのことが少し、心苦しかった。


 だが、ヨーイチからすれば、人生がかかっていることだ。


 仕方が無いことだと思った。



ヨーイチ

「ありがとうございます」



 ヨーイチは、深く頭を下げた。




 ……。




 同日の夕刻。


 ヨーイチの自宅前。


 マツコが黒服の男たちに、連れ去られようとしていた。



マツコ

「この! 放しなさいよ! 私を誰だと思っているの!?」


黒服

「…………」



 マツコが抗議しても、黒服たちは動じなかった。


 機械的にマツコを連行していった。



ショージ

「この……! 母上に触れるな……!」



 ショージも抵抗しようとしたが、同様にとりおさえられていた。


 なすすべなく、黒服たちに連れ去られようとしていた。



ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、2人が連れられていく様を、黙って見ていた。


 5年以上の時を、同じ家で過ごした。


 たとえ辛く当たられても、家族なのだと思っていた。


 敵だと気付けなかった。


 ヨーイチの心情は、複雑だった。


 ざまあみろと言ってやるような元気は無かった。


 立ち尽くすヨーイチの姿に、ショージが気付いた。



ショージ

「貴様……!」



 ショージはヨーイチを睨みつけた。



ショージ

「貴様のせいだな!? 貴様が、汚い陰謀で、俺たちを……!」


ヨーイチ

(汚いのはどっちだよ)



 ヨーイチはそう思ったが、何も言わなかった。


 口論をするような気分では無かった。


 少し泣きたかった。



ショージ

「許さないぞ……!」


ショージ

「俺はお前を許さないからな……!」



 マツコとショージは、それぞれ別の車に乗せられた。


 すぐに車は発進した。


 2人は何処かへと、連れ去られていった。



ヨーイチ

「おじいさま。あの2人はどうなりますかね?」



 ヨーイチは、隣に立つヨシキに、声をかけた。



ヨシキ

「あの女は、2度と日の当たる所には、出てこられないだろう」


ヨーイチ

「ショージは?」


ヨシキ

「……君はどうして欲しい?」


ヨーイチ

「俺の害にならないのなら、どうでも」


ヨシキ

「それなら、どこか国外にでも、行ってもらうことにしよう」


ヨーイチ

「……はい」


ヨーイチ

「父上は、どうなりましたか?」


ヨシキ

「今回の件に関わっていたことを、白状させた」


ヨシキ

「オーカイン本家は、大激怒」


ヨシキ

「ミトオーカイン家は、取り潰しになる」


ヨシキ

「ミト藩は、本家の者が継ぐことになるようだ」


ヨーイチ

「改易というやつですか」


ヨシキ

「……うん」


ヨシキ

「それに伴って、君は、ミト藩の跡取りでは無くなる」


ヨシキ

「さすがに、幕府の人事にまでは口を出せなかった。すまない」



 多少の建前は有るとはいえ、アシハラの国は、政教分離国家だ。


 皇族は、アシハラにおける宗教の部分を担っている。


 政治を担うオーカイン幕府を、自由に操ることは、皇族にも出来ない。



ヨーイチ

「構いません」


ヨーイチ

「あのままいっても、俺は跡取りにはなれなかったと思いますから」



 毒のせいも有ったとはいえ、ヨーイチは無能だった。


 元から藩主を継げるとは、思っていなかった。


 それは、父ヨーゾーの意図でも有っただろう。


 あの男は、ヨーイチの母よりも、後妻を愛していたはずだから。


 愛する女が産んだ子に、跡を継がせたいと思うのが、親心というものだろう。


 だから、ヨーイチの立ち位置は、これまでと変わらない。


 ヨーイチには、そうとしか思えなかった。



ヨシキ

「……生活面で、君に苦労をさせるつもりは無い」


ヨシキ

「困ったことが有ったら、何でも言って欲しい」


ヨーイチ

「はい。ありがとうございます」


ヨシキ

「君はこれから、どうするつもりなのかな?」


ヨシキ

「もし、進路面で望むことが有れば……」


ヨーイチ

「学校に行きます。明日から」


ヨーイチ

「俺は学生ですからね」


ヨシキ

「……そう」


ヨシキ

「それが良いかもしれないね」


ヨーイチ

「はい」


ヨーイチ

「今日は本当に、お世話になりました」


ヨシキ

「ううん」


ヨシキ

「君が置かれていた立場に、今まで気付いてあげられなかった」


ヨシキ

「連中の言葉を、鵜呑みにしてしまっていた」


ヨシキ

「本当に……すまない」


ヨーイチ

「いえ。助かりました」


ヨシキ

「ちゃんとご飯を食べるんだよ?」


ヨーイチ

「はい。それでは」



 ヨーイチは、ヨシキに頭を下げると、家に向かった。



フサコ

「…………」



 玄関前に、フサコの姿が有った。



フサコ

「あの、ヨーイチ様」


フサコ

「私はいったいどうすれば……」



 雇い主であるはずのマツコが、捕縛されてしまった。


 ならば、フサコの立ち位置はどうなるのか。


 彼女はそれを、不安に思っている様子だった。



ヨーイチ

「今まで通り、仕事をしていただければ結構です」



 ヨーイチは、藩主の長男だ。


 十分な額の金銭を、与えられていた。


 メイド1人を雇うなど、容易かった。


 この広い家を、ヨーイチだけで管理するのは辛い。


 フサコの雇用を継続することに決めた。



ヨーイチ

「……ああ、そういえば、料理は出来ますか?」


フサコ

「はい。もちろんです」


ヨーイチ

「それでは、朝晩の食事をお願いします」


フサコ

「分かりました」


フサコ

「今晩から作れば良いですか?」


ヨーイチ

「お願いします」


フサコ

「メニューはいかがしますか?」


ヨーイチ

「別に……」


ヨーイチ

「なんでも」


ヨーイチ

(毒が入ってなけりゃな)



 ヨーイチは、家に入った。


 それからなんとなく、ショージの部屋に入った。


 机の上に、開かれたままの教科書が有った。


 明日からも、同じ毎日が続いていく。


 ショージはそう思っていたのだろう。



ヨーイチ

(こういうのって、辛いな)



 ヨーイチは、教科書を閉じた。




 ……。




 夕食の時間になった。


 ヨーイチはいつものように、自室で食事を済ませることにした。


 テレビをつけると、ニュース番組が映し出された。



「本日夕刻、幕府により、ミトオーカイン藩主の改易が、発表されました」


「改易の原因に関して幕府は、藩主の力量不足が原因だと述べています」


「その他の詳しい事情に関しては、明らかになっていません」


「御三家の改易という、前代未聞の事態に……」



ヨーイチ

「ニュースでやってるのかよ」



 ヨーイチは、事件の当事者だ。


 思わず顔をしかめてしまった。


 そこへ、レヴィが話しかけてきた。



レヴィ

「さすがに、藩主の首をすげかえるのに、内緒とはいかないみたいですね」



 ミトオーカイン家は、将軍家の分家で、御三家と呼ばれている。


 そしてミト藩は、石高3000万ジュエルを超える大藩だ。


 小企業の、社長の首をすげかえるようには、いかないらしかった。



ヨーイチ

「けど毒の話は……さすがにおおやけには出来んか」


レヴィ

「そうですねぇ」


ヨーイチ

「……俺の体、元に戻るかな?」


レヴィ

「少しずつ、良くなっていくとは思いますよ」


レヴィ

「完全に元に戻るかどうかは、分かりませんけど」


ヨーイチ

「……そうか」


ヨーイチ

(生きてるだけでも儲けもんかな)



 ヨーイチは、食事を終えた。


 食後の時間をのんびりと過ごし、風呂に入り、眠った。


 その翌朝。


 ヨーイチは朝食を終え、学校の制服にソデを通した。



ヨーイチ

「行きますか。学校」


レヴィ

「はい。お供いたします」


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