その8「夕食と真実」




ヨーイチ

「ショージのことか? 弟だよ。あいつは」


レヴィ

「弟なのに、あんなにえらっそうなんですか?」


ヨーイチ

「まあ、そういう弟も居るさ」


ヨーイチ

「あいつは俺よりも優秀だしな」


レヴィ

「兄より優れた弟など存在しませんよ」


ヨーイチ

「居るに決まってるだろ。何言ってんだよお前は」


レヴィ

「……優秀って、勉強が出来るってことですか?」


ヨーイチ

「全部だよ」


ヨーイチ

「勉強も、運動も、人望も、見た目も、習い事も、何もかも、全部」


レヴィ

「そんなことは無いと思いますけど」


ヨーイチ

「お世辞はいい」


レヴィ

「お世辞では無いです」


レヴィ

「あるじ様は、とても強いイシをお持ちです」


レヴィ

「ダンジョンコアであるこの私を、屈服させたのですから」


ヨーイチ

「凄いのか? それって」


レヴィ

「私にとっては」


レヴィ

「あるじ様は、世界一のあるじ様ですよ」


ヨーイチ

「そりゃどうも」



 レヴィアタンは、独特の価値観を持っているらしい。


 ……人では無いからだろうか。


 ヨーイチは、そう考えた。


 貶されるのと比べれば、慰めにもなる。


 だが、それがどうしたという気分でもあった。


 彼女に褒められたところで、世間の評価は変わらない。


 閉じた世界の、虚しい称賛のように思えた。



ヨーイチ

(……勉強でもするか)



 彼女の言葉を真に受けるより、現実の自分を高めるべきだろう。


 ヨーイチはそう考え、勉強机に向かった。


 机に備え付けられた本棚から、学校の教科書を手に取り、開いた。


 電子では無い、紙の本だった。


 いまどきは紙よりも、電子書籍の方が人気が有る。


 だが、教科書の電子化はされなかった。


 その理由に関しては、諸説有る。


 リスクの分散だとか、印刷文化の保護だとか。


 何が正解なのかは、ヨーイチは知らなかった。



レヴィ

「勤勉ですね」


ヨーイチ

「頭悪いからな」


ヨーイチ

「マジメにやらないと、落第しちまう」


ヨーイチ

「実技の方も、ボロボロだしなぁ」


レヴィ

「実技というのは、ダンジョン実習ですか?」


ヨーイチ

「ああ」


ヨーイチ

「このガリガリの体じゃ、まともに戦えないらしくてな」


ヨーイチ

(アリーナチャンピオンだった俺が、なんてザマだ)



 ヨーイチの心中に、一瞬そんな考えが浮かんだ。


 その感情は、今のヨーイチには不要なものだった。


 今は、落ち着いて勉強するべきだ。


 闘志など、何の役にも立たない。


 勉強すら疎かにしてしまえば、本当のロクでなしになってしまう。


 ヨーイチはそう考え、教科書へと意識を向けた。



レヴィ

「向いてないって分かってるのに、冒険者学校に入学したんですか?」



 レヴィは、さらに質問を重ねてきた。



ヨーイチ

(勉強したいんだがな……)


ヨーイチ

(まあ、ちょっとくらいは良いか)


ヨーイチ

「……強くなりたかったんだよ」


ヨーイチ

「ダンジョンで、敵のEXPを吸収したら、レベルが上がる」


ヨーイチ

「そうしたら、俺でも強くなれる」


ヨーイチ

「病弱な自分から、抜け出せる」


ヨーイチ

「そう……思ってた」


ヨーイチ

「けど、駄目だった」


ヨーイチ

「どうしてだか、俺はレベルが上がらなかったんだ」


レヴィ

「レベルが上がらなかった……?」


ヨーイチ

「ああ」


レヴィ

「ちょっと良いですか?」


ヨーイチ

「何が?」


レヴィ

「…………」



 レヴィアタンはふよふよと、ヨーイチとの距離を詰めた。


 そして、ヨーイチの頬に手を伸ばした。



ヨーイチ

「おい……っていうか、さわれるのか?」



 レヴィアタンの手が、ヨーイチの頬に触れていた。


 彼女の手は、柔らかい。


 ヨーイチは、確かにそう感じていた。


 それは骨ばったヨーイチの頬などよりも、よっぽど肉感的だった。



レヴィ

「はい…………」



 レヴィアタンはヨーイチに触れたまま、彼をじっと見つめた。



レヴィ

「これは…………」



 レヴィアタンの表情が、険しくなった。



ヨーイチ

「なんなんだよ?」



 どうしてそんな顔を、されなくてはならないのか。


 ヨーイチには、まったく心当たりが無かった。



レヴィ

「いえ……」



 レヴィアタンはそう言って、ヨーイチから離れた。



ヨーイチ

「なんでも無いのかよ?」



 ヨーイチの問いに、彼女は答えなかった。



レヴィ

「…………」



 険しい表情のまま、あさっての方向を見ていた。


 キッチンが有る方角だった。



ヨーイチ

「…………?」


ヨーイチ

(俺のレベルが上がらない理由でも、分かるのかと思ったが……)


ヨーイチ

(そう都合良くはいかねーかよ)


ヨーイチ

(そもそも、こいつ敵だしな)


ヨーイチ

(俺にウヅキたちを襲わせた、敵だ)


ヨーイチ

(まあ何割かは、俺自身の気持ちだったわけだが)


ヨーイチ

(それでもな……)


ヨーイチ

(こいつを無条件に信じるのも、良くないか……?)


ヨーイチ

(……勉強しよ)



 ヨーイチは、勉強を続けた。


 前日が遠足だったので、宿題は既に終わらせていた。


 入院した分、授業に遅れないように、教科書を読むことにした。


 ぼんやりと、目で活字を追った。


 意味はあまり、頭には入ってこなかった。




 ……。




 こんこん。


 部屋のドアがノックされた。


 続いて、ドアの向こうから、女性の声が聞こえてきた。



フサコ

「ヨーイチ様。お食事の用意が出来ました」


ヨーイチ

「入ってください」



 ヨーイチが許可を出すと、ドアが開いた。


 サムライメイドのアキモト=フサコが、お盆を手に、部屋の中へと入って来た。


 フサコは60過ぎの老女だ。


 やや小柄で、鼻が高い。


 髪は灰色。


 老けてそうなったのではなく、武士としての体質だった。


 体には、メイド服を着用していた。


 左手首には、オリハルコンリングが見える。


 既婚者で、既に孫が居る。


 旦那はミト藩の侍らしい。


 息子に家を継がせ、今は隠居しているという話だ。


 武士というだけあって、フサコの背筋はしっかりとしていた。


 きれいな姿勢で歩き、手に持ったお盆を、食事用の小テーブルに乗せた。


 お盆の上には、夕飯がのせられていた。


 今夜のメインディッシュは、ハンバーグのようだった。


 アシハラの夕食らしく、パンではなくライスが添えられていた。


 スープも味噌汁だった。


 味噌汁の色は濃い。


 赤味噌のようだった。



フサコ

「失礼します」


ヨーイチ

「ありがとうございます」



 用が済み、フサコは去った。



レヴィ

「…………」



 レヴィアタンは黙ったまま、料理に近付いていった。


 そして、手をかざした。


 レヴィアタンは手を引くと、フサコが去った方を見た。



レヴィ

「あの女、始末しますか?」


ヨーイチ

「は? いきなり何言ってんだ?」


ヨーイチ

「血に飢えてんのかよ? バケモノだから」



 ヨーイチはそう言いながら、椅子から立ち上がった。


 勉強机から、食事用テーブルに移動した。


 そして、箸を手に取った。




レヴィ

「毒が盛られていますよ」




ヨーイチ

「……………………」


ヨーイチ

「は?」



 思いもしなかった言葉に、ヨーイチは硬直した。



レヴィ

「その食事には、毒が混ぜられています」


ヨーイチ

「嘘言うなよ」



 ヨーイチは箸を置き、レヴィアタンを睨んだ。



ヨーイチ

「何のためだよ」


ヨーイチ

「いまさら俺を毒殺して、誰に何の得が有るんだよ?」



 ヨーイチは、自身を落ちこぼれだと認識していた。


 ミトオーカイン家を継ぐことも、出来ないだろう。


 ミト藩の藩主には、なれない。


 そんな自分を排除するメリットが、ヨーイチには思い浮かばなかった。



レヴィ

「いまさらではありません」


ヨーイチ

「…………?」


レヴィ

「あるじ様。あなたは……」


レヴィ

「幼い頃は、そのような御体では、無かったのではないですか?」


ヨーイチ

「それは……」


レヴィ

「その食事に含まれた毒には、一部の栄養の吸収を、阻害する効果が有ります」


レヴィ

「筋肉の発達を妨げ、脳からは集中力を奪います」


レヴィ

「それだけではありません」


レヴィ

「その毒は、EXPの吸収すらも阻害してしまうのです」


ヨーイチ

「待てよ。まさか、それは……」


ヨーイチ

「俺のレベルが上がらないのも……毒のせいだっていうのか……?」


レヴィ

「はい」


レヴィ

「あなたはずっと昔から、毒を盛られ続けていたのですよ。あるじ様」


ヨーイチ

「そんな……」



 ヨーイチは、崩れ落ちそうになった。


 だが、椅子の背もたれが、上手く彼を受け止めてくれた。


 ヨーイチは、背もたれに体重を預け、脱力した。



ヨーイチ

「……………………」


レヴィ

「それで、どうしますか?」


ヨーイチ

「……何をだよ?」


レヴィ

「あの、食事を運んできたメイドです」


レヴィ

「あるじ様の御体に、毒を盛るなど、万死に値します」


レヴィ

「今すぐに、あの女を始末してきても、よろしいですか?」


ヨーイチ

「やめろ……!」


レヴィ

「……そうですね」


レヴィ

「あるじ様に疑いがかからぬよう、家から離れたタイミングを狙いましょう」


ヨーイチ

「違う……! そういうことじゃない……!」


レヴィ

「毒を盛るような賊に、同情していらっしゃるのですか?」


ヨーイチ

「違う……違うんだ……」


レヴィ

「…………?」


ヨーイチ

「家のメイドは……1年ごとに……別の人に代わってる……」


ヨーイチ

「俺の体が悪くなったのは……1年よりもずっと前だ……」


ヨーイチ

「だから……」


ヨーイチ

「母上なんだ」


ヨーイチ

「家の食事は……全部母上が作ってる……」


ヨーイチ

「料理が好きだからって言って……」


レヴィ

「どうしてですか?」


レヴィ

「どうして母親が、子供を殺すようなことを……」


ヨーイチ

「血が……つながってない……」


ヨーイチ

「母上は……後妻なんだ……」


ヨーイチ

「俺の本当の母上が死んで、すぐに再婚したんだ」


ヨーイチ

「ショージの奴も、連れ子で……」


ヨーイチ

「けど……俺は……」


ヨーイチ

「それでも家族だと思ってた……」


ヨーイチ

「だけど……違ったんだな……」


ヨーイチ

「この家で、俺はただの邪魔者だった」


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