その7「レヴィアタンと義理の母」



ヨーイチ

(というか、今の今まで気配を感じなかった)


ヨーイチ

「お前は何者だ……?」



 ヨーイチは、少女を観察した。


 少女は、変わった格好をしていた。


 服の布地は、水着よりもぴったりと、彼女の体に張り付いていた。


 そして何より、露出が多かった。


 胸や股間など、重要な部位は隠されてはいた。


 だが、谷間や太ももを見せようという、デザイナーの意図らしきものが見て取れた。


 現実にこの格好で出歩けば、痴女扱いされてもおかしくはない。


 もっとも、JRPGのキャラクターとしては、そこまでおかしな格好でも無いのだが。



ヨーイチ

(このアホみたいな格好は、重要キャラなのか?)


ヨーイチ

(けどこんなやつ、ダンプラに居なかったぞ)



 少女はふよふよと、ベッドの正面側に移動した。


 そして言った。



レヴィ

「私はレヴィアタン」


レヴィ

「あるじ様に仕え、尽くし、愛する者です」


ヨーイチ

「レヴィアタン……。リヴァイアサンか?」


ヨーイチ

(ニホンのオタクには馴染み深い名前だな。いろいろと)


レヴィ

「間違ってはいませんけど」


ヨーイチ

「名前は分かったが、俺に仕えるってのは、どういうことだよ?」


レヴィ

「私は最初、不遜にも、あるじ様の体を乗っ取るつもりでいました」


レヴィ

「ですが、それは上手くいきませんでした」


レヴィ

「あるじ様の強いイシが、私のイシを上回ったのです」


レヴィ

「私のイシは、完全にあるじ様に屈服しました」


レヴィ

「もはや私の全ては、あるじ様のモノです」


ヨーイチ

「…………?」


ヨーイチ

(いきなりそんなこと言われてもな……)


ヨーイチ

「どういう存在なんだよ? お前は」


レヴィ

「私はかつて、ダンジョンコアだった物です」


ヨーイチ

「ダンジョン……?」


レヴィ

「あるじ様は、昨日のことを覚えていらっしゃいますか?」


ヨーイチ

「昨日は……学校の遠足だった」


ヨーイチ

「同じ学年のみんなと、博物館に行った。そして……」


ヨーイチ

「そこに、ダンジョンコアが展示されていた」


レヴィ

「はい」


レヴィ

「そこで私は、あるじ様を誘惑しました」


ヨーイチ

「俺は、ダンジョンコアを盗んで、逃げた」


レヴィ

「はい。私があるじ様を、操ったのです」


レヴィ

「そして、同化した」


ヨーイチ

「同化……」



 ヨーイチは、胸に熱いものを感じた。


 パジャマのボタンを外し、胸を露出させた。


 そして、窓ガラスを見た。


 ヨーイチの胸が、そこに映っていた。


 ガリガリのあばら骨が、あらわになっていた。


 まるで補給を得られなかった、飢え死に寸前の兵士のようだ。


 病的な痩せ方だった。


 だが、最も異常なのは、痩せた体では無かった。


 ヨーイチの胸の中央、胸骨の有る部分。


 そこに、縦長の青いイシが埋まっていた。



ヨーイチ

「この胸のイシが、お前の本体ってわけか」



 ヨーイチは、窓ガラスを見ながら尋ねた。



レヴィ

「はい」


ヨーイチ

「どうして俺を選んだ?」


レヴィ

「それは、あるじ様の中に、強い嫉妬のイシが有ったからです」


レヴィ

「私は、それを持たない者とは、同化することが出来ないのです」


ヨーイチ

「嫉妬か……」


ヨーイチ

「俺は、つらかった」


ヨーイチ

「ウヅキとケンザキの、距離が近付いていくのが」


ヨーイチ

「俺はウヅキのことが好きで、ケンザキには、何一つ勝てなかった」


レヴィ

「あるじ様……」


レヴィ

「私たちダンジョンコアは、人の心の闇につけこみます」


ヨーイチ

「名前どおりの悪魔というわけか」


レヴィ

「……そうですね」


レヴィ

「大きな違いは、無いのかもしれません」


ヨーイチ

「何がしたかったんだ?」


ヨーイチ

「俺の体を乗っ取って、暴れて、それが何になる?」


レヴィ

「滅び」


レヴィ

「それが私の望みでした」


ヨーイチ

「いかにも、ゲームのボスキャラって感じだな」


レヴィ

「ゲーム……?」


ヨーイチ

「いや……」


ヨーイチ

(こんな変な奴にとっても、この世界は現実なんだな)



 ヨーイチは、そう考えた。


 そのとき……。


 病室の戸が、開いた。


 廊下の方から、中年の女が1人、入って来た。


 女の髪は、紫のセミロングで、前髪を分け、額を見せていた。


 体には、グレーのスーツを着用していた。


 背は高く、顔の小さいモデル体型だった。


 女の名は、オーカイン=マツコ。


 ヨーイチの義理の母親だ。



マツコ

「…………」


ヨーイチ

「母上……」



 ヨーイチは、レヴィアタンを見た。


 珍妙な女が、ヨーイチの隣で浮いている。


 この女のことを、どう説明すれば良いのか迷った。



ヨーイチ

「その……」


レヴィ

「大丈夫ですよ」



 レヴィアタンが、のほほんと言った。



レヴィ

「私のことは、あるじ様にしか見えていないので」


ヨーイチ

(なら良いが……)



 ヨーイチは、緊張を解いた。


 そんなヨーイチの内面など知らず、マツコは口を開いた。



マツコ

「事件のことは、揉み消しておいたわ」


ヨーイチ

「え……?」


マツコ

「ミトオーカインの長男が、盗難事件を起こしたなんて……」


マツコ

「そんな醜聞、新聞には載せられないものね」


ヨーイチ

「……そうですか」


ヨーイチ

「このことは、父上には?」


マツコ

「もちろん、伝わっているわ。覚悟しておきなさい」


ヨーイチ

「……はい」


マツコ

「それで……」



 マツコは、露出したヨーイチの胸を見た。


 そこには相変わらず、青いイシが有った。



マツコ

「その胸の魔石は、どうなっているのかしら?」


ヨーイチ

「医者が診たんじゃないんですか?」


マツコ

「良いから答えなさい」


ヨーイチ

「……ダンジョンコアらしいですよ。これは」


マツコ

「あなたが盗んだ物ね?」


ヨーイチ

「はい」


マツコ

「どうしてダンジョンコアを盗んだりしたの?」


マツコ

「お金には、困ってなかったはずでしょう?」


ヨーイチ

「欲しかったのは、金じゃありません」


マツコ

「どういうこと?」


ヨーイチ

「コアが俺に、語りかけてきたんですよ」


ヨーイチ

「願いを叶えてやるから、ここから逃がせと」


ヨーイチ

「俺はその声に魅入られた。それだけです」



 なんとも荒唐無稽な話だ。


 ヨーイチは、そう思わざるをえなかった。


 だが、都合の良い作り話など、思い浮かばない。


 真実を、そのままに語るしかなかった。


 ヨーイチの話を聞いても、マツコは笑わなかった。



マツコ

「コアに、意思が有るとでも言うの?」



 真剣な顔で、そう尋ねてきた。


 その問いに、ヨーイチは、胸のイシを叩いてみせた。


 そのイシは完全に、ヨーイチと一体化していた。



ヨーイチ

「逆に、俺個人の力で、こんなことが出来ると思いますか?」



 ヨーイチは、医者でも研究者でも無い。


 ただの愚鈍な高校生だ。


 人体と魔石を融合させるなど、不可能だった。



マツコ

「……それもそうね」



 マツコはヨーイチの言葉に、納得した様子を見せた。



マツコ

「他のコアは、どうしたの?」


ヨーイチ

「他?」


マツコ

「コアは、全部で6つ有った」


マツコ

「あなたは、そのうちの、5つを持ち去ったはずよ」


マツコ

「その胸のイシを含めてね」


ヨーイチ

(俺はイシを……どうしたんだっけ?)



 ヨーイチは、当時のことを思い出そうとした。


 だが、記憶はぼんやりとして、曖昧だった。


 精神が、コアの影響を受けたせいかもしれない。


 それを抜きにしても、ヨーイチは頭が良くない。


 過去のことを思い出すのは、苦手だった。


 コアを誰かに渡した。


 そんな気もする。


 だが、渡した相手が誰なのかすら、分からない。


 そうなると、本当にコアを渡したのかも、自信が無くなる。


 渡したのでは無く、落としたのかもしれない。



ヨーイチ

「……分かりません」


マツコ

「分からない?」


ヨーイチ

「記憶がハッキリしないんです。本当に」


マツコ

「……まあ良いわ」


ヨーイチ

「良いんですか?」


マツコ

「あんな石ころ、レプリカと入れ替えておけば、誰も気付かないでしょう」


ヨーイチ

(うーん……?)



 そうかもしれないが、それで良いのだろうか。


 ヨーイチは首をかしげた。



マツコ

「帰るわよ。支度をしなさい」


ヨーイチ

「分かりました」



 ヨーイチは、学校の制服に着替えた。


 そして、マツコと共に病院を出て、駐車場に向かった。


 駐車場には、マツコの車が有った。


 赤いスポーツカーだった。


 その車で、ムサシノ南部に有る自宅に帰った。


 そこは本来は、ヨーイチの父が持つ別荘だった。


 学校が近いという理由で、春からそこに引っ越してきていた。


 父親とは、別居になった。


 ヨーイチは、マツコに続いて、自宅の玄関を通った。



フサコ

「お帰りなさいませ」


ショージ

「母上、お帰りなさい」



 青髪の美男子と、老いたメイドが、2人を出迎えた。


 男子の方は、ヨーイチの弟のショージだった。



マツコ

「ただいま。ショージ」


ヨーイチ

「……ただいま」



 ヨーイチは、帰りの挨拶をした。


 ショージはヨーイチに、冷たい視線を向けた。



ショージ

「ふん。お前も居たのか」


ヨーイチ

「そりゃ居るさ」


ショージ

「黙れ。耳が腐る」


ヨーイチ

「そうかよ」



 ヨーイチは、冷めた表情で、あさっての方向を見た。


 今までどおりであれば、もっと卑屈に接していたかもしれない。


 だが、オーサコの記憶が混じったことで、彼は図太くなっていた。



ショージ

「お前……」



 ヨーイチの対応を、ショージは意外そうに見た。



ヨーイチ

「何だ?」


ショージ

「何でもない。とっとと失せろ」


ヨーイチ

「へいへい」



 ヨーイチは靴を脱ぎ、廊下を歩き、自室へと入った。


 中には大型テレビや、最高級の家具などが並べられていた。


 ひとめ見れば、金持ちの部屋だと分かる。


 床に転がったゲーム機が、かろうじて、子供らしさをアピールしていた。


 ヨーイチは、一直線にベッドに向かった。


 そして、寝転がった。


 ふかふかだった。



ヨーイチ

「はぁ……」



 ヨーイチは、仰向けで脱力した。



レヴィ

「感じ悪いですね。あいつ。何なんですか?」


ヨーイチ

「うおっ!?」



 突然空中に、レヴィアタンの姿が現れた。



ヨーイチ

「レヴィアタン……?」


レヴィ

「はい。あなたのしもべ、レヴィアタンです」


ヨーイチ

「いつの間に……」


レヴィ

「私の本体は、あるじ様と同化していますからね」


レヴィ

「私は常に、あるじ様と共に在ります」


ヨーイチ

「常にって、風呂とかトイレもか?」


レヴィ

「お世話をさせていただきますね」


ヨーイチ

「何のだよ!?」


レヴィ

「ふふふ」


ヨーイチ

「消えられねーのか? お前」


レヴィ

「出来ますけど……」


レヴィ

「そんなさみしいこと、言わないでください」


ヨーイチ

「それは……」


ヨーイチ

(こいつの姿は、俺にしか見えないんだよな)


ヨーイチ

(ある程度は構ってやらないと、かわいそうか)


ヨーイチ

「消えなくて良いけど、風呂とかトイレとかには入って来るなよ」


レヴィ

「はい。了解しました」


ヨーイチ

「分かったなら良い」


レヴィ

「それで、何なんですか? あいつ」




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