その9「完食と就寝」




ヨーイチ

「さて……」



 ヨーイチは、背もたれに体を預けながら、手付かずの料理を眺めた。



ヨーイチ

「とりあえず、この料理をどうするかな……?」



 レヴィアタンに、毒が入っていると言われた。


 素直に食べる……なんて選択肢は無かった。


 ならば、どうするべきか。



ヨーイチ

「今日くらいなら、食欲無いって残しても良いけど」


ヨーイチ

「2日も続いたら、バレるよな」


ヨーイチ

「俺が毒に勘付いたって、バレちまう」


ヨーイチ

「食べたフリして、トイレにでも捨てるかな?」


ヨーイチ

「バレるか?」


ヨーイチ

「トイレが詰まって、バレちまうかもなあ……」



 ヨーイチが、回らない頭で考えていると、レヴィアタンが口を開いた。



レヴィ

「私がなんとかします」


ヨーイチ

「出来るのか?」


レヴィ

「はい。ちょちょいのちょいです」



 レヴィアタンは、料理に手をかざした。


 すると、料理が淡く輝いた。



レヴィ

「料理の中から、毒物だけを取り除きました」


ヨーイチ

「へぇ~。器用だな」



 感心しつつ、ヨーイチの心中には、一抹の疑念が有った。



ヨーイチ

(……本当か?)


ヨーイチ

(こいつは本当に、俺を助ける存在なのか?)



 レヴィアタンは、敵ではないのか。



ヨーイチ

(俺に害意が有るなら、毒の話をする必要も無かったよな?)


ヨーイチ

(そもそも、毒が嘘って可能性は無いのか?)


ヨーイチ

(どうなんだ……?)



 ヨーイチは、少し考えた。


 マツコとショージは、ヨーイチに冷たかった。


 レヴィアタンは、ヨーイチに優しい。


 彼女を信じたい。


 そう思ってしまった。



ヨーイチ

(自分に優しくしてくれる奴を、信じたい)


ヨーイチ

(歴史モノとかだと、完全にバカ殿の考えだな)


ヨーイチ

(耳に痛い話をしてくる奴が、良い家臣だったりするワケだ)


ヨーイチ

(そういう家臣を、愛人とかの言葉を真に受けて、処刑しちゃったりするワケだ)


ヨーイチ

(そんなバカ殿かな。俺は)


ヨーイチ

(……良いか。バカ殿でも)


ヨーイチ

(信じたいな。こいつを)



 深い理由は無かった。


 だが、ヨーイチは、レヴィアタンを信じることに決めた。




ヨーイチ

「ありがとな。レヴィアタン」




レヴィ

「あっ……」


レヴィ

「光栄です。あるじ様」



 レヴィアタンは、満面の笑みをヨーイチに向けてきた。



ヨーイチ

(何がそんなに嬉しいのやら)



 ヨーイチは、箸を持ち直した。


 そして料理に箸を伸ばした。


 最初に漬物をつまみ、ポリポリと噛んだ。


 それからライスを1口食べ、味噌汁のお椀を手に取った。


 味噌汁の具は、大根だった。


 味噌汁を啜ると、ヨーイチは椀を置いた。


 次に、ハンバーグを箸で割き、口へと運んだ。


 特製ソースと肉汁の味が、ヨーイチの舌に広がった。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(いつもより、美味いかな?)



 毒の問題を除けば、マツコの料理は絶品だった。




 ……。




 ヨーイチは、夕飯を完食した。



ヨーイチ

「ごちそうさまでした」



 手を合わせ、背もたれに体を預けた。


 少しゆっくりしたい。


 そんな気分だった。


 それに水を差すかのように、レヴィアタンが声をかけてきた。



レヴィ

「これからどうしますか? あるじ様」


ヨーイチ

「どうって……」


レヴィ

「お望みであれば、義理の母親を、始末してご覧にいれます」


ヨーイチ

「止めてくれ」


ヨーイチ

「平凡なニホン人の俺に、人殺しは荷が重い」


レヴィ

「ニホン?」


ヨーイチ

「いや……。アシハラ人だったな」


ヨーイチ

「とにかく、殺しは無しだ」


レヴィ

「あの女を、そのままにしておくのですか?」


ヨーイチ

「……そういうわけにはいかんよな」


レヴィ

「報いは受けさせるべきです」


ヨーイチ

「別に、怒りは無いんだけどな」


ヨーイチ

「ただ、悲しいだけだ」


ヨーイチ

「それでも……自分の身は守らねーとな」


レヴィ

「はい」


ヨーイチ

「父上にでも、相談してみるかな」


ヨーイチ

(最後に会ったのは、1ヶ月近く前だけど……)


ヨーイチ

(さすがに、毒殺されそうだって言ったら、助けてくれるよな?)


レヴィ

「それは、止めておいた方が良いかもしれません」


ヨーイチ

「え? どうしてだよ?」



 ヨーイチは、意外そうにレヴィアタンに尋ねた。



レヴィ

「1つお尋ねしますが……」


レヴィ

「弟さんの父親は、誰ですか?」


ヨーイチ

「知らない」


ヨーイチ

「マツコは、結婚前に妊娠が発覚して、婚約が破談になったって聞いた」


ヨーイチ

「で、嫁の貰い手が無かったのを、父上が引き取ったって」


ヨーイチ

「それが?」


レヴィ

「……似ています」


ヨーイチ

「何が?」


レヴィ

「あるじ様と、弟さんがです」


ヨーイチ

「は? 似てないだろ?」


ヨーイチ

「俺はこんなガリガリで、ショージの奴は……」


レヴィ

「似ていますよ」


レヴィ

「青い御髪も目の形も、良く似ています」


レヴィ

「まるで、本物の兄弟のように」


ヨーイチ

「そんなまさか……」


レヴィ

「比較対象は、あなたで無くても良い」


レヴィ

「父親の若い頃の姿と、弟さんが似ていたりはしませんか?」


ヨーイチ

「似てる……かもしれない」


ヨーイチ

「けど、そんなのは、個人の印象で……」


レヴィ

「ショージという名前は、漢字だとどう書くのですか?」


ヨーイチ

「……こうだ」



 ヨーイチは、勉強机からメモ帳を手に取り、そこに『松二』と書いた。



レヴィ

「あるじ様には、他のご兄弟はいらっしゃいますか?」


ヨーイチ

「居ないけど」


レヴィ

「なるほど」


レヴィ

「あの女にとっての長男なのに、名前に二の字が入るんですね?」


レヴィ

「はたして、誰にとっての二なのでしょうか?」


ヨーイチ

「あ……」



 長男に二の字が入るというのは、無いことでは無い。


 だが、今のヨーイチに、レヴィアタンの言葉は、それらしく聞こえた。


 ヨーイチは、彼女に心を許してしまっている。


 嘘を言われているとも思えなかった。



レヴィ

「私は」


レヴィ

「父親に頼るのは、止めておいた方が良いかと思われます」


ヨーイチ

「……………………」


ヨーイチ

「わかった」


レヴィ

「誰か他に、頼れる御方はいらっしゃいませんか?」


ヨーイチ

「居る」


ヨーイチ

「けどその前に、はっきりとした証拠を見つけたい」


ヨーイチ

「レヴィアタン。お前、物は動かせるか?」


レヴィ

「はい。このように」



 レヴィアタンは、ヨーイチに手を伸ばした。


 ヨーイチは身動きせず、それを受け入れた。


 レヴィアタンの指が、ヨーイチの髪に触れた。


 人差し指が、ヨーイチの髪を持ち上げた。


 生身の人間がそうした時と、なんら違いは見られなかった。



レヴィ

「普通の人間に出来ることは、全て私にも出来ます」


レヴィ

「どうぞ、なんなりとお申し付けください」


レヴィ

「私は全力をもって、それを成し遂げましょう」


ヨーイチ

「良し」


ヨーイチ

「今日はもう遅い。明日になったら働いてもらうぞ」


レヴィ

「御意のままに」



 ヨーイチは、勉強を再開した。


 少しするとお風呂に入り、また勉強をした。


 やがて、眠る時間になった。


 ヨーイチは壁のスイッチを押し、部屋の明かりを消した。


 そして、ベッドに入った。



レヴィ

「もうお休みですか?」


ヨーイチ

「ああ。お休み。レヴィアタン」


レヴィ

「はい」


ヨーイチ

「……レヴィアタンって長いよな」


レヴィ

「そうかもしれませんね」


ヨーイチ

「略して呼んで良いか? レヴィとか」


レヴィ

「はい。もちろんです」


ヨーイチ

「それじゃ、レヴィで」



 ヨーイチは、ベッドの上で目を閉じた。


 すると、もぞもぞと何かが動く気配を感じた。



ヨーイチ

「ん……?」



 ヨーイチは、目を開け、右側を見た。



レヴィ

「…………」



 レヴィが布団に入ってきているのが見えた。



ヨーイチ

「レヴィ?」


レヴィ

「夜伽を務めさせていただきます」



 レヴィは、はにかんでそう言った。



ヨーイチ

「いらん」



 ヨーイチは即答した。



レヴィ

「私ていどでは、ご不満ですか?」


ヨーイチ

「別に、不満とかじゃねーけど」


ヨーイチ

「俺は、ウヅキのことが好きだから」


ヨーイチ

「ウヅキ以外の女と、そういう関係になりたくない」


レヴィ

「……あんな女の、何が良いのですか?」


ヨーイチ

「あんな女……?」



 ヨーイチは、レヴィを睨みつけた。


 彼にとって、ウヅキは聖域だ。


 軽んじられることを、許すことは出来なかった。



レヴィ

「っ……! 申し訳有りません……!」



 レヴィは怯えたように言った。



レヴィ

「ですが、彼女はあるじ様のことを、平然と攻撃していました」


ヨーイチ

「それは仕方ねーだろ」


ヨーイチ

「あの時の俺は、正気じゃ無かった」


ヨーイチ

「止めるには、力づくしか無かった」


ヨーイチ

「ウヅキは悪くねーよ」


レヴィ

「……そうですか」


ヨーイチ

「頼むから、俺の前で、あいつを悪く言わないでくれ」


レヴィ

「……はい」


ヨーイチ

「……それとな」


ヨーイチ

「俺、立たねーから」


レヴィ

「えっ?」


ヨーイチ

「女の相手するとか、どっちにせよ無理だぞ」


レヴィ

「毒のせいですか」


ヨーイチ

「多分な」


レヴィ

「それでは、添い寝だけに留めさせていただきます」



 レヴィはそう言って、ヨーイチに体を寄せた。



ヨーイチ

「出てけ」


レヴィ

「あうっ!?」



 ヨーイチは、少し乱暴に、レヴィをベッドから追い出した。


 やがて、夜が明けた。



レヴィ

「あるじ様。あるじ様」



 レヴィはヨーイチを起こそうと、何度も彼に声をかけた。



ヨーイチ

「……朝か」



 ヨーイチは目蓋を開くと、目を動かして、レヴィの姿を探した。


 彼女はすぐに見つかった。



レヴィ

「はい。おはようございます」



 ヨーイチとレヴィの目が合った。



ヨーイチ

「そうか」



 ヨーイチは、なぜかほっとした気分になった。


 それを顔には出さず、ヨーイチは体を起こした。



ヨーイチ

「手筈通り、働いてもらうぞ。レヴィ」



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