その6の1「釣りとコンボ」




 ヨーイチの表情が、引き締められた。



ヨーイチ

「すぅ……はぁ……」



 ヨーイチは深呼吸と共に、神経を研ぎ澄ませていった。


 アキラにはそれが、理性的な行動のように感じられた。


 アキラはヨーイチに、再び声をかけた。



アキラ

「しょうきにもどったのか?」


アキラ

「オーカイン。話を……」


ヨーイチ

「……………………」



 ヨーイチは眼光によって、アキラの話を遮った。


 聞く耳など持たない。


 ヨーイチの瞳は、アキラにそう語っていた。



アキラ

「駄目なのか……?」



 ヨーイチの両眼は、闘志に満ちていた。


 決着をつけない限りは、何も答えてはくれないのかもしれない。


 アキラには、そのように思われた。



アキラ

「俺が勝ったら、話を聞かせてもらうぞ」


アキラ

「良いな? オーカイン」


ヨーイチ

「俺に勝つ……?」


ヨーイチ

「負けねえよ」



 ヨーイチは、アキラに戦意を向けた。



アキラ

「……ああ!」



 アキラは微笑んだ。


 少年らしいコミュニケーションが、成立した。


 それだけで、なんとなく嬉しくなっていた。



アキラ

「俺だって負けないからな!」



 アキラは微笑と共に、大剣を構え直した。


 ヨーイチは、そんなアキラの様子を、冷徹に観察していた。


 相手も感情すらも、読み合いの材料にする。


 ヨーイチは、そんな勝負の鬼へと変化していた。


 もはや、アキラへの嫉妬すら、いずこかへと消えていた。


 俺の方が強い。


 俺が勝つ。


 俺が最強だ。


 それさえ証明出来れば、後のことは、どうでも良かった。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(集中しろ……)


ヨーイチ

(相手を見ろ。視線を、動きを、心を)


ヨーイチ

(二度と舐めた真似を許すな)


ヨーイチ

(デスサイズが有れば、俺は誰にも負けない)


ヨーイチ

「…………」


アキラ

「…………」



 ヨーイチは、集中力を高めきった。


 すると、アキラの心が見えたような気がした。



ヨーイチ

(踏み込みのタイミングをはかってるって感じだな。なら……)



 ヨーイチは、デスサイズを振った。


 横の大振り。


 強スラのモーション。


 空振りだった。



アキラ

「っ……!」 



 差し返しの機会だったはずが、アキラは動かなかった。


 それを見て、ヨーイチはもう1度、デスサイズを空振りした。



ウヅキ

「アキラさんは、差し返しませんでしたね」


ヒカリ

「出来なかったんだよ」


ヒカリ

「デスサイズへの差し返しは、高等技術なんだ」


ヒカリ

「攻撃が来ると読んで、意識を集中していないと出来ない」


ヒカリ

「けど、1度攻めが通ったことで、兄さんの意識は、攻めの方に向いてた」


ヒカリ

「それを、オーカインに読まれた」


ヒカリ

「差し返しが無いって分かれば、オーカインはまた、好きなように強スラを触れる」


ヒカリ

「そして、強スラの空振りを見たことで、兄さんの意識は、再び差し返しに寄る」


ヒカリ

「だけど、攻めたいって気持ちも、捨てきれない」


ヒカリ

「果たしてどちらを狙うのが正しいのか」


ヒカリ

「気持ちを揺さぶられて、兄さんの中には迷いが生じてる」


ヒカリ

「意識が濁ってる」


ヒカリ

「すると……」


ヨーイチ

「ふぅ……!」


アキラ

「…………!」



 ヨーイチは、闘気を用い、地面を蹴った。


 ヨーイチとアキラの距離が、ぐっと縮まった。


 お互いの手が、お互いの体に、届く距離だった。


 ヨーイチは自身の手を、アキラの胸に当てた。



ヨーイチ

「爆裂掌」



 ヨーイチは、呪文を唱えた。


 それはヨーイチのクラスである猫騎士にとって、ゆいいつの攻撃呪文だった。


 ヨーイチの手のひらから、爆炎が放たれた。


 青い爆炎が、アキラを吹き飛ばした。



アキラ

「がっ……!?」



 バリアの硬直のおかげで、受身を取ることは出来ない。


 アキラはごろごろと、地面を転がっていった。



ウヅキ

「…………!」


ヒカリ

「揺さぶりによって、兄さんは、読みを絞れなくなった」


ヒカリ

「読みを絞らないというのは、グーチョキパーのどれも出さないのと同じだ」


ヒカリ

「だから、オーカインの側から見れば、グーチョキパーのどれだって通る」


ヒカリ

「近接呪文は、彼に出せる最大火力だったはず」


ヒカリ

「グミチョコレートパインの、チョコレートを通したってことだね」


チナツ

「地方によっては、パイナップルの方が強いらしいよ」


ヒカリ

「そうなんだ? グミ不遇だね」


ウヅキ

「そんなことを言っている場合ですか……!?」


ヒカリ

「んー……」



 ヒカリの視線の先では、立ち上がったアキラが、再び剣を構えていた。


 ヒカリは兄を見ながら言った。



ヒカリ

「兄さんは、まだまだ大丈夫だと思うよ」


ウヅキ

「本当でしょうね?」


ヒカリ

「悲しいかな。身に纏っている魔力に、差が有りすぎる」


ヒカリ

「アレを7回は決めないと、兄さんは倒れないよ」


ヒカリ

「まだまだ盤面は、兄さんに有利だ」


ヒカリ

(まあ、ステータスが互角なら、オーカインが勝つんだろうけど)


ヒカリ

(大剣使い相手に、密着の間合いまで踏み込むなんて、素人に出来ることじゃない)


ヒカリ

(兄さんは、完全に心を読まれてた)


ヒカリ

(オーカインの立ち回りは、アリーナのランカークラスだ)


ヒカリ

(レベル1のあいつが、どうして……)


ヒカリ

(月みたいに青い、オーラの力?)



 ヒカリは、首をほとんど動かさず、目の動きだけで空を見上げた。


 いつもと変わらず、そこには満月が有った。


 青い月明かりが、ヒカリたちを照らしていた。


 その色は、ヨーイチが放つオーラの色に、よく似ていた。



ヒカリ

(それとも、彼は私と同じ……)


ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、再び強スラをはなった。


 アキラの立ち位置は、ギリギリでデスサイズの射程内だった。


 アキラの大剣に、デスサイズが軽く当たった。


 一瞬だが、2人の体が硬直した。


 武器を打たれるだけでも、魔力干渉が起き、アキラの魔力は削られていく。



アキラ

「…………」



 ダメージを受けつつも、アキラの精神は、少し落ち着いてきていた。



アキラ

(……次にオーカインが、歩き以外の動きを見せたら、斬る)


アキラ

(大振りも、ダッシュも、それで咎められる)



 アキラは、次の1手を決めた。


 差し返しで倒す。


 ダッシュが来ても、斬り伏せる。


 2点読みだ。


 些細なダメージは、リターンのためのリスクとして受けいれる。


 そう決意して、意識を集中させた。


 アキラはきりりとした顔で、ヨーイチを見た。


 そんなアキラの表情を、ヨーイチは観察していた。


 アキラの感情を、読み取っていた。


 対戦ゲームにおいて、心を読まれることよりも恐ろしいことは無い。



ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

(弱スラ)



 ヨーイチは、いつもより小さく、デスサイズを振った。


 弱スラッシュのモーションだった。



アキラ

「はあっ!」



 ヨーイチがデスサイズを振るのを見て、アキラは踏み込んだ。


 そして、大剣を振った。



ウヅキ

「あっ……!」


ヒカリ

「釣られた」



 アキラの踏み込み強スラは、ヨーイチにガードされていた。


 ヨーイチがはなった弱スラは、隙が小さい。


 最速で差し返されても、ガードが間に合った。


 ヨーイチの、狙い通りだった。


 2人の体を、強い硬直が襲った。




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