その5「パーフェクトモーションと差し返し」




ウヅキ

「えっ……?」


アキラ

「俺は……オーカインの悩みに気付けなかった……!」


アキラ

「ここで逃げたら……! もう一生分かり合えない!」



 ヨーイチが理不尽に、アキラを襲っている状況だ。


 楽な手段で鎮圧しても、誰も文句は言わないだろう。


 だが、アキラの独特な価値観では、安易な戦法に走れば、相手から逃げたことになるらしい。


 アキラは大剣を構え、ヨーイチと対峙し続けた。



ウヅキ

「アキラさん……」


ヒカリ

「相変わらず、暑苦しいね。兄さんは」


チナツ

「けど、どうするんだい?」


ヒカリ

「いざとなったら、チナツの魔術で対処しよう」


ヒカリ

「まずは2人の決着を、見守れば良いんじゃないかな?」


チナツ

「アキラくんは、勝てるだろうか?」


ヒカリ

「勝つと思うけどね」


ウヅキ

「どうして?」


ヒカリ

「それは、兄さんだからだよ」


チナツ

「信頼してるんだね。アキラくんのことを」


ヒカリ

「……まあ」


ヒカリ

「別に、ブラコンとかじゃ無いからね?」


ウヅキ

「聞いてませんけど」


ヒカリ

「……そだね」


ヒカリ

(2人の戦力を、冷静に評価してるだけだし)


ヒカリ

(まあ心情的にも、ガリカインには勝って欲しく無いけど)


ヒカリ

(デスサイズは神聖なものだ)


ヒカリ

(お前ごときが使って良い武器じゃないんだよ。ガリカイン)



 ヒカリは内心でヨーイチを侮蔑しながら、彼の動きを観察した。



ヒカリ

「…………」


ヒカリ

「あれ……?」



 ヒカリは思わず声を漏らした。



チナツ

「どうかした?」


ヒカリ

「『パーフェクトモーション』だ……」


ウヅキ

「ヨーイチがですか? 『グッドモーション』ではなく?」



 ダンプラには、独自のシステムが有る。


 それぞれの武器に、『正しい振り方』が、いくつも設定されている。


 その『振り方』のことを、『モーション』と呼ぶ。


 この世界の武器は、決められたモーションで振らないと、機能を十全に発揮できない。


 全力で斬りかかっても、モーションが間違っていれば、威力は出ない。


 間違ったモーションでは、パーフェクトなモーションの、1割も威力が出ない。


 また、正解に近いモーションは、グッドモーションと判定され、それなりの威力が出る。


 それがダンプラの戦闘システム、『パーフェクトモーションシステム』だった。


 そして、武器を正しいモーションで振るには、毎日の修練が必要だった。


 ヒカリの目に映るヨーイチは、完璧なモーションで、デスサイズを振り続けていた。


 グッドモーションやパーフェクトモーションが成立すると、武器の魔石が光る。


 また、グッドとパーフェクトでは、魔石の光り方が、僅かに異なる。


 ヒカリの目は、その僅かな違いを、見逃さなかった。



ヒカリ

「うん……」


ヒカリ

「あいつは、強スラのパーフェクトモーションを、出し続けてる」



 スラとは、スラッシュの略だ。


 ダンプラでは、斬りつける基本モーションのことを、スラッシュと呼ぶ。


 基本モーションは、3段階ある。


 弱中強。


 ヨーイチが使っているのは、スラッシュの中で最も大振りな、強スラッシュだった。


 ヨーイチは、右から左へ一文字に、デスサイズを振るっていた。


 傍目には単調にも見えるが、洗練され、隙が無い。



ヒカリ

「得意武器の槍ですら、満足に扱えないのに……」


ヒカリ

「どうして特殊武器のデスサイズの、パーフェクトモーションを出せるの……?」



 槍を使っていた頃のヨーイチは、無様なものだった。


 パーフェクトはおろか、グッドモーションすら出せてはいなかった。


 それが今、デスサイズのパーフェクトモーションを連発している。


 異常事態だと言えた。



チナツ

「あの青いオーラが、何か関係しているのかな?」



 ヨーイチの体からは、ずっと青いオーラが、立ちのぼり続けていた。


 それは、何らかの力を持っているに違いなかった。



ヒカリ

「そうかもしれないけど……」



 ヒカリは、納得がいかない様子だった。


 一方、ヨーイチに立ち向かうアキラは、反撃が出来ず、じわじわと追い詰められていた。



アキラ

「くっ……!」



 勝機を欲したアキラは、地面を強く蹴り、跳躍した。


 アキラは武士だ。


 侍だ。


 このアシハラの国を支配する、特権階級だ。


 彼の体には、常人を遥かに超える、強い力が宿っていた。


 すなわち、闘気と魔力。


 闘気は武士に、人並み外れた身体能力を与える。


 闘気のこもった足で、アキラは身長以上の高さに跳んだ。


 強スラの届かない空中から、ヨーイチに襲いかかるつもりだった。



ウヅキ

(跳んだ)



 ウヅキはそう思った。



ヒカリ

(跳ばされた)



 ヒカリには、それが分かっていた。



ヨーイチ

(飛翔斬。強)



 ヨーイチも、地面を蹴った。


 空中のアキラに対し、跳躍と共に、下から斬りつけた。


 それは飛翔斬と呼ばれる、特殊モーションだった。


 そして当然のように、それはパーフェクトモーションだった。


 鋭い斬撃が、アキラを襲った。



アキラ

「ぐっ……!」



 アキラは大剣を操り、ヨーイチの攻撃を受けた。


 デスサイズの刃が、アキラの大剣に衝突した。


 パーフェクトモーションの飛翔斬強は、空中の相手を吹き飛ばすことができる。


 たとえ、相手が防御をしていようとも。



アキラ

「うああああっ!」



 アキラの体が、後方へと弾かれた。


 しばらくの間、魔力干渉の影響で、アキラの体が硬直した。



アキラ

「っ……!」



 硬直が解けたアキラは、なんとかバランスを取り、両足で地面に着地した。



チナツ

「アキラくん……!」


ヒカリ

「だいじょうぶ。ガードはしたし、そんなにダメージは無いよ」


ウヅキ

「本当ですか?」


アキラ

「…………」



 アキラはすぐに、ヨーイチに向かっていった。


 戦意は十分なようだった。



ヒカリ

「デスサイズの飛翔斬強は、完全対空になる」


ヒカリ

「その代わり、威力はそこそこだ」


ヒカリ

「あくまでも、相手の跳びを咎めるだけの技で、ダメージソースじゃ無いんだ」


ヒカリ

「それに、レベル差も有るしね」


ウヅキ

「なるほど。ですが、どうすれば……?」


ウヅキ

「大鎌のモーションが高性能すぎて、アキラさんには打てる手が無いのでは?」


ヒカリ

「有るよ。難しいけど」


ヒカリ

「兄さんなら、出来るんじゃないかなあ?」


チナツ

「いったいどうするんだい?」


ヒカリ

「『差し合い』という奴さ」


ヒカリ

「昔ながらのね」


チナツ

「…………?」


ヒカリ

「見ていれば分かるよ」


ヒカリ

「兄さんも、それに気付いてるはずだから」


ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、ひたすらにデスサイズを振った。


 右から左へ。


 一直線に、定められたモーションで。


 単純なはずの戦法が、アキラを追い詰めていく。


 そのように見えた。


 だが、ヨーイチがデスサイズを空振りした、次の瞬間……。



アキラ

「ここだっ!」



 アキラは強く踏み込んで、大剣を振った。



ヨーイチ

「…………!」



 アキラの剣が、初めてヨーイチに届いた。


 重量の有る刀身が、ヨーイチの体を打った。


 ヨーイチは弾き飛ばされ、受身も取れず、地面に転がった。



ウヅキ

「ヨーイチ……!」


ヨーイチ

「…………」



 ヨーイチは、幽鬼のように、ふらりと立ち上がった。


 そして、何事も無かったかのように、デスサイズを構えなおした。


 バリアのおかげで、彼に外傷は無かった。


 だが、公園の土埃が、彼の体を汚していた。



ウヅキ

「…………」



 無事な様子のヨーイチを見て、ウヅキはほっとため息をついた。



チナツ

「ええと……何が起きたのかな?」



 チナツはヒカリに問いかけた。



チナツ

「ボクの目には、アキラくんが、普通にオーカインくんに斬りつけたように見えたけど」


ヒカリ

「今のは『差し返し』だね」


チナツ

「つまり?」


ヒカリ

「デスサイズの強スラは、隙が少ない」


ヒカリ

「だけど、ゼロじゃない」


ヒカリ

「空振り直後のタイミングで、大剣の踏み込み強スラを撃てば、隙を狩れる」


ヒカリ

「ただし、ちょっとでもタイミングが遅れると、ガードされてしまう」


ヒカリ

「踏み込み強スラは、ガードさせて大幅不利になる、隙の大きい技だ」


ヒカリ

「確実にヒットさせないと、逆に反撃を受けてしまうけどね」


ウヅキ

「なるほど」


ウヅキ

「そのような高度な技を、いきなり成功させてしまうとは、さすがはアキラさんですね」


ヨーイチ

「…………」


チナツ

「おや……?」


チナツ

「オーカインくんの動きが、変わったみたいだね」



 チナツは、ヨーイチを見ながら言った。


 彼女の言う通り、ヨーイチの動きに、変化が生じていた。


 ひたすらデスサイズを振っていたヨーイチの、手数が減っていた。



ウヅキ

「まさか、怪我を?」


ヒカリ

「バリアが有るんだ。その心配は無いと思うよ」


ヒカリ

「兄さんが強スラに差し返せるって分かったから、迂闊に技を振れなくなったのさ」


ヒカリ

「ガリ……オーカインのレベルは低い」


ヒカリ

「青いオーラ。アレで少しは強化されてるのかな?」


ヒカリ

「けど、バリアを見た感じだと、顕在魔力量は、兄さんの3分の1も無い」


ヒカリ

「兄さんの1撃で、彼のライフ……魔力は、5割を切ったはずだよ」


ヒカリ

「もう1度差し返されたら、ノックアウトされてしまう」


ヒカリ

「迂闊に空振りは出来なくなった」


ヒカリ

「確実にガードさせるように、強スラを振らないといけなくなった」


ヒカリ

「兄さんは、ああやって後ろ歩きで、強スラの空振りを誘う」


ヒカリ

「オーカインは、空振りを防ぐために、前歩きをする」


ヒカリ

「そうすると……」



 アキラは、急に前に出た。


 アキラとヨーイチの、距離が縮まった。


 そのとき……。



アキラ

「はっ!」



 アキラは踏み込み中スラのモーションで、ヨーイチに斬りかかった。


 さきほどの踏み込み大スラよりも、振りが小さいモーションだった。



ヨーイチ

「ぐっ……!」



 アキラの斬撃を、ヨーイチはガードした。


 2人の体が、魔力干渉で硬直した。


 形勢は、攻撃を受けたヨーイチに不利だった。


 1瞬早く、アキラの硬直が解けた。


 アキラはその隙を活かし、連続攻撃を仕掛けた。


 ヨーイチは全てをガードし、バックステップで距離を取った。


 安全圏に立つと、ヨーイチはデスサイズを構え直した。



ヒカリ

(ガードも上手い……)


ウヅキ

「アキラさんの方から仕掛けましたね」


ヒカリ

「うん」


ヒカリ

「兄さんには、オーカインが前歩きをしたいって分かってる」


ヒカリ

「それに合わせて、兄さんも前に出る」


ヒカリ

「すると、踏み込み中スラの間合いになる」


ヒカリ

「踏み込み中スラは、ガードさせて有利の技だ」


ヒカリ

「そこから小技を重ねれば、オーカインの魔力を削れる」


ヒカリ

「大したダメージじゃないけど、オーカインは脆いからね」


ヒカリ

「もう何度か同じことを繰り返せば、オーカインのライフはゼロになる」


ヒカリ

「兄さんの勝ちだ」


ウヅキ

「そう……ですか……」


ヨーイチ

「……………………」


ヨーイチ

(ああ……きちぃ……)



 ヨーイチは、苛立ちをぶつけるかのように、アキラを睨みつけた。



ヨーイチ

(この野郎が……)


ヨーイチ

「対人に、実体剣-マテリアルブレイド-を持ってくるような三下が……」


ヨーイチ

「俺に差し返しやがって……」


アキラ

「オーカイン……?」


ヨーイチ

「俺を……」


ヨーイチ

「俺を誰だと思っていやがる……!」




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