その4「最弱と意地」
ウヅキ
「…………」
戸惑うアキラを守るように、銀髪の少女が割って入った。
少女は制服姿だった。
アキラたちとおなじ学校の、女子制服だ。
少女の手中には、長い金属製の杖が有った。
治癒術師の杖だった。
ウヅキ
「はっ!」
少女は自らの杖を、ヨーイチの槍へとたたきつけた。
お互いの武器がぶつかったことで、魔力干渉と呼ばれる現象が起こった。
魔力のせめぎ合いが起こり、お互いが、微量の魔力ダメージを受けたのだった。
魔力ダメージによって、2人の体表を覆うバリアが、緊張した。
それによって、2人の体が硬直した。
2人はほんの少しの間、動けなくなった。
硬直は、すぐに解けた。
少女は何事も無かったかのように、武器を構え直した。
一方、体勢を崩したヨーイチは、よろよろと後ろに下がった。
ヨーイチ
「ぐっ……!」
ヨーイチ
「ウヅキ……!」
ヨーイチは、少女の名を呼んだ。
ミカガミ=ウヅキ。
オーカイン=ヨーイチは、少女のことを良く知っていた。
オーサコ=ヨーイチも、少女のことを少し知っていた。
彼女は……。
ヨーイチ
(序盤のヒロイン……)
ヨーイチは、そう考えた。
だが、すぐに疑問が湧いて出た。
ヨーイチ
(ヒロインって……?)
自分は何を考えているのか。
一瞬、分からなくなった。
だが、すぐに強い衝動が、新たな答えを運んできた。
ヨーイチ
(ヒロイン……)
ヨーイチ
(そう……俺のヒロインだ……)
ヨーイチ
(俺の……俺の俺のっ)
ヨーイチ
(俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の)
衝動が、ヨーイチの目を血走らせていた。
ウヅキは、そんなヨーイチの視線を、平然と受け止めているように見えた。
ウヅキ
「見苦しいですよ。ヨーイチ」
ウヅキ
「自分のふがいなさを棚に上げて、他者に暴力を振るうだなんて」
ウヅキ
「オーカインの跡取りの名が泣きます」
ヨーイチ
「跡取り……?」
ヨーイチ
「そんなもの……どうだって良い……!」
ヨーイチ
「どうせ父上だって、俺に期待なんかしてない!」
ヨーイチ
「俺は……」
ヨーイチ
「お前さえ居てくれれば……それで良かったのに……」
ヨーイチは、自らの内情を吐露した。
対するウヅキの表情は、ほとんど揺るがなかった。
ウヅキ
「……そうですか」
ウヅキ
「ですが私にも、自分の意思を持つ権利くらいは有ります」
ウヅキ
「犯罪者に堕ちたあなたを、甘やかそうとは思えません」
ヨーイチ
「犯罪者だから……? 違うだろ?」
ヨーイチ
「俺がレベル1で、ひ弱で、能無しだから……」
ヨーイチ
「誰も俺を愛さない」
ヨーイチは、ウヅキから視線を外し、アキラの方を見た。
ヨーイチ
「皆に愛されるお前が羨ましいよ。ケンザキ」
アキラ
「オーカイン……」
アキラは眉をひそめた。
ヨーイチにここまで疎まれているとは、思っていなかったのだろう。
そこには怒りよりも、悲しみが有った。
ウヅキ
「……今のあなたは、見ていられません」
ウヅキ
「これ以上、過去を穢さないうちに、私が引導を渡してさしあげましょう」
ウヅキは前に出た。
杖を振るい、ヨーイチに襲いかかった。
それは、シンプルな打撃だった。
まともな腕前が有れば、防御くらいは出来たはずだ。
ヨーイチ
「ぐうっ……!」
ヨーイチは、ウヅキの攻撃を防ぎきれなかった。
直撃を受け、大きなダメージを受けた。
ヨーイチ
(体が重い……! どうして……!)
ヨーイチは、自身の体が重いことを、不思議に思った。
この程度の攻撃を、どうしてガード出来ないのか。
だがそれを、当然のことだと思っている自分も居た。
ヨーイチ
(何をいまさら)
ヨーイチ
(俺の体は、何年も前から、ずっとこうだっただろう?)
そのはずだ。
諦観が、ヨーイチの内に満ちた。
ヨーイチ
「……………………」
ウヅキの攻撃によって、ヨーイチの顕在魔力が尽きた。
ゲームの言葉で言うなら、ライフゼロの状態になった。
戦闘不能だった。
ヨーイチの体が、半透明の障壁に包まれていった。
冒険者の命を守るための、緊急用バリアだった。
緊急用バリアに包まれた者は、ぴくりとも動けなくなる。
ヨーイチも同様に、バリアの中で静止した。
ウヅキ
「……はぁ」
戦いが終わると、ウヅキはため息をついた。
まるで、深く疲労しているかのようだった。
そんなウヅキに、アキラが声をかけた。
アキラ
「これからどうする?」
ウヅキ
「警察に……引き渡すべきでしょう」
チナツ
「良いのかい?」
桃色の髪の少女が、ウヅキに話しかけた。
ミナクニ=チナツ。
ウヅキのクラスメイトで、パーティメンバー。
共にダンジョンに潜る仲間だった。
その身長は、女子にしては高い。
すらりとして、学生服姿すらサマになっていた。
ウヅキ
「…………」
チナツは言葉を続けた。
チナツ
「オーカインくんとは、婚約者なんだろう?」
ウヅキ
「……確かに、私とヨーイチは、将来を誓い合った仲でした」
ウヅキ
「ですが……彼は罪を犯しました」
ウヅキ
「裁きを受けるべきだと思います」
チナツ
「だけど……」
チナツ
「オーカインくんの様子は、普通じゃ無かった」
チナツ
「何か深い事情が有ったのかも……」
ヒカリ
「事情って?」
ケンザキ=ヒカリが尋ねた。
小柄な黒髪の少女だ。
その容姿は、アキラによく似ている。
彼女はアキラの双子の妹で、クラスメイトだった。
チナツと同様に、アキラたちのパーティメンバーでもあった。
アキラたちは、パーティでヨーイチを捜索していた。
ヨーイチが、博物館からあるものを盗んだからだ。
彼らが、夜の公園に集まっているのは、そのためだ。
チナツ
「それは分からないけど……」
ウヅキ
「私には、私怨を暴走させたようにしか、見えませんでしたが」
ヒカリ
「容赦ないね」
ヒカリ
「兄さんはどう思う?」
アキラ
「もう1度、オーカインと話してみたい」
ウヅキ
「聞く耳を持つでしょうか?」
アキラ
「それでも、話はするべきだと思う」
ウヅキ
「……分かりました」
ヨーイチ
(ああ……外で何か言ってやがるな……)
ヨーイチ
(どうして俺はこうなんだ……)
ヨーイチ
(俺の槍は、少しも相手にかすらなかった……)
ヨーイチ
(どうして……)
オーカイン=ヨーイチは、自らの弱さに打ちひしがれた。
そのとき……。
???
(悔しいか?)
どこからか、女の声が聞こえた。
ヨーイチ
(え……?)
ヨーイチは、周囲を見回そうとした。
だが、バリアで硬直した体は、ピクリとも動かなかった。
???
(辛いか? 妬ましいか?)
謎の声は、さらにヨーイチに語りかけてきた。
???
(もし貴様が、私に全てを捧げるのであれば……)
???
(その見返りとして、貴様の願いを叶えてやろう)
???
(力を授けてやろう)
ヨーイチ
(力を……?)
???
(ああ。その通りだ)
???
(私に全てを委ねるが良い)
ヨーイチ
(俺は……力を……)
ヨーイチは、声に引き寄せられそうになった。
ヨーイチ
(俺は……?)
だが……。
???
(どうした?)
ヨーイチ
(ふざけるなよ……)
ヨーイチの中に有るモノが、彼を押しとどめた。
???
(えっ?)
ヨーイチ
(俺はオーサコ=ヨーイチだ……!)
ヨーイチ
(アリーナ最強の男だ……! チャンピオンだ……!)
ヨーイチ
(誰かに力なんか貰わなくたって……!)
ヨーイチ
(とっくに最強なんだよッ!!!)
それは、矜持だった。
無敗のチャンピオンとしてのプライドだった。
ヨーイチの内面が、強いイシで満ちた。
???
(ッ!?)
???
(そんな……! この輝きは……!?)
ヨーイチ
(があああああああああぁぁぁぁっ!)
ヨーイチの心が、強く叫んだ。
???
(嫌ああああああぁぁっ!)
ヨーイチのイシに耐えられず、女は絶叫した。
ヒカリ
「…………! 兄さん!」
ヒカリは兄を呼びながら、ヨーイチを指差した。
アキラはヨーイチの方を見た。
アキラ
「え……!?」
ヨーイチを覆っていたバリアが、ひび割れていくのが見えた。
チナツ
「バリアが……!?」
ウヅキ
「どうして……!?」
緊急用バリアは、崩壊した。
ヨーイチは、地面に立った。
そして、アキラを睨みつけた。
ヨーイチの全身から、青いオーラが立ち上っていた。
アキラ
「オーカイン……」
ヨーイチ
「……デスサイズ」
ヨーイチは呟いた。
ヨーイチの手中から、メタルスピアが消えた。
そして次の瞬間、その手に大鎌が出現した。
赤い光の刃が、ヨーイチの周囲を照らした。
ウヅキ
「…………!」
ヒカリ
「あれは……!」
チナツ
「知ってるのかい? ヒカリさん」
ヒカリ
「死神の大鎌。通称デスサイズ。ダンジョン産のレアドロップで……」
ヒカリ
「レアリティ2の、ザコ武器だね」
チナツ
「えっ? ザコなんだ?」
ウヅキ
「武器の性能はともかく、ヨーイチの様子が……」
ヨーイチ
「ふぅぅ……」
ヨーイチは、デスサイズを手に、前へと歩いた。
そのつま先は、アキラへと向けられていた。
明確な殺気が、アキラに迫っていた。
アキラ
「待て! オーカイン! 話を……!」
アキラは、ヨーイチを説き伏せようとした。
だが、聞く耳を持つヨーイチではなかった。
ヨーイチ
「ぐがあああああああっ!」
ヨーイチは叫びと共に、大鎌でアキラに斬りかかった。
アキラ
「くっ……!」
アキラは大剣で、大鎌を受けた。
魔力干渉が起き、アキラの魔力が削られた。
ダメージは微量だ。
それでも、このままの状態が続けば、いつかやられてしまう。
アキラは仕方なく、ヨーイチと戦うことに決めた。
アキラは剣で大鎌の相手をしながら、反撃の隙をうかがった。
だが、大きな隙は見つけられなかった。
アキラ
「隙が無い……!?」
ヒカリ
「デスサイズの強スラは、リーチが長く、発生が早く、隙が少ない」
ヒカリ
「理想的な牽制技だ」
ヒカリは平然と、ゲームの試合を解説するかのように言った。
ウヅキ
「弱い武器なのでは?」
ヒカリ
「うん……」
ヒカリ
「モーションの性能が良くても、所詮はレアリティ2だからね」
ヒカリ
「普通に使っていたら、レアリティが高い武器を相手に、ダメージ負けする」
ウヅキ
「……ですが、アキラさんの武器も、市販の安物です」
ヒカリ
「そういえばそうだね」
ウヅキ
「不味いのでは?」
ヒカリ
「対策は有るよ」
チナツ
「どうするんだい……?」
ヒカリ
「弾撃ちだよ」
ヒカリ
「射程外から魔術で攻撃すれば、ガリカインのスペックじゃ、対処できないはずだ」
ヒカリ
「あの剣の特殊モーションなら、それが出来るはず」
ヒカリ
(だから別に、怖い相手でも無いけど……)
ヒカリ
(あいつ、どうして蛇にならないんだ?)
ウヅキ
「ガリカイン……?」
ヨーイチの妙なあだ名を聞き、ウヅキは顔をゆがめた。
ヒカリ
「ああ、ごめんなさい。ついね」
ウヅキ
「…………」
ウヅキ
「アキラさん! 距離を取って、魔術で攻撃してください!」
アキラ
「……嫌だ!」
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