その3「不意打ちと転生」



 ヨーイチとラスボスの交戦開始から、1時間が経過した。



ヨーイチ

「あー、しんど」



 ヨーイチは、しりもちをついた。


 ここはゲームの世界だ。


 肉体が疲労することは無い。


 だが、高難度のプレイを繰り返した結果、精神が疲労していた。



カゲトラ

「みゃごー」



 カゲトラがヨーイチに駆け寄り、頬をぺろぺろと舐めてきた。



ヨーイチ

「だいじょうぶだよ」



 ヨーイチは、カゲトラの頭をよしよしと撫でた。



カゲトラ

「みゃう」


ラスボス

「…………」



 ヨーイチの前方では、桃色の獣が倒れ伏していた。


 獣は、光の粒になって消滅していった。



ヨーイチ

(ラスボスをソロ撃破って、俺が初めてじゃね?)


ヨーイチ

(録画しときゃ良かったかな。まあ、何にせよ)


ヨーイチ

「俺の勝ちだな」



 ヨーイチは、にやりと笑った。



ルキフェル

「そうね」


ヨーイチ

「…………!」



 いつの間にか、黒髪の女が、前方に出現していた。


 見覚えの無い女だった。


 女は、髪と同じ色のドレスを、身にまとっていた。


 その瞳は赤い。


 背中からは、黒い翼が生えていた。


 それを羽ばたかせているわけでも無いのに、女は宙に浮かんでいた。


 外見年齢は、少女と言っても良いほどに若い。


 だが、14歳のヨーイチには、年上のお姉さんに見えた。



ヨーイチ

「誰だ……!?」



 ヨーイチは、少女に問いかけた。



ルキフェル

「ルキフェル」



 少女は簡潔に答えた。



ヨーイチ

「……嫌な名前ですね」


ルキフェル

「失礼ね。あなた」


ヨーイチ

「どっちが」


ヨーイチ

「1度ボスラッシュが始まったら、他のプレイヤーは入って来られないはずでしょう?」


ヨーイチ

「まさか、ハッカーですか?」


ルキフェル

「さあ? 似たようなモノかしらね」


ヨーイチ

「凄腕のハッカー様が、俺に何の用ですか?」


ルキフェル

「それは……」


ヨーイチ

「ひょっとして、アリーナのお礼参りですかね?」



 ヨーイチは、多くのプレイヤーを、アリーナで叩き潰してきた。


 ヨーイチに恨みを持つプレイヤーが居ても、おかしくはなかった。



ルキフェル

「アリーナで、あなたと戦ったことは無いわ」


ヨーイチ

「選手のファンとか?」



 ダンプラは、プレイヤーの多いゲームだ。


 有名プレイヤーには、プロスポーツ選手並のファンがつく。


 そのファンたちの恨みは、ひょっとすれば、直接対戦した者よりも深いかもしれなかった。



ルキフェル

「いいえ」


ヨーイチ

「なら良いですけど」


ヨーイチ

「それなら、何の用事ですか?」


ヨーイチ

「卑怯者のバグ野郎に、何か言ってやりたくなったとか?」


ルキフェル

「まさか」


ルキフェル

「私は六つの大罪を使いこなすあなたに、敬意を抱いているわ」


ヨーイチ

「それはどうも」


ヨーイチ

「変わりものですね」


ルキフェル

「そうかしら?」


ヨーイチ

「それで、本題は?」


ルキフェル

「あなたには、この世界を救って欲しいの」


ヨーイチ

「世界て……」


ヨーイチ

「俺、ただの中学生ですよ」


ルキフェル

「ただの……では無いわね」


ルキフェル

「あなたはこの世界で、最も強い」


ヨーイチ

「そりゃそうですけど……」


ヨーイチ

「強いって言っても、たかがゲームの話でしょう?」


ルキフェル

「たかが、では無いわ。私にとっては」


ヨーイチ

(何なんだ……? こいつは……)


ヨーイチ

(強かろうが何だろうが、俺に出来るのは、ゲームを遊ぶことだけで……)


ヨーイチ

「…………」


ヨーイチ

「そういうことですか」



 ヨーイチは、何かを得心したらしい。



ルキフェル

「どういうことかしら?」



 ルキフェルは、薄く微笑みながら、ヨーイチに問うた。



ヨーイチ

「あなたは……運営の人ですね?」


ヨーイチ

「プレイヤーじゃなくて、ゲームマスターだ」


ヨーイチ

「それなら、ボス部屋に入って来られるのにも、納得がいきます」


ヨーイチ

「これは、特別な条件を達成した人だけが見られる、隠しイベント」


ヨーイチ

「わざわざイベント専門のスタッフを用意するなんて、凝ってますね」


ルキフェル

「ゲームマスター……」


ルキフェル

「そうね。私はこのゲームの、支配者と言っても過言では無いわ」


ヨーイチ

(いや、ただのスタッフさんでしょ?)


ヨーイチ

(なんて突っかかるのは、ガキのすることか?)


ヨーイチ

(この人も、セリフの練習とか、頑張ってたんだろうしな)



 ヨーイチは、ルキフェルが今までどうしていたのかを知らない。


 条件が満たされるまでは、他の仕事でもしていたのか。


 それとも、ポテチでも食べながらダラダラと待機していたのか。


 あるいは、背筋を正してマジメに時を待っていたのか。


 中の人が、オッサンなのか女性なのかも分からない。


 何にせよ、彼女にとってこの場は、栄えある舞台なのだろうと思った。


 それを踏みつけにしたいとは、ヨーイチには思えなかった。



ヨーイチ

(ここからは、ノリを合わせてあげるかな)


ヨーイチ

「俺に与えられた使命とは、何なのですか?」


ヨーイチ

「俺はいったい何をすれば良いんですか?」


ルキフェル

「皆を救って」


ヨーイチ

「どうすれば、皆を救えますか?」


ルキフェル

「それは私にも分からない」


ヨーイチ

「えっ?」


ルキフェル

「私たちの未来は、既に、詰んでしまったようにも見える」


ルキフェル

「だけど私は、それを認めたくは無かった」


ルキフェル

「だから、可能性を求めたの」


ルキフェル

「私はあなたに、可能性を見た」


ルキフェル

「あなたなら、私たちの未来を変えてくれるかもしれない」


ルキフェル

「そう思ったの」


ルキフェル

「それが私の望む未来では無かったとしても、恨みはしないわ」


ヨーイチ

「……なるほど?」


ヨーイチ

(それっぽい事を言っているようでいて、肝心な事は何一つ言ってやがらねえなコイツ)


ヨーイチ

(説明をしろよ。説明を)


ヨーイチ

(って、スタッフのお姉さんに言っても仕方ねーか)


ヨーイチ

(ゲームのシナリオ書いてるのは、もっと別の人だろうしな)


ヨーイチ

(ダンプラは、ストーリーがどうこうってゲームでもねーしな)


ヨーイチ

(シナリオ雑でも、裏ボスとくらいは戦わせてもらえるんだよな?)


ヨーイチ

(なら、十分だ)


ヨーイチ

(ストーリー部分は、テキトーに聞き流せば良い)


ルキフェル

「私たちを助けてくれる?」


ヨーイチ

「はい。もちろん」


ルキフェル

「ありがとう」


ヨーイチ

「それで、まずは何をしましょうか?」


ルキフェル

「こっちに」



 ルキフェルは、ヨーイチを手招きした。



ヨーイチ

「はい」



 ヨーイチは、手招きに従い、ルキフェルに歩み寄った。


 そして、少女の前に立った。



ルキフェル

「ヨーイチ」


ヨーイチ

(あれ? 下の名前、言った……)



 ヨーイチが疑問を感じた、次の瞬間。



ヨーイチ

「むぐ……」



 ヨーイチのアバターの口が、ルキフェルに塞がれていた。


 少女の唇は、データとは思えないほどにリアルで、柔らかかった。


 2人の体が、光に包まれていった。



カゲトラ

「みゃふっ!?」



 後ろから、カゲトラの鳴き声が聞こえた。


 それに振り向くことは、ヨーイチには出来なかった。



ヨーイチ

(ああ……意識が……)



 ヨーイチの意識が、朦朧としていった。


 やがて、ヨーイチは完全に、意識を失った。




 ……。




 そして……。


 いつの間にかヨーイチは、夜の公園に立っていた。


 それも、ただ立っているだけではない。



ヨーイチ

「があああああぁぁっ!」



 ヨーイチは、叫びながら槍を振っていた。


 声の迫力に反し、貧弱な斬撃だった。


 前方に、男が居た。


 身長175センチほどの、黒髪の男だった。


 男は、黒いブレザーを身にまとっていた。


 オーカ冒険者学校の制服だった。


 ヨーイチも、同じ制服を身にまとっていた。


 ヨーイチは、男と戦っているようだった。


 男は大剣を手に、ヨーイチの槍を迎えうっていた。


 ヨーイチは、男の顔には見覚えが有った。



ヨーイチ

(キャラメイク画面の……デフォ顔……?)



 ラストダンジョンオブプライドでは、プレイヤーのアバターを作成する。


 アバターの外見には、最初に提示される基本形が存在する。


 デフォルト設定などと呼ばれるものだ。


 大抵のプレイヤーは、それを弄って、自分だけの外見を完成させる。


 だが、眼前の男の顔は、デフォルト設定そのものだった。



ヨーイチ

(こいつ……主人公か……)



 馴染みの有る顔を見て、ヨーイチはそう思わざるをえなかった。


 だが同時に、もう1つの疑問も浮かび上がった。



ヨーイチ

(主人公……?)


ヨーイチ

(主人公って何だ……?)



 目の前の男は、ケンザキ=アキラは、自分のクラスメイトだ。


 生きた人間だ。


 それを主人公だなどと、何を考えているのか。


 ヨーイチは混乱しながら、目の前の男を見た。


 男は悲しそうな顔で、ヨーイチに呼びかけてきていた。



アキラ

「止めろオーカイン! こんなことをして、何になるって言うんだ!」


ヨーイチ

(オーカイン……? 俺は……)



 アキラが口にしたのは、聞き慣れた自分の名字だ。


 そのはずだった。


 だというのに、ヨーイチは、一片の違和感を抱かざるをえなかった。


 だが違和感はすぐに、もっと強い想いにかき消された。


 それは、憎悪だった。


 嫉妬に根ざした憎悪だった。


 オーカイン=ヨーイチは、ケンザキ=アキラを憎んでいた。



ヨーイチ

「俺は……お前が憎い……」



 ヨーイチは、憎しみがこもった目を、アキラへと向けた。


 対するアキラは、戸惑いの表情を見せた。



アキラ

「俺が……!? どうして……!?」


ヨーイチ

「お前は……! 俺に無い全てのものを持っている……!」


ヨーイチ

「健康な体……強い魔力……人望……」


ヨーイチ

「そして……ウヅキの心も……!」


アキラ

「俺は……ミカガミとはただの友だちで……!」


ヨーイチ

「しらばっくれるなァ!」



 ヨーイチは、槍をぎゅっと握った。


 そして思い切り、男に突きかかった。



アキラ

「オーカイン……!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る