ブラックコーヒー

 僕は動揺してしまって、言葉を発する事が出来なくなってしまった。


「長谷川君はね、ブラックコーヒーが飲めないんだよ」

 水上うさぎは、首をかしげげながらささやく様に僕に言った。


 言い訳が思いつかずに、クラスメートでもある山田里佳子に助けを求めようと、目線をやったけれど、山田里佳子はこちらを見ようともしない。淡々とノートPCで株かFXかの運用をしているようだ。


「さて。再度、質問するよ?」

 今度は囁く様にではなく、ハッキリとした口調で水上うさぎは僕に告げる。


「君は誰だい?」

 水上うさぎの言葉に、僕はもうお手上げ。やれやれ、と嘆息たんそくする。


「実は……僕にも分からないんです」

「というと?」

「話を聞いてくれますか?」

「もちろん」

 僕は全てを告白する事にした。






 今朝の事だ。


 目覚めて直ぐに顔を洗いに、洗面所に向かい、水道から水を出した。そして、鏡を見る。そこには、確かに僕の顔があったけれど、何故か違和感を覚えた。16年間、同じ顔を見てきたのに、昨日と違うように思えたのだ。


 登校してからも、その違和感は続く。


 クラスメート達も、担任の先生も、よく知っているはずなのに、声や仕草が昨日までと違う気がする。その違和感が確信に変わったのは、体育の授業中。サッカーをしていて、クラスメートと体がぶつかった時だ。激しく倒れこんで、足に怪我をした僕は、保健室に向かった。保険医の先生が不在だったので、怪我した足に消毒でもしようと、適当に消毒液などを探して足の怪我した場所に塗った。


 怪我が……一瞬で治った。


 些細な擦り傷だ。痛みもほとんどなかった。けれど、消毒液を塗った瞬間に、その切り傷がスッと消えたのである。異常だ。消毒液が原因なのか、僕の体がおかしいのか。確かめなければならない。僕は直ぐに学校を抜け出して、コンビニで絆創膏ばんそうこうを買った。


 そして、カッターナイフで手の甲を少しだけ傷つけた。


 もしも傷が治らなければ、絆創膏をすれば良いだけのことだ。そう思って、傷を見つめていると、数秒後には傷が塞がった。なんだ、これは。


 僕は怖くなって、今度は手の平にカッターナイフの刃を刺した。鋭い痛みが走った瞬間、直ぐに傷が消える。僕は……僕ではなくなってしまったのか。何かに変貌してしまったのだろうか。不安で震えていると、頭の中から声がした。


「おいおい。もうお前だけの体じゃないんだから、気を付けてくれよ」

 僕の体は、どうやら宇宙人に乗っ取られていたようだった。


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