第22話 今回のエピローグ② (終)




 冒険者ギルド・シャンリー支部副支部長のアレックス=ブレナンに、以前伝えた移転する団体というのはランキン商会で、10日後に出発するということを報酬等の条件も含めて伝えると、翌日からすぐに巨乳受付嬢ケイシー=レインを中心に支部閉鎖の手続きに入ってくれた。

 アレックス=ブレナンは信頼できる冒険者を30人程度集めてくれたようだ。

 彼等は実際の護衛任務に入る前からランキン商会の荷造りや荷運びの手伝いに入ってくれた。この間は無給だが、ランキン商会は食事と商会の空き部屋で寝泊まりすることを許可してくれたので、冒険者を束ねるアレックス=ブレナンは大層喜んでくれた。


 俺も出発までの10日間はアレックス=ブレナンらと一緒に荷造りなどに従事した。


 一度薬草農園の後始末に行き、ヒュー爺さんと一緒に薬草の種をコンテナに詰める作業をした。

『特能』使用の代償で失われていた嗅覚もこの頃には戻っていて、俺は少し苦手な薬草の匂いで鼻腔を刺激されながらの作業になった。

 ヒュー爺さんもファーテスに移る。

「この年で知らん土地に移る羽目になるとはのう」

 と嘆くヒュー爺さんだったが、この人は何があっても自分の仕事は投げない人だ。

 きっとファーテスでも見事な薬草畑を整備することだろう。


 この間ローズマリー=エイミは全く姿を現さなかった。

 俺は「黄金の夜明け亭シャンリー店」で寝泊まりしていたが、そこでも全く出くわさなかった。

 あの転移クローゼットのある部屋まで訪ねたこともあったが、俺を見咎めた支配人らしき初老の男が「オーナーは不在です」としか言わなかった。


 いよいよ出発の朝。

 俺は「黄金の夜明け亭シャンリー店」内の寝泊まりしていた部屋を片付け、荷物の確認をして出発の準備を整え終わった。

 その時。


「もう行くのぉ?」


 後ろからそう声を掛けられる。

 自分も居合わせた場で出発日を決めたのに、もう行くのも何もないもんだ。


 振り向くとピンクのチャイナドレス姿のローズマリー=エイミが、トレーを持った初老の支配人を従えいつの間にか部屋の中に立っていた。


「ああ、出発するよ、元々そのために来たんだし」


「そぉ。道中気をつけてねぇ」


「アンタは一緒に来ないのかい」


「この格好で山道歩けると思うのぉ?」


「無理だな、うん」


「でしょぉ? 私は一足先にファーテスに戻るわぁ」


「はいはい。お気をつけて。それで何の用だい?」


「あらぁ、大層な物言いねぇ。何か忘れてなぁい?」


「何かって、何だよ?」


「……アナタそれでも冒険者ギルドの専従職員なのぉ? 困ったちゃんねぇ。

 アタシは依頼者よぉ? 依頼書に確認印必要じゃないのかしらぁ?」


 やべえっ、確かに!

 何となく色々あったから忘れていた……情けない。


「ほらぁ、早く依頼書出しなさいよぉ」


 ローズマリー=エイミに催促され、俺は依頼書を差し出した。

 ローズマリー=エイミは依頼書を受け取ると、依頼書にキスをして返す。


「これがアタシの確認印よぉ。上から舐め回したりしないでねぇ、カワイ=ケイスケさぁん」


 そんなことするか!


「それとこれは差し上げるわぁ」


 そう言ってローズマリー=エイミは初老の支配人が持つトレーから何かカード状のものを数枚取り上げ、俺に差し出す。

『黄金の夜明け亭』全店割引カード……ではなさそうだ。


「……悪竜ヴィーヴルの鱗!?」

 大きさ5㎝程の黒く磨かれた悪竜ヴィーヴルの鱗が5枚。


「私は魔輝石を手に入れたからねぇ。

 悔しいけど悪竜ヴィーヴルが言ってたように私のくびきは魔輝石じゃ解けなかったわぁ。

 でも、魔力供給源としてはこれ以上のものは存在しないからねぇ。

 アタシばかり貰ってばかりじゃ、ちょっぴりアナタが可哀想かなって思ったのよぉ、カワイ=ケイスケさぁん」


 い、言えない……赤い宝石ガーネットは貰っているとは……


「アナタ、名刺スラッシュなんて自己満足な技、悪竜ヴィーヴルクラスの怪物には通用しないんだからそれ使いなさぁい。

 アナタも『魅了耐性』があの後上がってるみたいだけどぉ、アタシも魔力が上ってるからぁ、またアナタを魅了できた時にアナタの攻撃が『特能』頼りじゃ心許ないからねぇ」


 益々言えない……

 魅了耐性が上っているのが赤い宝石ガーネットのおかげだとは……


「何黙ってるのかしらぁ? 何か裏があると疑ってるのぉ?」


「い、いや、そうじゃない。意外ではあるけども」


「なら、こういう時には言う言葉があるんじゃないのぉ?」

 悪戯っぽくローズマリー=エイミが催促する。


 悪竜ヴィーヴルが言っていたように、変に純朴な部分がある。

 本当にローズマリー=エイミの好意なんだろう。


「ありがとうございます、ローズマリー=エイミさん」


「良く言えたわぁ、素直で良いわよぉ。

 そうそう、私はこれでファーテスに戻るけど、エリック達に伝えておいてちょうだぁい。

 教会の信者名簿と、スタンリー伯爵領内の関所は何とかしておいたってねぇ」


 そう言ってローズマリー=エイミは支配人を伴って部屋を出ていく。

 最後にチラリとこちらを振り返り、


「アナタの『特能』のことは、教団にも誰にも言うつもりはないわぁ。私の意思ではねぇ。

 じゃあまた、ファーテスで会いましょぉ」


 そう言って廊下に姿を消した。




 その後俺も合流し出発したランキン商会の一行は、ローズマリー=エイミが言っていたとおり全く咎められずに関所を通過できた。

 シャンリーの領主スタンリー伯爵家からの追っ手が掛かるようなこともない。

 ローズマリー=エイミがどんな手を使ったのかは謎だが、順調そのものだ。

 時々出て来る密林グマや魔狼の群れ、中型のワームなどを撃退しながら旅程は順調に進む。


 出発して5日目の夜、俺は不寝番をアレックス=ブレナンと交代し、仮眠を取る番になった。


「じゃあ頼むよ、アレク」


「ふわわぁ、もうチョイだけ待ってくれ、カワイ。まだ完全には眠気が取れてねえ」


「全く仕方ないわねえ、この男は!」


 今は普通にマントとボディアーマーを装着している不寝番の相番、元巨乳受付嬢ケイシー=レインが状態回復魔法眠り破りブレイキン・スリープを飛ばすと、一瞬でアレックス=ブレナンの眼が覚める。


「ケイスケ、良いわ休んで。まったく手間かけてごめんね」


 ケイシー=レインがそう言ってアレックス=ブレナンの頭を無理やり俺に向かって下げさせる。


「おま、頭下げるくれー自分でできるわ」

「その割にはえらく抵抗してるわね、このカラッポで軽いはずの頭は」


 この2人は絶対付き合ってるだろう。

 そうじゃないというなら鈍感すぎだ。


「……2人とも、あんまり騒いで他の人を起こさないようにね。俺は休ませてもらうよ」


 そう言って俺は近くの森に入る。

 声や物音が届かない程度に深く分け入る。

 仮眠を取る前にスッキリしておくためだ。


 だが、その前に、俺は不寝番で張りつめていた緊張感を解くために、スーツの外ポケットからタバコを取り出し咥え、『火球Lv1』で火を着けると、煙を深く吸い込む。

 元の世界では喫煙者の肩身は狭かったし、絶滅寸前だったし、政府は少数派から搾り取ろうとどんどんタバコ税を上げていった。まったく、喫煙者は誰よりも多額の納税をして国家財政に貢献していたというのになあ。

 こっちの世界ではタバコは高級品で滅多に手に入らない。

 俺が泊まっていた「黄金の夜明け亭」の部屋にアメニティで置いてあったタバコというより細い葉巻の煙は、俺が前世で吸っていた銘柄の香りをキツくしたような刺激があって気に入っていた。


『初めて嗅ぐニオイがそんなにキツイものでは敵わんな』


 頭の中に誰かの声が響く。

 ゆっくり煙を吐き出そうとしていた俺は、突然のことに吐く途中で逆に吸い込もうとしてしまい、煙でムセる。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


『全く、そんなモノを吸っておるからだ』


 また頭に誰かの声が響く。

 この声は何処かで聞いたことがある。


 突然、スーツの隠しポケットマジック・ポケットから白い何かが飛び出した。


 白い何かはムセている俺の周りを飛び回り、俺の目の前1m程の空中で静止する。

 それは白い蛇だった。

 ムセながら観察すると、体長は40cmくらいだろうか。

 蛇に胸があるのかはわからないが、おそらく胸の辺りに2本の小さな腕が付いており、3本の小さな鉤爪が生えている。

 頭部には後ろに流したように小さな角が2本と、白い毛。

 口元からはナマズのように髭が2本垂れ下がっている。


『臭くて敵わん。消させてもらうぞ』


 頭の中に声がそう響いたと同時に、俺の頭上からバケツをひっくり返したように水がドッと落ちて来て、俺は全身ずぶ濡れになる。

 せっかく着けたタバコの火も消えた。


『やはり汝は弱き者よ。そのような毒物に頼り精神を落ち着けるとは』


「ゴホッ、その話し方……悪竜ヴィーヴルか?」


『もはや悪竜ヴィーヴルではないぞ。我は生まれ変わった我だ。それに声を出さなくても我と汝は交信できる。不寝番に聞こえては訝しがられよう』


 ああ、それは便利でいいな。

 だが、何でポケットから?

 もしかして、隠しポケットマジック・ポケットに落ちた悪竜ヴィーヴルの尻尾から生えてきたのか?


『イモのように言うな馬鹿者。確かに元となったのは悪竜ヴィーヴルだった我の尾だが、そのまま再生した訳ではないぞ』


「そうか……そうか! 良かったな、また会えて嬉しいよ……で、何て呼んだらいいんだ? ヴィヴィちゃんか?」


『その程度の小声なら気付かれまい。

 しかしその呼び名、汝の前世の某サッカーチームのマスコットではないぞ。他の呼び名はないか? 呼び名が気に入ったら受け入れてやろう』


「そうだな……白い蛇だからハクジャーン、とかどうだ?」


『クシャミか。却下、次』


悪竜ヴィーヴルから脱皮して生まれたからダッピーとか」


『汝の前世の居酒屋で頼んだらすぐ出て来そうではないか。却下、次』


 俺は幾つか候補を上げたが、目の前の白蛇は結構細かく、気に入るものは出なかった。


「だぁー! もう思いつかん! もうえーて、自分で考えやー!」


 俺はうんざりして白旗を上げた。


『何だ、汝は己のセンスが無いことを我のせいにしようと言うのか? 仕方ない。

 我のことはラウィーナと呼ぶが良い』


「ラウィーナ?」


『今の我は水の力を体現しておるようだ。清涼な山水の元となる雪。その力の表れとしてこれほど相応しい名は無い』


 知らんが、自分の中に正解があるのにそれを男に聞いて長々ウインドーショッピングに付き合わせるような女性の真似はカンベンして欲しい。


『我に対して失礼にも程があろう、ヒトのメス扱いとは!』


 ラウィーナの声が響いた瞬間、また俺の頭上から多量の粉雪の塊が降って来た。

 バサッと頭から雪を被り、足元が膝まで雪に埋まる。

 水に濡れたところに雪。

 凍えるって!


『そういえば先に汝らと闘った時に、我は人型であったからブレスは使わなかったのだな。

 そうそう、あれも心残りであった。

 心残りを果たさせてもらう』


 頭の中に声が響いた瞬間、ラウィーナが口から炎を吐いた。


「熱っつー! 焼ける、焼け死ぬ!」


 俺は飛び上がって転がり回る。

 幸いにもスーツは無事だ。

 ちょっと髪の毛が焦げたが。


「おま、全部いきなり過ぎんだろ!」


『くっくっくっ、我を侮った罰だ。それに濡れた体は乾いたであろう。感謝してよいぞ』


「はいはい、ありがとうございます。

 ……ところで、ラウィーナはこれからどうするつもりなんだ?

 元いた土地に戻るのか」


『そうだな……気が遠くなる年月を封印され無為に過ごしてきたが、せっかく新たな存在に生まれ変わったのだ。色々自由気ままにこの世界を見てみよう』


「そうか……ならまた会えたら色々話してくれよ」


『そうだな。汝、カワイ=ケイスケよ、なかなか楽しめたぞ。

 また会おう』


 そう言って白蛇ラウィーナは物凄スピードで辺りを飛び回ったかと思うと、上空へ飛び去った。


 自由になれて良かったな、ラウィーナ。

 教団に見つからずに、悠々過ごせるといいな。

 白蛇は俺が元居た日本では幸運の象徴だ。

 幸運の象徴が自ら不幸になることはあるまい。

 そう思うと心が何となく温かくなった。


 そして俺は、本来の目的である用を足した。

 ラウィーナにびしょ濡れにされ、雪で冷やされたおかげで滅茶苦茶出た。


 すっきりしたところで仮眠を取ろうと思い、隊列に戻ろうと歩き出す。


 と、いきなり上空からスーツの隠しポケットマジック・ポケット白蛇ラウィーナがびょるんと飛び込んで来た。


「おい、自由気ままに過ごすんじゃなかったのか!」


『自由気ままに過ごしておるぞ。汝の隠しポケットマジック・ポケットの中は我にとって非常に居心地が良い。しばらく我が共に居てやろう』


「家賃もらうぞ」


『先払いしておろう。赤い宝石ガーネットでな』


 ぬぐぐ。

 俺のプライバシーはどうする。


『何を今更。それに一応先程排泄の間は配慮してやったのだぞ。変なことをしなければよい』


「あー、あー、わかったよ。ならお前から見るとつまらん仕事だろうが、一緒に見て回ってくれよ」


『なに、我にとっては全てが新鮮だ。まずは汝がエルフの娘に頭を潰されるところを早く見たいものだ。くっくっくっ』


 はいはい。

 シャンリーに行くことが決まった時はこんなことになると思わなかったが、まあこれもまた人生だよな。

 何があるかわからないから面白い。


『そうだな、カワイ=ケイスケ。

 お調子者でお人よしで臆病で自信が無い、そんな汝だが、それはそれで面白いものよ。

 これからよろしく頼むぞ』


 そう言って白蛇ラウィーナ隠しポケットマジック・ポケットから頭を出し、俺の頬をチロチロと舐めた。

 俺も白蛇ラウィーナに視線を返し、「こちらこそよろしく、ラウィーナ」と言うと白蛇ラウィーナはじっと俺の目を見つめ、最後に俺の鼻の頭をひと舐めして隠しポケットマジック・ポケットの中に戻った。


 よし、とりあえず時間は短くなったが仮眠を取ろう。


 そして俺達の本拠地ファーテスに戻り、また営業回りをしないといけないな。

 その前にまずはランキン商会の人たちの住む住宅建設の手伝い依頼を冒険者ギルド・ファーテス支部に提出しないと。


 色々やることあるぞ。


 俺は一つあくびをして、仮眠のため毛布のある荷馬車に向かって再び歩き出した。


 そして、この時の俺は、ファーテスに帰りついた時の騒動を想像もしていなかった。


 パメラの魔導杖を回収するために、エディに掘り進めてもらっていた製品開発室の床から温泉が噴き出て、それを有効利用するために石工ギルドと面倒な交渉をしないといけなくなったことも。

 そして魔導杖が見つからなかったパメラのために、ローズマリー=エイミの『特能』で魔導杖を回収してもらうために嫌々頭を下げに行かなければならないことも。

 そして怒り狂ったジェーンに本当に頭を潰され、シスター・パトリシアのお世話になることもだ。


 最も、それらはまた別の話。

 いつか語る日も来るだろう。





 冒険者ギルド・ファーテス支部 営業販売部長・カワイ=ケイスケのお仕事 


 終り





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者ギルド・ファーテス支部 営業販売部長・カワイ=ケイスケのお仕事 桁くとん @ketakutonn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ