第21話 今回のエピローグ①




 俺はローズマリー=エイミを肩に担ぎ上げ、廃城から離れて『爆縮インプロージョン』の影響が薄くなるところまで移動した。


爆縮インプロージョン』により一瞬で圧縮された悪竜ヴィーヴル周辺の空間に殺到する周辺の物質が、急激に高まり過ぎた圧縮熱と高密度によって、しばらくすると大爆発を起こすからだ。


爆縮インプロージョン』によって起こる現象は俺と、俺が触れている存在には全く干渉してこないのだが、正直それ程何度も使っている訳ではないので、どの程度「無敵時間」が持続するのかが俺自身良くわかっていない。

爆縮インプロージョン』の中心部附近はかなりの高熱となるため、高熱が冷める前に「無敵時間」が切れてしまったらその瞬間骨まで炭になってしまう恐れがある。


 だから安全と思われる位置まで逃げておくことにしている。

 ジェーンにそう指導された。


 今回俺が代償に払った感覚は、嗅覚だった。

 他の感覚に比べると、まだ行動への影響は少ない方ではあるが、やはり臭いも周辺探知のための重要なファクターであるため、森の中をあまり動き回る訳にはいかない。

 廃城から数百m程離れた場所に元は密林グマの巣穴だった洞穴ほらあなを見つけた。洞穴ほらあなの元の家主の密林グマは、廃城の異変に怯え逃げ去ったようだ。

 ローズマリー=エイミを抱え、嗅覚がない状態で森を抜けるまで移動するというのは無謀に過ぎる。

 それと間もなく確実に暴風雨が降り出すことがわかっていたこともあり、そこに身を潜めることにした。

 暴風雨は『爆縮インプロージョン』が作り出した地上の高熱で爆弾低気圧が発生するため必ず降る。もっともそのおかげで『爆縮インプロージョン』の圧縮熱がより早く冷める効果もある。


 暴風雨は俺達が洞穴ほらあなに避難した次の日からずーっと降り続いた。


 ローズマリー=エイミは3日程ずっと眠り続けた。

 その間はずっと洞穴ほらあなで身を潜め続けた。

 元々麓の街道から廃城までは3昼夜かかると聞かされていたので、出発前に食料と水を多めに用意してきたおかげで食料探しをする必要も無かった。

 俺はこいつローズマリー=エイミに魅了され操られ道具にされかかったが、そこまで憎いとは思っていない。

 悪竜ヴィーヴルに聞かされたこいつローズマリー=エイミの背景もある。こいつローズマリー=エイミが自分で語った転移直後のことも。16歳の少女がこの世界で生き抜くためにどれだけの辛酸を舐め、今のこいつローズマリー=エイミになったのだろうと考えるとどうしても憎み切れない。

 とは言ってもこいつローズマリー=エイミが自分で語ったことは俺の憐れみを誘うための嘘ってことも当然考えられるので、全面的に信じる訳にもいかないのだが。


 4日目の夕方、ローズマリー=エイミは目を覚ました。

 ガバっと跳ね起きたローズマリー=エイミは「‼ アイツヴィーヴル、何処にいるのぉ!」と大声で叫んで辺りを見回し、ここが廃城の中ではないことに気づくと俺に詰め寄った。

 俺はあの後のことを本当につまんで話した。

 ローズマリー=エイミが俺にかけた魅了は悪竜ヴィーヴルに解かれたが、悪竜ヴィーヴル自身が死を望み『爆縮インプロージョン』で消し去った、と。

 それを聞き、ローズマリー=エイミは小躍りして喜んだ。


「本当に『爆縮』したのねぇ? 嘘だったら許さないわよぉ!」 


「本当にやったよ。そこから廃城のあったところを見てみるといい」


 そう俺が言うとローズマリー=エイミは洞穴ほらあなから出て雨の中に立ち、廃城跡を見た。


 俺も後に続いて廃城跡を仰ぎ見る。


 激しい雨に打たれ続ける廃城は完全に内部に向かって崩れ、城だった外見を留めてはいない。

 辛うじて残った石造りの基礎部分が、そこに城があったことを見る者に教えてくれている。

爆縮インプロージョン』に伴って発生した爆発と燃焼は幸い廃城の周囲の森に延焼することはなく、廃城のあった部分は雨が蒸発する水蒸気と可燃物の燃える煙が弱くなったものの、まだ立ち昇っていた。


「本当にやってくれたのねぇ! 早速回収に行かなくちゃ」


「焦るなよ、3日3晩眠りっ放しだったんだぞ」


「焦るわよぉ! あの煙は恐らくシャンリーの教会からも見えているわぁ。多分もうすぐ結界を一部解いてシャンリー常駐の聖堂騎士団が廃城を確認に来る!」


「焦るなって。あの悪竜ヴィーヴルは教団からも結構恐れられた存在だったみたいだから、小規模なシャンリーに常駐させてる戦力だけで確認には来ないだろう。普段のアンタならそれくらいすぐ気が付くはずだ」


 俺がそう言うと同時にローズマリー=エイミの腹がくう~っと鳴った。


「ちょっと! これは生理現象なんだからぁ!」

 顔を赤くして恥ずかしがるローズマリー=エイミ。


「ハイハイ体は正直だなお嬢さん、グヘヘ」

 と俺が茶化して言った瞬間、ローズマリー=エイミの手が見えない速さで俺の首に伸び、俺の頸動脈を首の中から直接摘まんだ。

 その表情は実に冷ややかで、秘めた殺意すら感じられる。

 脳への血流が止まりスーッと意識が薄れる。


「振り払おうとしても無駄よぉ、動けば頸動脈が千切れるわぁ。あんまり私を揶揄からかわないことねぇ」


 そう言うと俺が意識を失う寸前で手を戻した。

 もしかしたら下卑た物言いが、過去に襲った男達をフラッシュバックさせたのか……

 脳への血流が戻ったが、立ち眩みのように立っていられず俺はその場に膝をつく。


「どうせあの悪竜ヴィーヴルから私のことも聞いたんでしょぉ? そう、私は教団にとって邪魔な存在を消す下手人アサシンよぉ。ちょっと優しくしてあげたからって、あんまり付け上がらないことねぇ」


 そう言うローズマリー=エイミの腹がまたくう~っと鳴る。


「……でも、確かにあなたの言う通りだわぁ。この時間になっても聖堂騎士団の姿が現れてないってことは、大規模に調査隊を編成しているってことねぇ。

 日が落ちてしばらくしたら行くわぁ。アナタは関係ないけどぉ、何か食べときなさぁい、カワイ=ケイスケさぁん」


 そう言ってローズマリー=エイミはまた洞穴ほらあなに戻った。



 日が落ちてからしばらくして、ローズマリー=エイミは一人でまだ激しく降る雨の中を廃城跡に向かった。

 最もローズマリー=エイミの『特能』は雨に濡れることもない。

 そして『特能』で地面に潜って魔輝石を探すのだから、俺が一緒に行っても足手まといにしかならない。



 数時間後の深夜にローズマリー=エイミは戻って来た。


「お目当てのものは見つかったのかい」


「ええ、あったわぁ。悪竜ヴィーヴルの膨大な量の魔石と赤い宝石ガーネットが圧縮された強力な魔輝石。圧縮熱が冷めきってないからかなり熱いわよぉ」


 小躍りして喜ぶローズマリー=エイミ。

 俺が悪竜ヴィーヴル赤い宝石ガーネットを報酬としてもらったことは話していなかったので、ローズマリー=エイミが赤い宝石ガーネットも一緒に魔輝石に含まれていると勘違いしているのは仕方ない事だ。

 そしてそれを教えてやる義理はない。

 依頼は「悪竜ヴィーヴルを殺す」だけなのだから。

 最も悪竜ヴィーヴルの体内の魔石全てを圧縮した魔輝石は、それだけでも十分な力を秘めている。

 多分1都市で使用している魔道具全てを100年程度フル稼働させるくらいの魔力は秘めているだろう。


 例えローズマリー=エイミ自身のくびきを解く役には立たなかったとしても十分な価値はある。




 ローズマリー=エイミの『特能』を使って、俺達はその夜のうちにシャンリーまで戻った。

 明け方近くに『黄金の夜明け亭シャンリー店』に到着した俺達は夜明けとともにランキン商会へ報告に行く。


 ローズマリー=エイミと俺はランキン商会会頭エリック=ランキン氏に悪竜ヴィーヴルを倒したことを報告した。

 ローズマリー=エイミは悪竜ヴィーヴルを倒した証拠として、悪竜ヴィーヴルの剥がれたうろこ5枚をエリック=ランキン氏に見せた。

 魔輝石を回収した時に見つけたのだろう。

 確かに戦闘で鱗が剝がれ落ちた場所は『爆縮インプロージョン』の範囲内には入っていなかったが、『爆縮インプロージョン』で瞬間圧縮された悪竜ヴィーヴルが居た空間が作り出す真空に真っ先に吸い寄せられるはずで、その後真空に飛び込んでくる多くの物質の質量や衝撃、圧縮熱に耐えてよくぞ残っていたものだ。

 また、そんなものまで見つけて来るローズマリー=エイミのしたたかさにも感心した。


 エリック=ランキン氏は悪竜ヴィーヴルの鱗という証拠を見せられて、シャンリーでの商売を畳みファーテスへ移転する決意がはっきり固まった。

 少しづつ進めていた移転のための準備をその日から加速させるとのことだったので、俺も道中の護衛について、閉鎖する冒険者ギルド・シャンリー支部の副支部長アレックス=ブレナンに信頼できる冒険者たちの取り纏めを依頼しており、護衛の冒険者は全員ファーテス支部に所属を移してから報酬を支払うことにしていることを話した。

 エリック=ランキン氏は護衛の冒険者たちの道中の食事の支給とシャンリー支部閉鎖後になるが前金の支払いを約束してくれた。

 出発は10日後ということになったが、それまでランキン商会の周辺の警戒などにアレックス=ブレナンから信頼できる冒険者を回してもらった方がいいかランキン氏にたずねたところ、多人数は必要なさそうだが念のため数人荷の運搬などの名目で来てもらえる方が助かる、との返答だった。


「その程度でよろしいのですか? ここシャンリーの治安を考えると、荷造りなどの動きがあれば冒険者崩れが徒党を組んで襲撃してきそうな気もしますが」


 俺がそう尋ねると、ランキン氏が答える。


「実は3日程前から他領所属の聖堂騎士団がすぐそこのシャンリー教会に集結しているのだ。いよいよ教会も領主の横暴を叱責する気になってくれたのかも知れんと噂になっている。

 聖堂騎士が集結しているおかげでこの周辺の治安は保たれているのだよ」


 ランキン氏は教団が悪竜ヴィーヴルを結界で封じ込め監視していたことを知らないため、聖堂騎士団の終結がまさか悪竜ヴィーヴルが封じられた廃城を探索するためのものとは思っていないようだ。


「エリック、聖堂騎士団は領主に諫言するために集まっているのではないわぁ。教会は教会の思惑で動いているのよぉ。だからここシャンリーの状況は変わらない。移転を取り消そうなんて考えないでねぇ。

 それと、私たちが悪竜ヴィーヴルを倒したってこと、何があっても他言無用よぉ。万が一外に漏れていたとしたら私たち以外でこのことを知っているのはエリック、貴方しかいないのだから。

 あなたに不幸が降りかかりかねないわぁ」


 ローズマリー=エイミは妖しく笑みを浮かべランキン氏に釘を差す。

 エリック=ランキン氏は苦笑いで承諾するしかなかった。



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