第20話 悪竜の望み
『
『隔てた世界』に居て、絶対にこの世界の攻撃は自分達に当たらない、その前提が易々と覆ったのだから。
「何でぇっ!?」
『操られし者ごときに我が遅れを取ると思うたか! 女、我が欲しくば己が力のみで我をねじ伏せてみよ! だが、我に対して己が居る
巨体とはいえこの謁見の間の天井よりは低く、およそ身の丈は5m弱といったところだろう。
俺の左胸に突き刺さったと思った
「なら、この
その度に鱗が飛び散って、尻尾から血が滲んできた。
『その程度か? 小賢しい』
同時に
今、
尻尾で抑えつけられていて上下左右には動けない。
だが、前になら!
俺はネクタイを外し『硬化』させて右手に持ち、左胸の
だが、気づいた
このままでは俺の体も軽々と跳ね飛ばされて壁に叩きつけられ大ダメージを受ける。
俺は咄嗟に
切り落とされた尻尾はしゅるんと左胸の
『我が尾を……やるではないか』
「苦しっ、放しなさいぃっ!」
『己が力も弁えずに我に楯突きし女よ。その身を我に捧げよ』
「きゃああぁぁっ!」
このままでは
俺は咄嗟に駆け寄り、
その瞬間再び
広がって飛んだ
『くっくっくっ、面白き発想よ。我に目が現れた瞬間に
そう言って手に持った
俺は
その華奢な体は擦り傷切り傷はあるものの、重大なダメージは受けていないようだ。
最愛の人が俺の手の中に戻って来た。
俺は
『男、待てい』
いいところで
『男、我の目の前で生殖行為でも始めそうな勢いだな』
大きなお世話だ。
『……魅了された状態では話すら出来んか』
もっと大きなお世話だ。
俺は
その瞬間、
『暗視Lv5』でその光をまともに見てしまった俺は目の前がホワイトアウトし、ローズマリー=エイミを抱えたまま立っていられず膝を着いた。
『男、正気に戻ったか』
俺は膝を着いたままその声を聴く。
『
「ああ、多分正気に戻った、と思うよ」
『ならば良い。男、魅了し操られし状態で汝と会話しても詮無きことであったのでな。女の術は解かせてもらった』
「ありがとう、助かったよ。戻ってジェーンに知られたら、また頭を握り潰されるところだった」
『もう既に遅いのではないか? そのエルフの娘はカンが鋭いのであろう』
「貴女の力で何とかしてもらえないかい?」
『くっくっくっ、我の力はこの結界の外には及ばん。諦めよ』
「そうか、残念だな。ところで何で攻撃するのを止めたんだい? 貴女の力なら俺達二人を簡単に捻り潰せただろうに」
『元から汝らを屠ろうなどとは思っておらぬ。ただ、男、汝が女に操られ、道具のように使われるのが我には許せなかったのだ。かつての我を見ているようでな』
「最初に俺達が貴女の前に現れた時に、さっきのカッ! てのをやって解いてくれれば話は早かったと思うけど」
『女が男、汝の手を握り己が
『その女、かつて教団に楯突き、結果教団に敗北し
少しづつ
『最も、我を魔輝石にし
だが単純なだけに精神に深く打ち込まれており、強力な魔輝石を得た程度では破れぬのだ』
「なら今回の
『その通り。我を
「誰だって内面は複雑さ。俺だってそうだ。そして
『くっくっくっ、男、人の身ごときが大層なことを言うではないか』
「貴女は教団に力を利用され、ここに永きに渡り封印されてきた。その間に結界の外の世界では貴女を貶める風説が流されたが、その影響が貴女を
『くっくっくっ、他の存在に己を理解される事とは、恐れを伴うが心地良きことでもあるな。
その通りよ。
我のような存在は、人らの認識によって少しづつだが変化してしまうのだ』
「貴女の遥か過去の呼び名は何だったんだい?」
『くっくっくっ、今更その名を告げたとて、我を以前と同様の存在に復活させるのは途方もない時と信仰が必要よ。
もう良いのだ。
我はただ、この堕ちた身を、存在を、消してしまいたいのだ。
さすれば、また新しい存在として蘇ることができようからな。
男、汝の持つ力で我を殺してくれ』
「最初に言っていたのは本心だったのか」
『その通りよ。ただ、その女に操られし道具に消されるのは甚だ不本意であった。
故に正気に戻したが、汝、優しすぎ臆病すぎるな』
「よくわかってるじゃないか。そんな
『さもありなん。だが聞け』
『カワイ=ケイスケ。汝が恐れているのはその力でもなく我を殺すことでもない。
竜をも殺せ、場合によっては神をも殺せる強大な力を持たされた、汝自身を恐れているのだ』
「ああ、その通りさ。俺のような小心者がこんな力を持たされても、身の丈に合わない。この力に見合った決断が出来る程俺は強くない。それは俺が一番わかってる!
甘い言葉に弱い。世間の風潮に流されやすい。怠惰を貪ることが大好きだ。決断はなるべくしたくないし先延ばしにしたい。
ああ、俺は自分が弱くて甘いっちょろいことが良くわかってる!
俺は俺自身をこの世で一番信用できないんだ……」
『カワイ=ケイスケよ。汝は愚かな人間の代表よ。
自分自身を見つめ、自分自身の裡にある弱さ、愚かさ、怠惰さと日々向き合っている。そして己自身に打ちのめされている。
だが、だからこそ他者のことも同じように考えることができ、許し、付き合うことが出来ているではないか。
それは日々の
そんな汝は我が境遇、どう感じるのだ』
ああ、この
「
『……それが汝の感性の導きであれば、それは汝の行動の元とすべきものだ。ならば己が何を為すべきか、わかるであろう』
「だが、それでは貴女があまりにも『それ以上は申すな』
『それ以上は申すな。それは我にとって、あまりにも侮辱というものだ。
決断せよ、カワイ=ケイスケ。
……良いか、我は汝を魅了した上で我を殺させることも出来るのだ』
『汝らが魅了耐性Lv5と呼ぶ業では、我の魅了を逃れることは出来ぬ。汝に聖餅を渡したエルフの娘と同等の業でなければな。
だが我に魅了されて我を殺すのは、そこの女に操られて我を殺すのと全く変わらぬ。そこには汝の意思は無い。
汝はただ他者の道具に成り下がるのだ。
ここで決断出来ないのであれば、汝は今後も他者に道具として付け狙われることを自ら良しとすることに他ならぬぞ』
ああ、そうか……
俺はこの強大な力『
ローズマリー=エイミに魅了されていた時は、『
魅了し操られていたから、と後で正気に戻った時に自分自身に逃げ道を作れるからな。
強大な力を使い、何かを殺し破壊することに責任を負いたくないって、優しさにかこつけた弱い心が
だが、
それに耐えられるようになったのは、結局自分自身で決断し続け結果を受け入れる経験を前世から何度も何度も積んできたからだ。
なら、俺はこの『
いま、目の前の強大な存在を消す方が良いのかどうか、俺は決断しなければならない。
「わかったよ、
俺はそう言って右掌を開き
やる。
『待て、カワイ=ケイスケ』
俺の中の張りつめた気持ちがガクッと
散々決断を煽っておいて、何だよそりゃ!
「何だよ、ちょっと美しい女の姿だからって、男を弄び過ぎじゃないんですか、
『汝は冒険者よ。我を殺す報酬は必要であろう』
そう言うと
『汝が来た世界の伝承では
「貴女、妙に律儀だな。タイミングは悪いけど」
俺は
『くっくっくっ、許せ。もうずっと他の存在とこうして戯れるということが絶えて無かったのだ。この我が消える前の最後の手向けとでも思うてくれ』
「貴女は、死んでもまた復活するのか」
『汝の力なら我を完全に消滅させることも可能だがな、おそらく近々生まれ変わることとなろう。生まれ変わった我と汝が出会ったなら、優しくしてやってくれ』
「わかったよ。俺も貴女と会えたこの時間は有意義だった。もし、生まれ変わった貴女と出会ったなら、もっと色々と語りたい」
『うむ。ではやってくれ』
俺は再度右掌を開き
『
右手をグッと握りしめると同時に
周辺の森から空気と多量の木の葉などの可燃物も
次々に大量に流れ込む空気と可燃物のため火の勢いは爆発的に大きくなる。
俺は俺の足元に密着し倒れていたローズマリー=エイミを担ぎ上げた。
『
完全に崩れた城内に轟々と殺到する空気や木々、燃え広がる燃焼の影響を受けることなく、俺はローズマリー=エイミを担いで木の葉がすっかりなくなった外の森に向かって歩き出した。
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