第17話 冒険者ギルド・シャンリー支部




 廃城というのはシャンリー市街地から丸三日三晩かけて登り通して辿りつくと言われる、この辺りでは一等高い山の頂上にある。王国がこの辺りの統治を始めた時代よりも前に廃棄された城で、誰も近づかないため道も既に木々に埋もれている。


 いつから悪竜がそこに棲み付いているのかはわからないが、シャンリーでは昔から時々夜になると悪竜の鳴き声が響き、その声が聞こえる夜は人心が不安定になると恐れられていた。


 冒険者や騎士団が悪竜を退治し、守る財宝を得ようと廃城に何度も向かったが、その度に廃城まで辿り着けず遭難者を多数出した。木々が動く魔の山と化していたからだ。


「ってことなんだけどぉ、出発は4日後ねぇ。寝泊まりは私の娼館の一室を使ってくれていいわよぉ」


 ランキン商会を退出し「黄金の夜明け亭シャンリー店」に戻ったところで俺はローズマリー=エイミからそう告げられた。


「何で4日後なんだよ、明日でもいいじゃないか」


「オンナには色々と準備があるのよぉ?」


「その間俺はどうすりゃいいんだ」


「三日三晩、ここで遊んでくれてもいいわよぉ? お代はいただくけどぉ。客筋が悪くなったせいで嬢も接客するの嫌がってるしぃ、アナタみたいな真っ当な人が遊んでくれたらうちの嬢たちも喜ぶわぁ。5輪車くらいどぉ?」


「フザケンナ。無理」


「だったら、ランキン商会の手伝いとかしてみたらぁ? エリックに言っておくわよぉ」


 という訳で……俺はランキン商会の所有する薬草農園の手伝いをすることになった。

 薬草農園はシャンリー市街地の外壁の外にある。

 農園監督のヒュー爺さんの指導の元、早朝から夕方まで草取りが主だ。

 農園は働き手が少なく雑草も茫々ぼうぼうで、辛うじて色の違いで雑草と薬草を見分けることができる、というくらいの荒れ方だった。


 草取りをしていると、時々圃場ほじょうの外の森の中を人影が動いている様子が伺える。

 農園監督のヒュー爺さんに聞くと、「ありゃ盗人が様子見に来てるんだ。うちの元従業員が先導してな。夜になったらよさげな薬草を盗んでいくんだ」と当たり前のように答える。

 護衛や監視を雇わないのか尋ねると「雇った側からそいつらが盗んでくんでな。盗人に金払ってやる義理もないだろう」と平然と返す。


 まともに働いてもそんな状況では徒労じゃないのか。

 ヒュー爺さんにそう尋ねると、「ワシも実際そう思うよ。ただワシはこれしか出来ん。もう少しで森に追放になるところだったワシを拾ってくれたエリックの旦那への恩だけでやってるようなものだな。まだ農場に残ってる者は皆そうだ」と達観したように言う。

「皆、悪竜の鳴き声でおかしくなったって噂してるが、ワシが思うに、それは悪さをする単なる理由付けだ。元々こんなキツイ仕事はやりたくねえって者たちが、ここぞとばかりに人様の仕事の成果だけ頂こうって卑しくなっちまった。そういうことだと思う」

 続けてそう言ったヒュー爺さん。

 諦めを滲ませながらも手だけは動かす。

 ヒュー爺さんを愚かだと言う者はここでは大半だろう。

 だが俺はヒュー爺さんは立派な人間だと思う。



  ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄ ⋄



 農場の手伝い終了後、俺はシャンリーの冒険者ギルド支部に顔を出してみた。

 夕方は依頼の達成、進捗報告でギルド内はシャレにならない込み合い方のはずだが、シャンリーの冒険者ギルドはまったく閑散としている。

 貼り出された依頼も見てみるが、数も少なく内容も大したものはない。

 稼働している受付窓口も2つのみで、片方は冒険者もおらずカウンターで居眠りをしている。

 巨乳受付嬢の前には一人並んでいたので、俺は居眠りしている男の方に声をかけた。


「……むー、何だい、せっかくいい夢見てる最中だったってのによ……」


 俺が起こしたことで不機嫌になったその男は口から垂れたヨダレを拭きながら返事する。


「依頼達成報告の冒険者じゃないな……何だ、再登録でもしたいのか」


「ファーテス支部の営業販売部長、カワイ=ケイスケって者だけど、凄い有様だね」


「何だよ、他所の支部の専従かよ。全く見りゃわかるだろ? ここに来たって何もねえよ。早く帰んな、もうこの支部も閉鎖が決まってんだ」


「閉鎖?」


「ああ、もう依頼もロクに来ねえし、依頼の受け手もいねえ。だったら開けとくだけ金の無駄だろ?」


 鼻をほじりながらそう投げやりに返事をする男。


「報酬の80%も持ってかれたら誰も依頼を受けようなんて気にゃあならんさ。森にでも入って狩猟採集するか、村や畑襲って強奪する方がそのまんま懐に入るんだからな、みんなそっちに流れるのは当たり前だろうよ。そっちの方が賢いぜ」


「貴方は賢い選択は取らなかったのかい」


「俺は賢くなれるほど勤勉でもないんでな。もう流されるままだよ」


「領主スタンリー伯爵家の騎士団とか、治安維持組織は機能してないのかい」


「家宰だの何だの、伯爵家の偉い立場以外は一律65%も人頭税むしられてるんだ。下級兵士の警邏隊けいらたいなんざみかじめ料のタカリ屋みてえなもんだし、てめえらの権力カサに着てやりたい放題だよ。

 この街で一番真っ当なのは人頭税の対象外の教会と教会守備の聖堂騎士団くらいだな。つっても教会周辺の治安維持で手一杯だ。末期だよ」


 ほじった鼻クソを丸めて飛ばす男。

 何だかんだでギルドを最後まで守ろうとする辺り、口では投げやりな事を言っているが実は義理堅い。


「貴方の肩書と名前を教えて欲しいんだけど」


 男は怪訝そうに俺を睨む。


「何だい? ギルド本部に通報でもしようってか? 生憎ここの支部の閉鎖は本部も了承済みだぜ? なんせ支部長本人が本部に駆け込んでそのまま居付いて戻って来ねえんだからな」


「通報なんかしないって。もし新天地に移る気があるのなら、近々依頼するかも知れないからさ」


「どういう話だ? 見えないんだが」


「近々、ここシャンリーを出る、とある集団から移送の護衛依頼をするかも知れないってこと。まだギルドを守ってる責任感のある人たちに頼みたい。貴方はそれなりの立場にある人みたいだから、護衛集団をまとめ上げて欲しいし、窓口になってもらいたい。そのために肩書と名前を知りたいんだ」


「ここのギルドに依頼したら結局報酬の80%は持ってかれちまう。そんな条件じゃ受けようって奴は流石にいねえぞ」


「ここのギルド閉鎖後に、新しく移るファーテス支部が依頼を受けた形にして護衛した冒険者に支払うようにしたいんだ。到着後ファーテス支部に登録し直してもらって、それからって形にはなるけど」


「ちょっとアレク、いい話じゃないの。何不貞腐れてんのよ。ここ閉鎖した後のアテ、アンタ何にも考えてないでしょうに。

 アタシだってここ閉鎖した後なんて、娼館で接客するくらいしか思いつかないのよ。それともアンタが養ってくれる?

 しっかり話聞きなさい!」


 隣の窓口担当の、受付を終わった巨乳受付嬢が、男にそう文句を言う。


「ご夫婦ですか?」


「まさか、こんなやる気ない男と一緒に何かなりませんって」

「こんな気の強い女なんぞまっぴら御免だね!」


 2人が同時に返答する。


「失礼しました。意外にお似合いだと思ったんで、つい。

 それで、肩書と名前、教えてくれる気にはなったのかい、アレク」


「あー、わかったわかった。俺はここシャンリー支部の副支部長、アレックス=ブレナンだ。ここ閉鎖後もしばらくはギルドハウスで寝泊まりしてるぜ多分」


「私はここシャンリー支部の看板受付嬢ケイシー=レインよ。よろしく、ファーテスの専従さん」


「改めて、ファーテス支部営業販売部長カワイ=ケイスケって言います。ファーテスまでの護衛依頼、必ず実現させるので依頼受諾希望者のとりまとめ、少しづつでも進めておいて欲しいのでよろしく。

あ、ちなみにこれまで悪竜討伐依頼って出てなかったかい」


「悪竜? 廃城のか。かなりの過去にはあったらしいが、もう今じゃ出てないぜ」


「それって、領主の圧政で依頼じゃ食えなくなったからかい?」


「いや、そういう訳じゃねえな。領主が代替わりする随分前から出なくなってるぜ。もっともあの山昇って廃城に辿りつくことが出来ねえんだから討伐も何もありゃしないんだが」


「飛べる種族なら行けるんじゃないか?」


「いや、何でかわからないが、飛べる種族やペガサス騎士でも空中で感覚おかしくなって落っこちたりするらしいんだよな。最も本当に俺が冒険者になって以降は悪竜討伐依頼なんて見た事ないぜ。悪竜なんて呼ばれてるが、実際に悪さしてるかって言うと被害はそんなに無えからな」


「そうか、勉強になったよ。ありがとう」


 俺は礼を言って冒険者ギルドを後にした。


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