第16話 都市シャンリー




 ローズマリー=エイミのシャンリーでの娼館の名も『黄金の夜明け亭』だ。


「アンタ、全国チェーン展開でもするつもりなのか」


「出来ればそうしたいところねぇ。安心、安全、明朗会計の殿方の社交場。王侯貴族から庶民まで誰でもウェルカムよぉ」


「その割には冒険者はカッパー級以上って縛りを設けてるじゃないか」


「ふふっ、カワイ=ケイスケさぁん。アナタ自分がリード級やブロンズ青銅級だった頃って、娼館で遊ぶような余裕あったのぉ? いつか自分もカッパー級になったら足を踏み入れられるって、そんな目標って大事じゃなぁい?」


 そんな会話をしながら娼館を出る時にフードを被ったローズマリー=エイミの後に続いて路地を歩いていると、暗がりからチンピラ風の男が数人、ナイフを手に現れる。


「有り金と、その女は置いて行ってもらおうか」


 いかにもなセリフで俺達の行く先を塞ぐ。

 食えない冒険者崩れといった風情。

 まあ確かに依頼報酬から65%も人頭税で引かれたら、真っ当に依頼を受けようなんてバカらしくなる。教会税、組合費も入れると手取りは20%だ。

 ちょっと悪さで稼ぐ方が実入りがいい。

 気が付けば後ろにも奴らの仲間が現れ、完全に囲まれている。

 前を塞ぐ男達が4人、後ろは3人、全部で7人だ。


「あなたにお任せしようかしら、カワイ=ケイスケさぁん」


 そう言って男達を気にせず先に進もうとするローズマリー=エイミ。


「オイオイ、連れの男が頼りないからって逃がすと思ってんの?」


 男達の中でも体格のいい、多分リーダー格がローズマリー=エイミの腕を掴もうとする。

 ローズマリー=エイミはその男の目を、笑みを浮かべながら妖しく見つめる。


「何だ、観念して媚びを売ろうってのかい? だったら優しくしてやっても……」

 男の言葉は途中で途切れ、トローンとした表情に突然変わる。

 恐らくローズマリー=エイミの『魅了』の効果だ。

 そして魅了にかかった男は、持っていたナイフで自分の首を掻き切った。


「な、何だ!」


 リーダーが突然自分の首を掻き切り、血を吹き出して倒れたことに動揺する男達。


 その隙に俺はポケットから一瞬で名刺を取り出し、男達の武器を持った手に投げつける。

 6人の男たちは利き手に突然名刺が刺さり武器を取り落とした。

 そして俺は素早く収納袋マジック・バッグから砂の入った袋を取り出す。

 袋の中の細かい砂を男達の顔面に投げつけると、砂を浴びた男たちは皆倒れ、いびきをかいて眠り出した。


「ザントマン・サンドねぇ。珍しい物持ってるじゃなぁい? それもジェーン=マッケンジーが用意したのぉ?」


「いや、俺は人を殺すのが好きじゃないんでね。大樹海のザントマン達に時々貰うのさ」


「でもあなた、投擲とうてき武器が『硬化』させた名刺って、自分の名前を現場に残す加害者ってマヌケじゃなぁい?」


「うっせ、男の浪漫なんだよ」

 俺は男たちの手に刺さった名刺をイソイソ回収しながら、ちょっと恥じ入りつつそう答える。


「ふふっ、その分だとネクタイを『硬化』させて剣替わりに使ったりするんでしょぉ、男の浪漫だものねぇ」


 図星を指された俺は顔が真っ赤になったが、努めて平静な声を出した。


「とりあえず先を急ぎましょう。ランキン商会までご案内お願いできますか、ローズマリーさん」






 シャンリー市街地は歴史の浅いファーテスとは違って、市街地も冒険者街も一緒になっている。

 冒険者の多い区画に「黄金の夜明け亭シャンリー店」はあり、教会や市政庁などがある中心市街地の近くにランキン商会はあった。


 ランキン商会の中に入ると、従業員は「いらっしゃいませ」とこちらを迎えてくれるが、どことなく元気はない。

 商館の中に客が少ないのも活気が無い一因だろう。


 ローズマリー=エイミがランキン商会の受付で被っていたフードを外し会頭に面会を求めると、受付の男はすぐに会頭を呼びに行った。

 そして若いが身なりのしっかりした男が出て来て俺達を会頭室に通す。


 会頭室には50歳近いがまだ髪も黒々とし、口髭を蓄えた貫禄のある男性が俺達を待っていた。

 その男性が口を開く。


「おお、久しぶりじゃないかローズマリー。会いたかったぞ」


「ええ、私もよぉ、エリック」


 そう言ってランキン商会会頭のエリック=ランキン氏とローズマリー=エイミはハグをする。

 エリック=ランキン氏はナイスミドルの魅力的な笑顔だが、やはりどこか浮かない顔に見える。


「ローズマリー、こちらの人は?」


「冒険者ギルド・ファーテス支部の営業販売部長、カワイ=ケイスケよぉ」


「冒険者ギルド・ファーテス支部の営業販売部長、カワイ=ケイスケです。お会いできて光栄です。よろしくお願い致します」

 俺はそう挨拶しながら名刺を渡した。当然さっき使った血の付いているものではなく新しい名刺だ。


「ほう、転移者の方かね。ローズマリーとお仲間かな?」

 エリック=ランキン氏は名刺に目をやりながらそう尋ねる。


「ふふっ、仲間ではないわねぇ。私が仕事を依頼したのよぉ」


「はい、ローズマリー=エイミ様の依頼を受け、ここシャンリーに参りましたが、こうしてランキン氏にお引き合わせいただけたことは望外の喜びです」


「そうかね。私はエリック=ランキン。ここでランキン商会を営ませてもらっている。どうぞよろしく、カワイさん。

 それでローズマリー、わざわざ私に会いに来たのはどういった用件だね?」


「……ねえエリック、出資者としての意見を言わせてもらうわぁ。もうここシャンリーでの商売は諦めたらぁ? 

 こんな税率ではこれまでの領主や教会への心づけワイロが全て無駄よぉ。おかげで食えなくなった冒険者や下級兵士たちが盗賊まがいのことを仕出かすようになって治安も悪いじゃなぁい。経済が地下に潜ろうとしてるここシャンリーで、真っ当な商売はもう無理よぉ」


 ローズマリー=エイミの言葉を聞いて、エリック=ランキン氏は深いため息をつく。


「確かに積荷の護衛を頼んだ冒険者たちが、そのまま積み荷をそっくり強奪するようになってしまった。もうシャンリーでは課税される表の金の遣り取りで信用を買える状況じゃない。

 積荷の価格と同等以上の裏金を払ってようやく輸送が成り立っている。売れば売るほど赤字が嵩む。かといって売らなければ原価だけで赤字が膨らむ。こうなると自前の畑で薬草栽培してポーション製造なんて商売を主力にしたことを自分で恨みたくなるな。

 領主の悪政が原因だが、それに輪をかけて廃城の悪竜の淀んだ気が、更に人心をむしばんで盗みや殺しに対する忌避も薄れている。

 もうここで商売を続けるのは君の言う通り限界だよ、ローズマリー。いつ首をくくろうか、そんなことばかり考えている」


「私とカワイは廃城の悪竜を何とかして来ようと思うのぉ。それで多少でも人心が落ち着いたら、資産をまとめてファーテスに移りましょ。

 ファーテスは王家の直轄だからぁ、まだ税率も安い方だし、代官もチョロいから心づけワイロもそこまで必要じゃないわぁ」


 あれでもワイロの額は少ない方なのだ。

 市政庁のレリオさんなんかはこの世界じゃ聖人だ。


「聖人みたいな市政庁の役人もおりますしね」


「だがな、従業員の生活を考えるとな……」


「大丈夫よぉ、私が何とかするわぁ。ちょっと教会の信教者名簿を弄ればいいんだからぁ。従業員もファーテスに連れて行きましょ。

 このカワイ=ケイスケと一緒に悪竜を倒せば、私の魔力はかなり増大するわぁ。そうしたら『魅了』で名簿弄るのなんて簡単よぉ」


 ローズマリー=エイミはそう言って俺の肩にしなだれかかる。

 エリック=ランキン氏とローズマリー=エイミが男女の関係だったら誤解を招きかねないじゃないか!


 そう思ったが、エリック=ランキン氏はそんなローズマリー=エイミの様子を気にせず俺に言った。


「カワイさん、どうにかローズマリーと協力して悪竜を何とかして欲しい。資産をまとめてファーテスに移るにしても、そのための時間の余裕は欲しいのだ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る