第6話 ルート営業の引継ぎ②




「エディ、別に何かしようとは思っちゃいない。ただ話したいだけだよ。

 俺はね、この営業の仕事に遣り甲斐を感じてる。けど、怖かったりもする。

 だって、どんなに小さい案件でも取れなくなったらリード級やブロンズ青銅級の冒険者たちが本当に文字通り食いっぱぐれる訳だからね。

 そうしたら他に食べる術の無い冒険者たちはどうする?

 農村や都市に戻り盗みや強奪をする略奪集団になってしまう。

 そうなったら、ただでさえ軽んじられている冒険者が、他の人々から憎悪され嫌悪されるようになってしまう」


「さっき営業をしている理由、前世も営業だったからと言ってたあなたが、やけに殊勝なことを言いますね。嫌々営業をやってるあなたに、私が片手間で営業を考えているなどと言われる筋合いはありませんよ」


「確かに俺が嫌々やってるようにしか聞こえない言い方になったかも知れないな。

 ただ、俺がさっき言った、低ランク冒険者を何とか食えるようにしたいっていうのは本心だよ。

 なんせ俺とエイジだって、元は低ランク冒険者みたいなものだったからさ」

 

「そんな訳あるはずがない! だってあなたは転移者ではないですか」


「……確かに転移者は『特能』を必ず持っている。

 こっちの世界の人間だって『特能』を持っている人間はいるけど、転移者は『必ず』だ。

 『特能』を持っていたから俺もエイジも苦労せずに冒険者生活していた、そう言いたいのかな、エディ?」


「……そうですよ! 

 転移者が持つ『特能』は様々なものがあると聞きます。

 スキルでも魔法でもない強力な『特能』や、この世界の最上級の魔法やスキルを最初から『特能』として持っている者もいるそうじゃないですか。

 そんな力が最初からあったら、苦労なんてするはずがない!」


 エディの表情が変わった。

 辛うじてこれまでは笑顔を保っていたが『特能』の話題になったら笑顔を保つ余裕がなくなった。


「エディ、『特能』だけあったって厳しい冒険者生活を生き残れる訳じゃない。

 俺とエイジは前の世界で事故に遭って、このファーテスを取り巻く大樹海の中に転移してきた。多分正確には一度死んで『神』や『女神』と呼ぶしかない存在にこの世界に再構築されたんだ。『特能』はその時に得た力だ。

 俺の『特能』は、無暗むやみに使うと仲間ごと巻き添えにしてしまうようなものだ。

 しかも俺の『特能』は食料となる獲物を取れる訳じゃない。

 大樹海でそんな力だけあったって生き抜けやしない。

 そこでの「生き残り方」を知らないといけないんだ」


「いや、そんなはずはない! 『特能』がありさえすれば、何もかもうまくいくはずなんだ!」


 エディの言い方は『特能』を持っている人間に対してのコンプレックスがストレートに出ている。

 つまりエディ自身は『特能』を持っていない。 

 そして『特能』を持っている方が上に行きやすい組織。

 どこかの騎士団の諜報部員だろうと俺はにらんだ。

 ただ、だからと言ってエディをどうにかしようとは思っちゃいない。

 だって、エディは『特能』が無くとも優秀なのだ。


「なあ、とりあえず俺の話を聞いてくれ。

 転移してきた俺とエイジは、運よくその日のうちに人間に出会った。『大樹海の住人』だ。言葉が通じてホッとしたよ。でも彼等は女子供が殆どで、装備とも言えない貧弱な格好をしていた。

 エディが農村出身だったら彼等のことがわかるだろう?」


「……わかりますよ。私も農家の十一男出身ですから。

 森に放逐された人々。

 労働力のために農村部では多くの子を作りますが、作った作物の殆どは領主に納めます。全員を食わせる食料は農村にはありません。作物に手を付けた者や縁づかなかった女子、年寄りや体を壊した者など、労働力にならない者と判断されたら森に放逐されるんです」


「そう、俺達が出会ったのは放逐され辛うじて生き延びていた人々だ。

 彼らは奇異な格好の俺達も受け入れてくれたが、彼等も余裕がある訳じゃない。僅かばかり食料と水を分けて貰った。それでも俺達には有難かった。俺達は彼等に聞いて人里を目指した。

 その日の夜、彼らの拠点からそれほど遠くない場所で野宿した俺達は魔狼に襲われた。

 武器も何もない俺とエイジだったが、エイジの『特能』が発動して魔狼を何匹か倒したところで、俺にも『特能』が発動したんだ。

 俺の『特能』は魔狼を全滅させた。だけどエイジを巻き込んで命を奪うところだったんだ。 

 エイジは辛うじて自分の『特能』で耐えたけど重症だった。

 俺は重症のエイジを背負って彼らの拠点まで必死で戻ったんだ。

 だけど……彼等も魔狼に既に襲われて全滅していた……」


「……」


「俺は泣き叫んだよ。怖くて不安で……人間を簡単に屠る魔獣がウロウロする世界で同僚に瀕死の重傷を負わせて。

 こんな世界に俺達を飛ばした『神』を恨んだ。俺達の前の世界じゃ、野生動物に食われて死ぬなんて想像も出来ないおぞましい死に方なんだ。食い散らかされた死体が血だらけで幾つも転がっている光景に耐えられなかった。

 そういう意味じゃ、俺達転移者ってのはこっちの世界の人間よりひ弱なんだよ、心が。

 そんな絶望していた俺の前に現れたのが、ウイラード=ワイルドをリーダーとする冒険者パーティ『不動の烈風』だったんだ」


「そこで『不動の烈風』にあなたたちは加入した」


「まさか。助けてもらったんだよ。だって俺たち何もできないんだから。

 エイジを回復してもらった後、人里まで一緒に送ってもらったんだが、俺とエイジは料理はおろか食べられるモノもわからない。戦闘じゃエイジは『特能』で立ち回れるが、俺の『特能』は勝手に使うと周囲を巻き込む。何もできない、足手まといでしかなかった。食べられるモノを知っているだけ『大樹海の住人』の方がある意味強いんだって『不動の烈風』と一緒に行動した10日間でわかったよ」

 

 エディが意外そうな顔をする。

 『特能』が万能じゃないってことが、エディのそれまでの常識じゃ考えられないのだろう。


「10日で大樹海を抜けて、今のファーテス支部ギルドハウスの辺りに辿り着いた。当時はギルドハウスなんか無くて、掘っ立て小屋が幾つか並んでるだけだったけどさ、ウイラード支部長たちはそこで「放逐された人々」をどうにか大樹海で生活できるように、訓練キャンプみたいなことをやってたんだ。

 ウイラード=ワイルドって人は、あんな巨体で豪快一辺倒って感じだけど、すごく他人のことを考えてくれる、優しさがあるのさ。

 この世界じゃ、冒険者登録しとかないと人ですらない。死んだって弔ってもらえず放ったらかしの骸骨って末路が待っている。異世界から来た俺達は当然として、農村から放逐された人々も放逐された時点で農村住民としての籍は抹消されてる。

 だから、そこ訓練キャンプに集まった人たちは、隣の市ダンブルまで行って冒険者登録をする。 

 そのために徒歩で街道を移動する道中5日間、ある程度自分の身を守れるようになるってのが最初の目的だったな」


「途中関所があるでしょう。冒険者登録すらしていない無宿人は通れないはずですが」

 

「『不動の烈風』をパーティじゃなくクランってことにしたらしいよ。俺達無宿人は一応クランメンバー。それで関所はどうにかなった。

 しかし、その頃の俺とエイジは本当に役に立たなかったな。

 刃物扱いなんて経験なかったから、支部長やビュコックが狩ってきた獲物をさばくのも10歳の子供に負けてたくらいで、よくゲイルに呆れられてた。

 それで戦闘を仕込んでくれたのがジェーンだよ。今でこそ制服の第2ボタンまで開いて胸を強調するセクシーお姉さんって本人は言ってるけど、実はとんでもないお姉さんなんだ」


 俺は両手を少し上げて呆れたポーズをする。


「どうにかこうにか俺達も冒険者登録して、何とか足手まといにならずに済むくらいの腕になって、ようやく正式に『不動の烈風』に加入したんだ。

 俺達はウイラード支部長はじめ『不動の烈風』のメンバーに巡り合わなかったら今頃大樹海のどこかで骸骨だったよ。

 感謝してもし切れない恩人たちだ。

 そんな彼らがファーテスに冒険者ギルド支部を作るって言うんだから、そりゃ俺もエイジも手伝うさ。

 自分が元居た場所から切り離されて追い出されて、次の場所での生きる術を持たない。そんな絶望を俺もエイジも味わったんだ。

 転移後の俺達みたいな境遇の人を助けられるならね、恩人に協力は惜しまないよ。

 だから昔の俺達みたいな低ランク冒険者が生きるために必要な依頼を取って来る営業って仕事、俺は真剣に取り組ませてもらってるよ」


「……」

 

「転移者は強力な『特能』を持っている。

 そして前世と今とでは社会の仕組みや思想が違っている。

 『特能』という強力な力を持つことで勘違いしてしまう人間も、転移者の中に居るのは確かだ。自分が優れた世界から来た人間で、力を持った自分が遅れたこの世界を変えてやろう、なんて感じでね。

 この世界の権力者が転移者を危惧するのも当然だ。

 だから転移者の動向を監視する者を送り込むのもわかる。

 でも信じられないかも知れないけれど、俺もエイジも、ファーテス支部の専従職員やってる転移者は皆この世界で生きていく覚悟は出来ているし、この世界の社会の仕組みやら価値観やらをぶっ壊そうとか変えてやろうなんて思っちゃいないよ。

 俺達は既に、この世界の厳しさを身をもって知った。

 既にんだ。

 だから、自分の『特能』に浮かれているような転移者を、俺達はどうにかいけないって思ってる。

 だからエディ、何処の組織に所属してるのかはどうでもいい、ただ俺達の懐に入り込んで俺達を良く見ててくれ」


 ジェーンが治安維持組織ギルドナイトを強化しようとしているのも、冒険者になっている転移者のおかしな行動を監視しようとする動きの一環だろう。

 変な前世の価値観や思想を放置してはびこらせ、ファーテス支部を潰してしまう訳にはいかないから。


「ただ、エディが俺達の腹を探ることを気にし過ぎて、営業の仕事を疎かにするってことはして欲しくない、俺が言いたいのはそれだけなのさ。

 それに低ランク冒険者の生活の安定って、どこの権力者にとっても大事だと俺は思うよ。

 さて、長々のご清聴、ありがとうございました」


 俺は別に本気でエディの所属組織を聞き出そうと思った訳じゃない。

 ただ、立場だけははっきりさせておきたかった。

 立場さえはっきりしていれば、協力関係は形成できるものだから。 


「……」


 無言のままのエディにくるりと背を向け、T字路を左に曲がる。

 この先に次の営業先の料理店がある。

 

 俺の後ろをエディが無言で付いてくる。

 エディの気配からは、俺に対して攻撃する意思は感じられない。


「エディ」


 背後で無言のエディに、前を向いて歩きながら普通の声で話しかける。


「俺はさ、前に営業やってたから今も営業やってるって言ったけど、本当は営業って仕事嫌いじゃないんだ」


「……」


「営業ってさ、本当に色々な人に会えて話ができるからさ、自分の知らない知識や出来事なんかを教えてもらえたりする。そうやって自分の世界を広げることができるのが楽しいのさ、本当はね」


「……」


「それで、その時大事なのは相手の話を聴くってことなんだ。心底相手の話に興味を持って耳を傾けると、相手も色々と話してくれる。そこからようやく案件の話ができるようになる。

 相手に興味を持って話を聴くって姿勢に『特能』なんて関係ない」


「……」


「だから俺は本当にエディが営業に向いてるって思う。だってさっき俺にあれだけ話させてくれたからね。エディは大した聞き上手だと思うよ」


「……」


「だからエディ、これからもよろしく頼むよ」


「……はい」


「よし、次の営業先はそこの料理店だ。血抜きしたボア肉30㎏とグランベリー15㎏の納品。多分納品後次の依頼がもらえるよ、エディ次第で」


 次の依頼主とのやり取りはエディに任せてみよう。

 

「……カワイさん」


「何だい」


「私はあなたたちの考え、行動を観察し、報告する。それは任務です」


「……だろうね」


「それは私にとって最も重要なこと。ですが、冒険者ギルドの営業としての仕事を疎かにしたりはしません。それはあなたたちをどう刺激するかわからないからです」


「……助かるよ」


「最悪あなた方が危険分子として処分されたとしても、ファーテスの冒険者全体を立ち行かせる仕事は引き続き行うべきです。ですから営業のことをこれからも教えてもらいたい、そう思っています」


「ありがとう」


 俺は立ち止まって振り返り、エディに右手を差し出した。

 エディは真顔で、俺の右手を握り返す。

 そう、エディを営業に欲しかったのは、その時の立場で最善を尽くそうとする人間性だって見込んだからだ。

 

「エディ、改めてこれからよろしく」


「こちらこそ、カワイさん」





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