通常営業

第5話 ルート営業の引継ぎ①




「前回の依頼品です。どうぞ」


 俺が収納鞄マジックバッグから取り出したポーションの材料となる野草や香草を受け取った依頼主、グレイ製薬店の店主のグレイ爺さんは多量の野草や香草の束を床に広げたむしろの上に置き、一束抜き出して慎重に品定めする。


「資材管理部長ゲイル=ルーテックのお墨付き……」

 そう言いかけた新人営業職員エディ=レイクに片手を挙げ、俺はエディの言葉を制する。

 エディも俺の呼吸を読み、黙って依頼主が心ゆくまで依頼品の確認をするのを見ている。


 自分の仕事に誇りを持つタイプの依頼主には、依頼者の流儀がある。

 俺達冒険者にとっては最高に目利きの資材管理部長ゲイル。その名を出して手早く依頼主を安心させたくなる気持ちはわかるが、職人気質で自分で全てを確認したいグレイのような依頼主にはれをするとかえって逆効果になる。


「……依頼金相応の品質だ。期限が短い割に悪くはない」


 これは、自分の仕事に妥協しないグレイ爺さんの言葉としては満点に近い。 


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺が礼を言って頭を下げるとすぐさまエディも続く。

 やはりエディはカンがいい。


「今後このエディと一緒に営業に回ることが多くなります。私が出張の時はエディがこちらに伺うこともあるかと思います。グレイさん、今後はエディのこともよろしくお願いします」


「……依頼品の品質を落とさなきゃ誰だっていいさ」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 グレイ爺さんがそう言うと同時にエディが素早く礼を言って頭を下げた。





 数日前、エディ=レイクに冒険者ギルドの営業専従職員の話を持ち掛けると、エディは食い気味に「やります! やらせてください!」と話を受けた。

 昨日、俺とウイラード支部長立ち合いの元、副ギルド長のシブサワ=エイジが差し出した専従契約書にサインしたエディは、早速今日俺と一緒に定期的に足を運ぶ依頼主の元に同行し挨拶回りをしている。


 グレイ製薬店から次の目的地まで、少し歩く。

 営業専従職員の話を持ち掛けた当日は、エディが話を受けた直後に用事があると言ってすぐに立ち去ったので、それ程用件以外の雑談話は出来ていない。

 ファーテス市街の通りをエディと並んで歩きながら、この間にエディに色々聞いてみるチャンスだ、と思い話しかける。

 聞いておきたいことがあるんだ。


「エディ、どうだい一緒に回ってみて? 洞穴攻略ダンジョンアタックよりは楽勝かい?」


「直接命の危険が無いのは有難いですね。でも、洞穴攻略ダンジョンアタックに通じる部分もあると思います」


「へえ? どのあたり?」


「地形を知り、出現する魔物の傾向を知り、攻略の方法を考える、といったところでしょうか? 依頼主を魔物に例えるのは失礼に当たりますけどね」


「さしずめ俺はガイドかな?」


「そうですね、懇切丁寧に落とし穴や敵の対策を教えて下さる最良のガイドですよ」


「言うねえ。おだてでも嬉しくて木に登りたくなるよ」


「おだててる訳じゃないですよ。パーティを解散した私にこうして安定した仕事を与えてくれたんですから」


「エディなら他の冒険者たちから引く手あまただっただろうに。俺はエディに是非とも一緒に営業をやってほしかったけど、本当に良かったのかい」


「はい。前のメンバーとは長いこと一緒にやってたんで、他の冒険者と組むっていうのが想像もできなかったんですよ」


「そうか。洞穴攻略ダンジョンアタックに未練はないのかい」


「そうですね、シルバー級にはなりたいと思ってますが、それはギルドの営業専従職員になっても叶えられるでしょう? カワイさんのように」


「まあ、そうだけどさ」


 冒険者ギルド専従職員とは言っても、戦闘と全く縁が切れる訳ではない。

 ルート営業中に魔物に襲われている人を助けることもあるし、そんなに多くはないがリード級やブロンズ青銅級がトレインしてくる森の魔獣の大群を散らさなければならないこともある。

 出張で所持金が心許こころもとなくなった時に、よその冒険者ギルドの依頼を引き受け泣く泣く食いつなぐこともある……あれは本当に情けない。


「戦闘に関しては、それほどいい事はないよ。仲間と協力し合って、なんて滅多に無くて、キツい条件のソロ戦闘が多いから。戦闘しないのが一番。

 ところでエディ、何でパーティ解散になったんだい? 差し支え無ければ教えてくれないか」


「聞いてもありふれた理由で面白くないですよ?」


「ありふれたっていうとリーダーの我が強くて喧嘩別れとか」


「いや、他の2人が結婚して足を洗うことになったからです」


「それはめでたい話だねえ」


「……幸せになって欲しいですよ」


「……黙って身を引く、そんな男の美学か。いぶし銀って言葉が似合うね」


「そんないいもんじゃないですよ……情けないフラれ男です」


「そうか……聞いて済まなかったね」


「いえ、別に隠しておくことじゃないですから」


 エディのパーティの元メンバーの2人って女性だった気がするが、2人ともお相手見つけたってことなのかな?

 一緒にパーティを組む男女は互いに助け合いカバーし合っているうちに惹かれ合って付き合うことが多いから、エディもどっちかに惚れてたってことなんだろう。

 本当に好きだったなら他の奴らに掻っ攫われるのは内心ショックだろうな。

 歓迎会で慰めてやろう。本心だったら。


「こっちが近道なんだ」


 俺は広い通りから、狭い路地に足を踏み入れる。


「カワイさんは何で営業を?」


「俺は前の世界でも営業だったからかな」


「転移者の人の前世の職業って、高等遊民ニート黒企業ブラックって聞きますけど、カワイさんも黒企業ブラックですか」


「ブラックって程でもないよ。でも傍から見ると営業ってブラックに見えるのかも知れないな、早出に残業とか持ち帰りとかするし、夜のお付き合いなんかもあるし。俺の業種だと別に売り上げに応じて手当出るとかでもなかったしなー」


「まあカワイさん達の前世の黒企業ブラックって、私らが聞くと然程さほどひどくもないんじゃないかって思いますけどね」


「確かに洞穴攻略ダンジョンアタックなんか、数日どころか数週間潜りっ放しだったりするもんな。ある程度攻略が進んでいる洞穴でも、油断すると命の危険があるし」


「そうですね。冒険者じゃなく農民だった私の故郷の両親も日の出から日没まで畑作業、日が沈んでからも消耗品を作ったり修理したり。ずーっと働いてましたからね。商人だろうと職人だろうと似たようなものでしょう」


「だから、ある意味単純に長時間の労働時間とか低い報酬だとかが問題じゃないんだよ、前世の黒企業ブラックの話って。

 それでエディ、もう一つだけ聞きたいんだけど、いいかい?」


「何ですか?」


 俺は細い路地の突き当り、T字路で足を止めて、エディに向き直った。

 自然体で立ち、エディの反応によってはどうにでも瞬時に体を動かせるようにする。

 だが、あくまでも笑顔だ。


 エディも笑顔を崩さない。

 ただ、その細くなった目の奥は笑ってはいない。


「エディ、どこの組織の人?」

 

「カワイさん、何を言ってるんですか」

 

「エディ=レイク。マイリとロイネ、2人の女性冒険者とパーティを組むカッパー級冒険者。3年前からファーテスで活動、主な生業は洞穴№5攻略ダンジョンアタックで、アルケニーの大群を3人で殲滅し、600㎏の魔石と多くの戦利品を持ち帰ったことで名を上げた。1か月前にパーティを解散しソロに。

 以降は時折臨時パーティで洞穴攻略に挑むが正式加入はせず、主に冒険者ギルド低ランク向け修練所の教官役依頼を受けて過ごす」


「ええ、その通りですよカワイさん。私のファーテスに来てからの経歴はその通りです。しがないカッパー級ですよ」


「俺は修練所教官役の様子を見て、エディを営業専従職員に迎えたいって思った。リード級や青銅ブロンズ級に対しての教え方が、各人の個性に合わせたものだったからね。人の考え、個性を察することが出来るっていうのは営業にとって大事だからさ」


「私を評価していただき、ありがとうございます」


「だから、引き受けてくれてホッとしたよ。ただね、できればこの仕事を片手間にはやってほしくないんだ」


「……この仕事を軽んじたつもりは、ないですよ」


 エディは、俺が何かを仕掛けようとしていると思ったのか、ゆっくりと気づかれないような速さで、手を腰の収納鞄マジック・バッグに近づける。

 市街地では騎士でない者の帯剣はご法度だから、収納鞄マジック・バッグに刀剣類以外の武器になりそうなものを入れていることが多い。


「エディ、別に何かしようとは思っちゃいない。ただ話したいだけだよ」


 俺は緊張感を漲らせるエディに対し、更に力を抜いた。






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