第4話 定例会議④



 

 低ランク鉛級、青銅級向けの新規大口依頼案件が取れていないことを副ギルド長兼会計部門部長のシブサワ=エイジに詰められた俺は返答する。

 エイジの奴、ウイラード支部長が居眠りしてるからって苛立ちを俺にぶつけてるのか言葉にトゲを感じる。


「……ファーテスは辺境ですから、どうしても依頼主になり得る者というのが限られるので。一度依頼していただいた依頼主には、再度依頼いただけるようにアフターフォローを厚くする方向で営業させてもらってます」


「それはいいが、急ぎ新規大口案件をどうにかしてほしい」


「大口案件はどうしてもファーテスの外まで営業に行く必要あるんで。あんまり出張すると会計部門部長に苦い顔されるので、なかなか」


「くだらない出費まで経費計上しようとするからだ!」


「そうよ、娼館一晩の代金とかふざけすぎよ」


「仕方ないだろ! こっちが相手を接待しないといけないんだから」


「せめてショート90分にしろ!」


「一晩中ナニしてんだか」


「ナニが好きな依頼主候補もいるの! 別に俺が行きたい訳じゃないって!」


「どうだか。『黄金の夜明け亭』に入って行くの見たわよ」


「あれは、あそこのキャストに各都市のそういった接待スポットを教えて貰うために……」


「いやーん、ケイスケったらフケツよ~」


 ジェーンめ、芝居がかった揶揄からかい方しよって! そんな恥じらう年齢でもなかろうに!


「……とにかく、適正な経費なら文句は言わん。早急に更なる大口案件を取って来てくれ」


「しかも、なるべく継続依頼が見込める案件、かい?」


「そうだ。さもないと身を立てられない低クラス冒険者鉛級、青銅級たちが野盗集団にクラスチェンジしかねないからな。ジェーンが治安維持組織ギルドナイトの増員を言い出したのも、そういうことだろう?」


「まあね。窓口で観察していると、ちょっと内に何か溜め込んでる表情の冒険者が目立つようになってるからね」


「まあ、元々『冒険者』っちゅうのは浮浪児や孤児、放逐された人々、都市部の貧民らをどうにか統治するために作られた身分じゃからの、食えなくなれば悪さに走るのも致し方ないのう」


「ゲイルは経験してるだけに重みが違うねぇ。ま、ひとつボタンを掛け違えれば俺達だってそうなってたかも知れねえ訳だしな。それに、そいつら討伐する矢面やおもてに立たされんのも俺達冒険者だからよ。知り合い斬ったり捕えたりってのは、料理がマズくなって仕方ねえわな」


 ああ、それは俺もわかってる。

 洞穴攻略ダンジョンアタックできるような中クラス銅級、銀級以上になれば、魔物狩りの魔石や戦利品の収入だけで余裕で生活できるようになる。

 クラスが上れば他の身分に転職することも一応可能になるし、ある程度名が売れれば領主に仕官の道も開ける。

 ただ、そこに至るまで、低ランク鉛級、青銅級のうちで食いつなぎ、技量を高めるというのが至難なんだ。

 そこを支援するために冒険者ギルドは存在する。

 細々と依頼報酬から組合費を徴収しているのも、同職同士の互助組織だからだ。


「営業の俺の肩に、ファーテスの新米冒険者たちの未来がかかっているのはよくわかってるよ、みんな。

 俺もさっきはエイジがイラついてたから、ついアテられてああ言ったけど、低ランク向けの新規大口案件は取って来たいと思ってたんだ。

 そこで、一つ支部長決裁を仰ぎたい。

 専従の営業職員を一人雇用したいんだ」


「わざわざ報告を最後に回したのは、やっぱりそうか。アテはあるのか」


「エディ=レイクだ。カッパー級だが、シルバー級にほど近い実力はあるからスペルセッターとしても十分だ。それに本人の人柄がいい。最近パーティを解散したとかで、洞穴攻略ダンジョンアタックじゃなく時々修練所の依頼を受けて教官をしてくれているが、教え方がいい」


「エディならいいんじゃない? 『底なし沼』とも上手くやれそうだし。少なくとも悪い事にはならないと思うわ」


 特能「第6感」を持つジェーンがそう言ってくれるのは、心強い。

 でも、ジェーンの支部長決裁だけ通ったりしたら、俺はショックで寝込むかも知れない。


「ケイスケ、営業専従職員採用の支部長決裁の前にまだ報告あるだろう」


「あー……」


「販売部門の報告と『底なし沼』の様子を教えてくれ」


 そこ見逃してはくれないか、やっぱり。そりゃそうか。


「販売部門は……売り上げは横這いだ。収納鞄マジックバッグの仕入れ値を教会が下げてくれればもう少し低ランクの購入増が見込めるんだが……スペルオブラート聖餅とスキルオブラート聖餅の売り上げは微増。他の都市から流れて来た冒険者にはセッターの腕がいいってことで好評なんだが、なんせ元の無地オブラート聖餅が他に比べて高いから、スペル、スキル付与しても割高になってしまう」


「『底なし沼』の様子は?」


「『底なし沼』こと製品開発主任のパメラは、今期は幸いなことに情熱をかける発想が思いつかなかったようで、大人しかったよ。スペルセッターの仕事はそれなりにやってくれてたけどね。

 変な思い付きで異常な開発費を泥沼にぶち込むようなことは今期はそれ程なかった。だから俺も営業専従職員増員のお伺いを口に出せるんだ」


「そうか。貴重な運営費を際限無くつぎ込むようなことが無くて本当に良かった。それとケイスケ、『底なし沼パメラ』の開発費の請求書を期末の締めにぶち込むのは本当にカンベンしてくれよ。こまめに報告してくれ」


「わかってるよ」


 とは言っても『底なし沼パメラ』が請求書を俺に上げるのをいつも忘れてるからな、期末で駆け回っているとつい俺も忘れてしまう。

 そして見せられたその金額の大きさに気を失ってしまいたくなる。


「さて、支部長」

 エイジがウイラード支部長に目をやると、支部長は変わらず腕組み目つむり、そして鼻からは見事な鼻ちょうちんが膨らんだりしぼんだり……

 

「ユキノくん、頼む」


「了解ですぅ」


 エイジが書記のナリミヤ=ユキノくんにそう告げると、ユキノくんは状態異常・眠りの回復魔法ブレイキン・スリープをウイラード支部長に飛ばす。


「うおっ、何だ、辛っ! デビルペッパーより辛っ!」


 普通、回復魔法全般には味覚付与の効果なんて無いんだが、変な所に情熱を燃やすうちの『底なし沼パメラ』が、味覚付与効果のある回復魔法オブラート、なんてものを作ったのだ。

 回復魔法オブラート自体にも付与する味付けが施されているという天才バカの発想だ。それの実験台になったユキノくんだが、その後結構こうして役に立っている。

 術者が最初に苦しむことを除けば『底なし沼パメラ』の変な目の付け所も、たまには使える。


 目の前に出されたまま手つかずだったコップの水を一気に飲み干しゴホゴホとムセ込む支部長に、エイジが冷静に告げる。

 

「支部長、今回の定例会議で支部長決裁を仰ぎたい案件は3件です。ユキノくん、読み上げて」


「飲食宿泊部門ビュコック=ドワイト部長より、冒険者長屋の修理と女性冒険者用長屋の増築。

 窓口業務担当ジェーン=マッケンジー主任、いえ治安維持組織ギルドナイト統括主任としてですが、治安維持組織ギルドナイトへの候補者1名の勧誘許可。

 営業販売カワイ=ケイスケ部長より営業専従職員の増員。

 以上の3件ですぅ」


「ゴホッ、エイジ、資金的にはどうゴホッ、どうだ? ゴホッ」

 ムセ込みをなだめながらウイラード支部長がエイジに聞く。


「……正直、全案件は難しいところですが」


「ふむ……ゴホッ、ビュコック、既存の長屋の修理についてはゴホッ、修理が必要な長屋の状況を洗い出して、次の定例会議でもう一度提案しろ。ゴホッ、女性冒険者専用の長屋増築は許可する、取り掛かれ。なるべくなら全部自分たち冒険者でゴホッ、やった方が安く上がるだろうが、大工ギルドの顔も立てないといかん。工事の配分はエイジと相談して決めてくれ。ゴホッ。

 ジェーン、治安維持組織ギルドナイトへの候補者の勧誘については、許可する。上手くやれよ、まあジェーンが見込んだなら間違いないだろうが。ゴホッ。

 ケイスケ、営業専従職員の候補者は誰だ」


「エディ=レイクです」


「エディならいいだろう。ただしエディ本人がシルバー級になって洞穴攻略ダンジョンアタックを続けたいと強く希望するなら、諦めろゴホッ」


「了解しました、ありがとうございます」


「では、以上で今回の定例会議を終わりとする。エイジ、それぞれの案件の資金は頼んだぞ。では解散! ゴホッ、それぞれの仕事に戻ってくれゴホッ」


 俺は、営業専従職員の増員が叶い、ホッと胸を撫で下ろした。







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