第5話 FryでHIGH

 とうとうこの時がきた。

 薄力粉と小麦粉の甲冑に身を包んで、いざ油の海と対面する。

 目を疑いたくなるほどの金色が、尋常ではない熱量で立ちはだかる。

「さて、メークインさんにはこれから二回に分けてこの油に入っていただきます」

「ポティ」

「一度目は低温で、中にじっくりと熱を通します。今回はかなり細く切ってあるので五分くらいでしょうか」

「ポティト、ポテ!」

「そしてインターバルを挟み、最後に高温で仕上げます。こちらは、二分から三分くらいの短期決戦です」

「ポ、ポトォ……」

 少し話を疑った。この油はまだ低温の部類、これ以上の熱がこの先待っているのだ。

「タイミングはメークインさんにお任せします。温度管理はしっかりしているので、好きなタイミングで声を掛けてくださいね」

「ポ、ポティ……」

 息を呑む。失敗はできないという緊張と美味しくなるのだという決意が、この熱に溶かされてドロドロに変容していく錯覚にのまれそうになる。

 ふと、視界の端に時計を捉えた。

 時刻は15時12分。

「ポティ! ポティトポ!」

 そうだ、迷っている時間は無い。

 この子が最高に美味しく食べれるおやつ時のタイムリミット、それがすぐそこまで迫っているのだ。

 美味しくなるのだ。この熱に比べたら、あの油の熱量もなんともない。

「わかりました。それではお願いします!」

「ポゥ!」

 メークインはその掛け声と共に、ゆっくりと油へ沈んでいく。

「ポテ!?」

 あの目を疑いたくなるほどの金色が、一気に体の中へ流れ込む。

 体中を圧倒的な熱が駆け巡る。

「ポっ、ポティト」

 ……あれ、思っていたよりもこれは、いける。

「ポテポテ、ティート! ティーート!」

 これはあれだ、うわさに聞くお風呂と言うやつだ。

 体の中から温めて、うっとりとした時間を提供してくれるあのお風呂だ。

「ポぉぉ……、ポォティトぉ……」

 体が馴染むほど、快適さは勿論どんどんと増していく。

 水風呂のときとはまた違う感動だ。気持ちいいの感じが全く違う。

 ……。最高だ……。

  ・・・

「五分経ちました。メークインさん、大丈夫でしたか?」

「ポゥ……」

 五分が経ち、一度油からあがったメークインは火照った熱に少し酔っていた。

 ふわふわとして、ぼーっとする。

「なんだか、とてもふわふわしてますね。もしかしてのぼせちゃったのでしょうか」

「……トぉ? ……テぃトぉ」

「あらあら、これは本格的にのぼせちゃってますねぇ。温度が上がるまでもうしばらく掛かりますから、しばらく休んでいて下さいね」

 油からあがり、風通しのいい網目の上にいたメークインは、そのまま風が心地いい場所へと連れて行ってもらった。

 最高すぎる。お風呂上りによく涼んでいる光景があるが、あれはこんなにも気持ちのいいものだったのか。

 ふわふわとした感覚だけが風に飛ばされ、ぽかぽかとした気持ちよさだけが残る。この一連の流れは最高と言わざる負えない。

 お風呂最高。ビバお風呂。


 ・・・


「さて、そろそろ油の方の温度もいい感じになってきました。メークインさんの調子はどうでしょうか?」

「ポティ!」

 あのふわふわとした感覚が消えた後、残ったぽかぽかが馴染みだしてから、この上なく調子が良かった。

「すっかり元気になられたようで良かったです。それではこれから、最後の大勝負といきましょう!」

「ポゥ! ティート!」

 またあのお風呂を堪能できるのかと思うと楽しみでしょうがない。何回だっていける。

 普段よりも一層軽い足取りで運ばれていく。


 そして、メークインは再び油と対峙する。

 ……甘かった。正直舐めてかかっていた。

 今ここにきて、先ほどの熱が低温と言っていた意味がよく分かった。

 熱波だ。これを前にして、直視できない程の熱波がメークインを襲う。

「メークインさん、これが最後の工程になります。予定では三分程で揚げ終わるのですが、もし少しでも加減を間違えると大変なことになってしまいます」

「ポ、ポティ……」

「ここでミスをしてしまっては、今迄の全てが水泡に帰すことになります。正直、私も今回ばかりは自信がありません……」

「ティトぉ……」

 恐らく、晴香の懸念点はメークインの持つ糖質だろう。

 メークインがフレンチフライに向かない理由として、メークインのように糖質の高いじゃがいもは、高温で調理するととても焦げやすいのだ。

 心配するのも無理はない。しかし、今回は『私たち』なのだ。

「ポテ! ティトポ!」

「メークインさん……! そうですね、今更怖気付く必要なんてありませんでした!」

「ポティ~、ポォテト!」

「それではメークインさん、よろしくお願いします!」

「ポゥ!」


 決意を胸に、熱の層を潜り抜け油に突入する。

「ポっ……、ポっ……、ポティっ……!?」

 メークインを包む金色の油が、とてつもない勢いで触れては爆発する。

 堪える間もなく、怒涛の爆発がメークインを襲う。

「ポっ……、トっ…………」

 無数の爆発を感じながら、メークインの中から何かが湧き上がってくる。

 抗いようのない爆発が、自分の中から湧き上がってくるのだ.....!

「FRRRRYYYYYYY!!!!!」

 これはなんだ.....? どうしてこんな物が湧き上がってくる?

「FRRRRYYYYYYY!!!!! FRRRRRRYYYYYYYYYY!!!!!!」

 抑えようがなく、とめどなく溢れ出る。

 これは、歓喜……?

 まるで、この金色の油が全て自分のものとなっていくような感覚。

 あの怒涛の爆発も、目も開けていられない程の高熱も、今ではメークインのものなのだ。

 そうか、これが美味しくなっていくということなのだ。

 すべてが一体となって、一つのものへと収束していく。

 ここまでの積み重ねが、この完成していく瞬間に爆発していくのだ。

「FRRRRRRRYYYYYYYY!!!!!!!!!!」

 アガっていく。飛び跳ねてしまいそうになるくらいに、意識から体まで何もかもが喜びに満ちている!

 ここまで達しても、まだ際限なく溢れる喜び。それはあまりにも苛烈で、メークインの意識もどこかへ飛んで行ってしまいそうになる。

「……?」

 微かに、違和感を覚えた。

 この溢れる喜びに紛れて、ほんの少し、ほんの小さな異物が紛れているような気がした。

 なんというか、黒く目を背けたくなるような……。

「!!」

 これは、焦げだ。まだ表立ってわかるようなところではないが、どんどんと近づいてきている。

「FRY! ポティトぉぉぉぉ!!!!!」

 伝わって……! 

「ティトポ!! ポテポテ!!!!!」

「メークインさん……!」

 届いた……。

 声を聞きつけた晴香は、すぐに火を消してメークインをあげる。

「おお、すごく綺麗な仕上がりです……。私、危うく見過ごしてしまうところでした」

「フリィ、ポテポテ」

 目で見てわかるものではないし、今回が初の試みとなるこの子が見過ごしてしまいそうになるのはしょうがない。

「ほんとにメークインさんのおかげです。ああ、こんなにも美味しそうに……!」

「フライフライ、ポティトフリィ!」

 ほんとに、美味しそうだ。


 とうとうこの時が訪れた。


 『私たち』の料理が完成した。

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