第2話 料理開始
「さてさて、そうと決まれば用意しないとですね」
時刻は14時35分、そろそろ小腹が血気盛んに空いているぞと言ってくる頃合い。
自然と、なんだかそわそわした感じが湧いてきてしまう。
「じゃもっ……」
「あっ、ごめんなさい……。そうですよね、お料理に焦りは禁物ですもんね」
「いもいも」
刃物に火器、日常として近すぎて、料理中は危険に触れるということを忘れてしまいそうになる。ちょっとしたミスで大怪我をしてしまうことだって、大いにあり得るのだ。
「しかし、しかしですよ。おやつ時は逃したくありません」
「も?」
こういう時は深呼吸でもしよう。大袈裟なくらい大きくいこう。
「すうぅぅぅぅ…………はあぁぁぁ……」
「もももぅぅ……じゃぁぁ……」
うん、いい感じ。すっきりする。
心持ちはバッチリ、こういうのなんだかいいんですよね。
「なので! あくまで落ち着いて、テキパキといきます!」
「がいもっ!」
改めて、そうと決まれば、まず用意から。
「ええと……まな板に、包丁。あとは、ボウルとザルと……」
「じゃがぁ……!」
何もなかったキッチンのワークトップに、次々と役者が立ち並ぶ。
まな板の、存在感のあるブーツのような足音。
包丁の、まな板のカーペットを踏んでいるのに、緊張感を走らせる鋭利な足音。
ボウルの、楽器のようでいて少し間抜けにも聞こえる、おおらかな金属質の足音。
ザルの、すり減ったサンダルのような、かすれたやわらかい足音。
……圧巻だった。ワークトップという壇上に並ぶ役者たちは非常に頼もしく、まるで舞台挨拶でも見ているような気持ちになった。
「あとは……あっ、ピーラーを忘れるところでした」
「もじゃぁ……!」
今度のピーラーは面白い。プラの独特の柔らかさと、刃の軽いステップ音。まるで新進気鋭の大物若手って感じだ。
燦然と並び立つ、すると自然と楽しくなってくる。
変にウキウキしてしまって、そこら中から汁が出てきそうになる。
「さあ、ちゃちゃっと進めていきますよっ!」
そうして、晴香はメークインを手に取る。
「んも?」
進む先は、ワークトップのすぐ横にある銀色のシンク。
「まずは土を洗い流しちゃいまして……」
「もっ? ……じゃがぁぁぁぁ~ーーー!!」
勢いよく当てられた水は程よく気持ちいい。
「軽く擦るだけで、みるみる落ちていきますねえ」
「じゃがいもっ/// じゃっ! じゃもっ! じゃもっ!」
久々に、というよりは初めて触れられるところを擦られ続けると、とても変な感じだ。なんだろう、ヘンテコな気持ちで堪らなくなる……!
「じゃぁ! がもがもっ/// があぁぁぁぁ……///」
洗い流され、露になった表面は、気品に満ちていて煌々と輝いていた。
「おおォ!! この綺麗な艶々、じゃがいもとは思えない滑っこい感じ、流石さすがのメークインです。名前の通りですね」
「ももっ///……んもっ?」
「ええとですね……。メークインは、“メイ”と“クイーン”。つまり“五月”の“女王様”って意味らしいですよ?」
「じゃぅ……」
「たしか、イギリスのほうの昔のお祭りで選ばれた品種で、この綺麗なお名前もそのお祭り由来と聞きました」
「じゃもっ」
よく分からなかったけど、褒められているのは素直に嬉しい。
「イギリス生まれの素晴らしいじゃがいもです。是非、おいしく食べなければ、失礼と言うものです」
「じゃがもっ!」
「ということでメークインさん!」
「もっ」
「フレンチフライになりましょう!」
「んもっ!?」
メークインの特徴として、きめ細かく煮崩れしないというものがある。このおかげで、カレーライスや肉じゃが等でも本来の美味しさを発揮できるのだ。
しかし、フレンチフライは違う。きめ細かさも煮崩れのしなささも全く活きない。
前段階と結論が一致しない。
話が違う! メークインは美味しくなりたいのだ。
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