Ⅱ 仮面メイドとの生活


 朝食には定番のメニューがある。

 当主様お気に入りのお盆に、よく焼いたパンと野菜がふんだんに入ったオニオンスープを置いて、中央の大皿にスクランブルエッグと大豆を潰してソースと和えたものを乗せ、牛乳と朝採れたオレンジを空いたスペースに用意する。

 屋敷の当主――坊ちゃんお気に入りの朝食プレートの完成だ。


 料理に使った包丁やまな板を水桶に漬けてから、メイドはプレートをカートに載せる。カートの下段にはテーブルセッティング用の道具が積まれている。

 カートを押したメイドは赤い敷物を敷いた廊下を渡り、坊ちゃんの待つ食堂へ向かう。

 うららかな光が窓から差し込み、敷物の上を静かに歩を進めながらメイドが陽を見つめる。


「……いい日差しですね。洗濯物がよく乾きそう」


 朝日に照らし出されたメイドの頭には左右対称に二本の角が生え、顔は銀の仮面で覆い隠されていた。

 


 


 坊ちゃんは食堂の食卓にもたれて、上唇と鼻の間にスプーンを挟む。

 メイドへの悪戯計画を考え込んでいた。

 

「う~ん……」


 高い椅子に座って足をぶらぶらと揺らす。


「テーブルクロスを取ろうとして前屈みになったとき? それとも、朝食を置くタイミングの近付いたとき?」


 どれもしっくりと来ない。成功するイメージが湧かない。


「ん~……どうやったら……」


 長らく、坊ちゃんは自分のメイドの正体を知りたいと思っていた。

 頭の角、顔を隠す仮面、裾の長いメイド服、黒い手袋。

 素肌が露出しているところがあまりにも少ない恰好。素顔を見たこともない謎めいたメイド。

 彼女のことを信頼しているが、素顔をどうしても知りたいのだ。

 隠されたものを見たい、そんな欲求が抑えきれない坊ちゃんは毎日仮面を奪う計画を考えていた。

 だが、今日はどうにも計画がまとまらなくて、やきもきした気持ちの坊ちゃんは更に脱力する。

 猫のように坊ちゃんが伸びきっていると、食堂のドアがノックされた。

 慌てて坊ちゃんは姿勢を正した。その拍子にスプーンが宙を舞い、必死になってそれをキャッチする。

 食堂のドアが開いて、仮面のメイドが朝食を乗せたカートと共に入ってきた。

 メイドは丁寧にドアを閉めた後、坊ちゃんの席の横にやってくる。

 坊ちゃんに向かって、メイドは丁寧なお辞儀をした。


「おはようございます、坊ちゃん」


「う、うん。おはよう、トワ」


「……」

 

 仮面のメイド――トワは上体を上げると、チラリと坊ちゃんの方を一瞥した。


「おや。今朝は暑かったですか?」


「え。な、なんで?」


「随分と汗をかいてらっしゃいますので。窓を開けましょうか?」


「い、いい! ちょっと軽い運動をしてただけだからっ」


「ああ、そうですか。ふふ、陽気な日ですからね」


「そ、そうなんだよ。あんまりにも良い朝だから……」


 トワが朝食の準備を始めた。

 坊ちゃんはトワの動きに合わせて隠しているスプーンを背中に回したり、テーブルの下に持ってきたり忙しい。


「……あ。そうだ」


「う、うん?」


 急にトワが振り返ったので、坊ちゃんは奇妙な体勢になってしまった。


「……どうかされましたか、坊ちゃん?」


「……いや、何も。ちょっとストレッチを」


「そうですか。なら、一度顔を洗いに行ってもいいかもしれませんね」


「ど、どうして? もう朝食だろ」


「いえ、スプーンを挟んでいた痕が可愛らしいお髭のようになっていますので。確認されてきてはいかがかと」


「え!?」


 坊ちゃんは思わず口元を押さえた。その手にはスプーンが握られていた。

 トワがクスクスと笑う。


「やっぱりスプーンでしたね。さ、こちらに」


「……ふん」


 坊ちゃんは耳を真っ赤にしてそっぽを向きながらもスプーンを差し出した。トワがそれを受け取り、テーブルにキレイに並べる。


「さ、朝食にしましょう」


「ん」


 トワはまた食卓の準備作業に戻った。たった一人だが、手際よく進めていた。

 だが、坊ちゃんは当初の諦めていない。

 セッティングを終わらせたトワが朝食プレートを坊ちゃんの前に置いた瞬間、少し前屈みの姿勢のメイドに向かって坊ちゃんの手が伸びる。

 手は迷うことなく、メイドの仮面に伸びる。


(よし、今日こそはッ!)


 坊ちゃんが成功を確信した瞬間。

 トワが姿勢を戻してしまった。

 勢いを止められずに坊ちゃんの手は誤って、トワの柔らかい胸元にポフッと当たってしまった。


「ち、違うぞ!??」


 顔を真っ赤に染めた坊ちゃんが必死に誤解だと主張する。

 トワはその反応を見て、楽しそうにしている。わざと自分の胸元に手を添えてから、坊ちゃんの手を包むように握る。


「坊ちゃん、どうでした?」


「ひゃい!?」


 手袋のすべすべした感触が嫌にハッキリ感じられ、坊ちゃんの心臓が早鐘を打つ。

 トワがゆっくりと手を坊ちゃんの顔に近付け――


「五年と九カ月、毎日失敗している気分はどうですか?」


 そう言って、坊ちゃんにデコピンを食らわせた。


「痛!」


「当たり前です。女性に軽々しく触れるものではありませんよ」


「不可抗力だ! それに手を握ってきたのはトワの方だろ!?」


「……にしては、ドキドキしてましたね」


「し、してないよ!」


 ムキになっている坊ちゃんの反応にトワは嬉しそうだった。



 屋敷に住むたった二人。

 少年主人と謎多き仮面メイド。

 二人だけの生活もほどほどに騒がしくにぎやかだった。

 楽しい生活の中で、年齢を重ねるほど、坊ちゃんの心はトワへの関心が強くなっていた。

 彼女のことをもっと知りたい。

 彼女ともっと仲良くなりたい。

 坊ちゃんはベッドで横になりながら、明日はどうやって仮面を剝いでやろうかと計画する。

 気付けば、眠りに落ちていた。

 

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